思い出の日記

福子

文字の大きさ
29 / 33

8月16日:知られざる過去

しおりを挟む

 ユズは、茂みから姿を現すと、おはよう、健太と微笑んだ。それからいつも通り、クロの場所まで移動して腰をおろすと、僕をまっすぐ見た。

「それにしても、クロちゃん、来ないわね。」

 いきなり本題に入る話し方は、なんだかクロに似ている。

「クロが来なくなってから、六日目なんだ。クロ、どうしちゃったんだろう。」

 僕は、ユズと話しながらクロとのこれまでを思い出した。

 クロは、赤ちゃんのときに捨てられて、逃げ惑っているところをシェリーに救われたと言っていた。

「クロにはね、お母さんがいたんだよ。」

 僕は、独り言のようにつぶやいた。

「そうなの。」

 ユズは、邪魔をしない程度にあいづちを打ってくれる。僕は、それがとても心地よくて話を続けた。

「クロはね、赤ちゃんのときに捨てられたんだって。命からがら逃げていたクロを助けたのが、その猫なんだ。血統書付きのバーミーズ。確か、クロはそう言ってた。」

「血統書付きのバーミーズですって!」

 ユズは、がくがくと震えていた。顔から血の気はどんどんなくなり首を横に振っている。

「私、その子を知っているかもしれないわ。」

「シェリーを知ってるの?」

 名前を聞いて、ユズはさらに激しく動揺した。

「ねえ、ユズ。よかったらシェリーのことを教えてくれないかな。」

 僕は、震えているユズにできるだけ優しく言葉をかけた。

「金色のロケット、」

 下を向いたまま、ユズはぽつりと言った。

「金色のロケットを持っていなかった?」

 僕は、爪と牙を器用に使ってロケットを開けた、クロの姿を思い出した。

「金色? クロから見せてもらったのは、銀色だったよ。家族の写真が入っていたっけ。」

 ユズは、やっぱりとため息をついた。

「家族の写真が入ったロケットを持っているシェリーという名前のバーミーズなんて、世界中探しても、きっと他にいないわ。……間違いないわね。」

 そこまで言うと、ユズは深呼吸で気持ちを整え、僕をまっすぐ見て話し始めた。

「シェリーはね、うちの近所に住んでいた猫なの。彼女のお父様は大きな会社の社長さんで、すごいお金持ち。それにとてもお優しい方だった。シェリーのお母様と私のお母様は学生時代のご学友で仲が良かったの。だからよく彼女の家に遊びに行っていたのよ。シェリーと初めて会ったときね、私なんて相手にしないようなそぶりだったから高飛車なお嬢様なのかと思ったんだけど、シャイなだけでまったく違っていたの。明るくて優しくて、いつも前向きだったわ。」

 当時を思い出しているのか、ユズは遠くを見るような目で、うっとりとしていた。

「シェリーは、あなたと同じように生粋の家猫だったから外の世界を何も知らなかったのよね。だから私が、色々と教えてあげたの。あなたとクロみたいな感じね。シェリーったら子どものようにはしゃいで私の話を聞いていたのよ。」

 ユズは、もう一度呼吸を整えた。

「彼女は、金色のロケットを首にかけていてね、それを爪と牙で器用に開けては中の写真をみせてくれたのよ。家族みんな、幸せそうに笑っている写真。シェリーは本当に幸せだったと思うわ。」

「ねえ、ユズ。そんなに優しい家族がシェリーを捨てるなんて考えられないよ。何かあったの?」

 思いきってユズにたずねた。シェリーの真実を僕は知りたい。
 僕はユズの心の準備ができるまで何も言わなかった。

「シェリーのお父様、イライラすると彼女に八つ当たりをしていたみたいなの。小さなことにも腹を立てて、シェリーに物を投げつけたりしていたらしいわ。」

 それならクロから聞いていた。シェリーはよくいじめられていたらしいと、クロが僕に話してくれたのだ。

「私ね、シェリーのお母様と私のお母様が話しているのを偶然聞いてしまったの。お父様の会社がうまくいってないって言っていたわ。もちろん、だからといってシェリーをいじめたり捨てたりする理由にはならないと思うのよ。でも、だから捨てられたというのは、間違っていないと思うの。」

 途中から、ユズの言葉の意味が理解できなくなった。僕は、自分で理解できた範囲でユズに尋ねた。

「……邪魔になったってことかな?」

 ユズは、少しつらそうな表情を浮かべた。

「たぶん違うわ。」

 そして、青空を仰いで続けた。

「死なせたくなかったんじゃないかしら……。」

 それはいったいどういうことだろうと疑問に思ったけれど、僕はあえて何も言わずにユズの言葉を待った。

「シェリーのお父様ね、亡くなったのよ。ご家族と一緒に。」

 僕の心臓は、破れてしまいそうな音を立てている。僕はいつか見た、テレビのニュースを思い出した。

「もしかして、一家心中……?」

 僕は、震える声で聞いてみた。何かの間違いであって欲しいと願いながら。
 しかしユズは、何も言わずにうなずいた。

「お父様が……、その……、なさったみたい。」

 思い余っての行動だったのだろう。でも違う道はなかったのだろうか。もし僕の家族だったらどうなのだろう。

 テレビの中のできごとと思っていたけれど、身近な問題なのだという現実を、ユズが教えてくれた。

「クロちゃんに必ずお迎えが来ると言っていたということは、シェリーは自分の家族がこの世にいないことを理解していたんじゃないかなって思うのよ。」

 そう言うと、ユズは夏の空を仰いだ。


*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*


 翼を持つ私の友は、氷の彫刻にでもなったかのように、少しも動かなかった。

「シェリーさんに、そんな過去があったんですね。」

 さすがの鳶も、それを言うのがやっとだった。

「ユズの話では、外を知らないシェリーはよく窓から景色を眺めていたらしい。シェリーのお父様は、そんな彼女の夢を叶えてやりたくて放したんじゃないかと、私は考えたんだ。」

 私は、ふたりの顔を交互に見た。

「家族のかたち。これもその一つだ。人間の世界の悲しい営みなのだ。」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...