手紙が意味するもの

秋野 楓

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聖なる夜

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2010年12月24日 
この日になると、美しく着飾った民家が街を彩る。それはそれは暖かい気持ちにさせるものだ。そんな賑やかな街を通り過ぎ、そこに見えてきたのは静かに建つ屋敷である。庭師を雇っているのだろうか。和風の手の込んだ庭に伝統を感じさせる佇まいをしていた。
皆が眠りにつき静寂に包まれた今日、ここから全てが始まる。


温まった布団から重い腰を上げ、シルクのパジャマからスーツに着替える。護身用のナイフと拳銃を備え鏡の前で身なりを整える。そこに映る男はデイビット.テリー。この屋敷の使用人だ。
身支度を終えた彼は物音を立てないよう、最新の注意を払いながらその部屋を後にした。
まずはじめに向かった先は、屋敷の一階にある機械室と呼ばれる部屋だ。そこは夜通し電気の音が鳴っている。ここからは生活に欠かせない明かりや暖房、それからこの屋敷を囲むセキュリティー関連のエネルギーを送っている。彼は迷わず”主電源”と表示された赤いレバーを下げた。
機械室を出たデイビットが次に向かったのは二つ先にある物置部屋である。
ここの家族が長く愛用してきたであろう思い出の品たちで溢れている。この部屋で彼はタバコに火をつけた。彼の吐いた息で、タバコの煙かそれとも積もった埃のせいか、辺りが真っ白に曇った。そして彼は、そこに置かれた品々を物色するように、周りを歩き出した。周りは物で溢れかえっているのに、何故か何も置かれていない場所がそこにあった。その角に立つとデイビットはタバコを加えしゃがみこんだ。するとその煙が不自然に揺れ始めたのだ。まるで風に煽られているかのように。
床を叩くとそこから取っ手のようなつまみが出てきた。デイビットはそのつまみを持ち、引き上げた。砂埃と共に開けた床から見えたのは下へ通ずる階段だった。ライターの明かりを頼りに階段を下っていくと、そこに見えたのは綺麗に飾られたここの主のコレクションだった。名の知れた美術品や宝石ばかりだ。その中に一つだけ周りと不釣り合いな金庫が置いてあった。彼はその前に座り込むと、慣れた手つきで鍵を開けた。その中には手紙のようなものだけが入っていた。その紙に何やらサインがしてある。だが消えかけていてハッキリと読めるような状態ではない。それを見た彼は何やら不敵な笑みを浮かべその金庫から手紙を抜き取り下着の中へ忍ばせた。
ついでに近くにあったアクセサリーもいくつか胸ポケットへ一緒に。
満足げに階段を上り、埃をかぶった可哀想な品々とお別れをした直後の事だった。

「デイビット…?」

背後から聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

「お呼びでしょうか、お嬢様。」

何事も無かったかのように、いつものように彼はそう答えた。

「こんな夜遅くにどこかへお出かけ?」

「えぇ、今日は聖なる夜ですから。」

「そう…。」

不思議そうな顔でデイビットを見つめる彼女はここの主人の一人娘だ。名前は豊島千恵。日本で有名な豊島財閥のご令嬢だ。
拠点は日本に置いているが、ビジネスをロサンゼルスまで広げており1年の大半をこの屋敷で過ごしている。
納得のいかなそうな表情をしたまま千恵はデイビットに近寄っていった。

「そのポケットに入った物を愛しの女性へプレゼントしに行くのね?」

「これのことでしょうか?」

見られていたのではと心で不安になりながらも、決して表に出さないよう構えながら、彼は胸ポケットから宝石を取り出した。

「お渡しする相手がお嬢様でないことがとても残念です。どうか、お許しください。」

紳士的な立ち振る舞いを見せたデイビットだったが、千恵の表情はさっきと何も変わっていないようだった。
すると突然辺りが明るくなり、目がくらんだ。少し目が慣れてよく見ると、さっきはいなかったはずの物騒なものを持った男達がデイビットの周りを囲んでいた。令嬢の護衛達だ。

「捕らえろ!」


「はぁ。」

長く深いため息をつくと、その吐息がかなり響いた。

「クリスマスの夜を、男1人冷たい牢屋で過ごす日が来るとは…。」

奥にある階段から誰かが登ってくるのが聞こえてきた。デイビットの前に現れたのは鍛えられた身体付きで長身の男性だった。彼こそがこの屋敷の主、豊島健だ。

「デイビット君よ。とても残念だ。」

彼は哀れで醜いあひるを見るような冷たい目でデイビットを見た。

「まさかな…。」

デイビットの指に光る指輪を見た彼の目は、信じられないものを見るようだった。

「ご主人様、これは夢です。今日はクリスマスですよ?」

「明日の朝までの短い命だ。今日という日を噛み締めておけ。」

彼のことは裏社会では残虐家として有名だった。裏切り者は絶対に許さない。たとえどんな相手だろうと容赦はしない。だが、そんな父の正体を娘は知らない。

「さて…。どうするか。」

残された時間を優位意義に過ごそうと彼は脱出の策を練り始めた。
扉は南京錠で施錠されているようだった。窓ははめ殺しで外からも中からも開けられる状態ではない。まずは、この牢屋の骨組みに注目した。ネジで固定されておらず、抜き差し丁番になっていた。

「こりゃ、もしかするかも。」

彼は檻に手をかけ力いっぱい上に持ち上げた。すると丁番から骨組みが外れた。
聞きつけて追手が来る前に逃げようと走り出した。出口に向かっている途中で周りがドタバタと騒がしくなったことに気づいた。やはり、気づかれたのだ。続々と追いかけてくる中、なんとか敷地の外へあと少しのところまで来た。その時、1台の車が彼の前に立ちはばかった。運転席には千恵がいた。

「お迎えありがとう!」

「違うわよ!どーせ逃げるだろうと追いかけにきたのよ!」

千恵の言葉など聞かず運転席へ駆け寄りドアを開け、彼女に覆いかぶさるようになりながらベルトに手をかけた。千恵は今だと言わんばかりに、勢いよく彼の腹を殴ろうとした瞬間、リクライニングが倒され千恵はバランスを崩してしまった。

「何するの!?」

彼女を抱いて助手席へ移すと素早く運転席へ乗り込み、そのまま急発進した。

「ちょっと!」

「君は人質だ。」

追ってくる車から必死に逃げ続け、千恵はあまりの恐怖に死を覚悟しつつ、隣で運転する男へ、殺意に近い怒りを感じていた。

「巻いたか。」

気がついたら後ろにいたはずの車はいなくなっていた。それどころか、周りに人気もない。

「ここどこよ。」

「俺の家だ。」

見るとそこには、周りに何もなくただぽつんと建つ家のようなものがあった。

「中へどうぞ、お嬢さま。」

扉を開け、中へ彼女をエスコートしようとした。そんな彼の前に立ち、千恵は精一杯睨みつけた。

「その呼び方はもうやめて。」


決して立派とは言えない。けど、古ぼけているわけでもない。どこにでもある普通の内装だった。テレビの横に1枚の写真が飾られていた。男性の横で幸せそうな笑みを浮かべる女性。その女性は愛しそうにお腹を支えていた。妊婦だとすぐにわかった。
この人は誰かと訪ねようとした時、デイビットがその写真立てに手を伸ばし、割れてしまったのではと思うほど勢いよく写真を伏せた。

「暖かいコーヒーはいかがです?」

「えぇ、頂くわ。」

灯はロウソクのみ。暖炉に火はない。とりあえず、そばのソファーに腰掛け丸くなることにした。

「どうぞ。」

「ありがとう。」

コーヒーの入ったカップが冷えきった手を救ってくれた。ふっと体に重さを感じた。デイビットがブランケットを掛けてくれたのだ。

「ひとつ聞いていい?」

「なんでしょう。」

彼は千恵の顔を見なかった。少し躊躇したが思い切って口を開いた。

「なぜ宝石を盗んだの?」

その言葉を聞いた時のデイビットは何故か安堵したように見えた。そして彼は少しずつ口を開いた。

「宝石は、家に飾るためです。」

「たった、それだけ?そんな理由であなたがあんなことするなんて思えないわ。」

彼女の顔はとても暗く曇って見えた。だが、間違いなくその表情は怒りを表していた。

「ほんとにその為なんです。」

だるそうに言いながら立ち上がると、胸ポケットからいくつか宝石を取り出し、そしてそれをテレビの横の何も無い台に並べて飾り出した。

「信じられない。」

「ただ少しだけ話を聞いてほしい。」

その彼の声は真剣そのものだった。

「俺は嘘をついていた。」

その続きを聞くのが何となく怖くなったが、やめてとも言えなかった。

「俺は君を騙していたんだ。豊島家の使用人になっていたのは、主に使えたかったからではない。」

「じゃあ、目的はなに?」

千恵の隣に静かに腰掛けたデイビットは千恵のいる方の手を後ろに回してきた。あえて強気の姿勢でいきたかった千恵は決して動じず、デイビットの言葉に耳を傾け続けた。

「俺は怪盗だ。」

「今日はエイプリルフールだった?」

「俺の話はすべて事実だ。」

その表情からは嘘をついているようには見えなかった。彼は本当のことを言っているのだと、その時千恵は理解した。

「俺の父の名はジャクソン.テリー。怪盗Jだ。俺は父の跡を継いだ。」

「その名前、聞いたことがある。」


これより30年前。この街ロサンゼルスで金持ちばかりを狙う怪盗が一躍有名になったことがあった。彼の盗み方はいつもスマートでかつ素早く的確に。証拠は何一つ残らない。手の内も見せない。それはまさしくマジックのよう。そして何より、彼は人に危害を絶対に加えないのだ。
その紳士的な素振りと確かなルックスで女性ファンは多くいたとか。
しかし、今から10年ほど前に彼は忽然と姿を消した。何かの事件に巻き込まれてしまったのでは。ついにお縄にされたのでは。などなど噂は飛び交った。よくよく考えると、デイビットが豊島家に使え出したのも、ちょうど10年前だった。

「じゃあ、うちに使えたのは盗みに入るため?」

その質問を聞いた彼はじっと千恵を見つめながら静かに、そうだと呟いた。
千恵は今この身に起きている状況と彼の口から聞かされた事を把握しきれず、ただ口に含んだコーヒーが冷たく感じるだけだった。


“friendpark”スーツできちっと決めた男、ドレスを身にまとい高級そうなアクセサリーで着飾った美しい女もいる中、チラホラと1度は道を踏み外したことがあるような顔をしている者もいる。ノリノリのミュージックがかかる空間で、その音にも負けない大きな悲鳴に似た歓声も聞こえてくる。そのもの達が座る席には年代物のワイン、有名なシャンパンやらが並ぶ。ここでは、名の知れた著名人や裏で顔が有名な者達が集い夜通し騒ぎ散らすのだ。その奥に人も寄り付かぬような場所があり、その扉には小さなノブが付いているだけだった。いわゆるVIP席だ。
そこにはArmaniのスーツがとても似合うダンディで一見優しそうにも見えるブロンドヘアーの男性の姿があった。その横には豊島健が座っていた。

「怪盗Jの息子が現れた。」

そう言うと、建はバーボンを一気に喉に流し込んだ。
その言葉を聞いた男は嬉しそうにニヤついて見せた。

「それで?」

「手紙が…。盗まれた。」

その瞬間、周りに殺気のような空気が流れ込んだ。
男は背もたれに寄りかかり、勢いよくテーブルにかかとを打ち付けた。
建はその姿勢を崩さないように食いしばったが、男を見ることは出来なかった。

「それで?」

さっきとはかなり声のトーンが違っていた。
建は覚悟を決めたように男に視線を移し、ゆっくりと口を開いた。

「あの手紙が開かれてしまってはまずい。奴から奪い返さなければならない。」

乾ききってくっつきそうな喉を必死に開きながら彼は続けた。

「手を貸してほしい。」

男はテーブルから足を下ろし、目の前のジントニックが入ったグラスを手に持ち氷を揺らし始めた。

「つまり、尻拭いをしてくれと?」

男は不気味に微笑みながら建を見下した。氷が踊る音が耳障りなほど響いてきた。
1点を見つめたまま黙り込む建に男は続けた。

「今回のことはお前のミスだ。そうだろう?あの手紙は俺達の契約にとても欠かせない大切なものだ。」

「つまりだ。お前もそれなりの責任を果たさなくてはいけない。俺達のお陰でお前がここにいることが出来ていることを忘れるな。」

ぐっと前のめりになり、俯いたままの建の顔をのぞき込みながら、男はバーボンを喉に流した。

「報酬はしっかり払う。」

「ふん。いいだろう。」

男は鼻で笑うと彼のグラスに自分のグラスを重ねた。

「あともう一つ。娘もやつと一緒にいる。」

真剣な面持ちで彼は言った。それを聞いた男は何も答えずただ微笑の笑みを浮かべただけだった。



小鳥がさえずる音が微かに聞こえてくる。なんだか少し眩しい。ゆっくり目を開けると見慣れない天井が視界に入ってきた。体を起こそうとした時右半身に重みを感じ、横を見ると上半身裸の男が寝ていた。だから動けないのかと納得したと同時に反射的に飛び起きた。

「よかった、服着てる。」

「……おはよう。」

ごく自然にとても眠そうな声で男は言った。
この時やっと、昨日の出来事は夢ではなかったのだ。そして今のこの状況も現実なのだと確信した。

「何をしてるの?」

「何って、この方が温かいだろ?」

「シルクの召し物は優秀なの。あなたがいなくても充分なくらいにね。」

そう言いながら千恵は立ち上がった。なんとなく体が熱いので熱でも出たかと不安になったが、体調はいつも通り順調そうだった。
白いシャツに腕を通したデイビットは軽い足取りでキッチンへと向かっていった。千恵はとにかく体全体を洗い流したくなり、シャワーを浴びることにした。そこでやっと気持ちを落ち着かせることができた。
リビングへ戻ると、そこには湯気のたったコーヒーと卵サンドが用意されていた。
どちらも千恵の好物だった。

「朝ごはんを食べよう。」

「ありがとう。いただきます。」

千恵は癖で両手を合わせた。

「ずっと疑問だったんだ。」

デイビットは両手を合わせたまま固まっている千恵を不思議そうに見つめながら問いた。

「どうして両手を合わせる?それに、いただきますってどういう意味?」

思わぬ質問に千恵も困惑した。小さい頃から当たり前のようにしてきていたので、何も疑問に思ったことがなかったからだ。

「小さい頃に母が言ってたわ。いただきますは、ご飯を作ってくれた人に向かって感謝をすることなんだって。」

「どんな宗教?」

「いえ。日本人はお経を唱えるけど、クリスマスだってやるわ。宗教なんて関係ない。日本人がしていることは全てただの心得よ。」

デイビットは納得したのか関心が湧かなかったのか、素っ気ない返事をして卵サンドを口に含んだ。

「これからどうするの?」

「カルロスに会いに行く。」

初めて聞く名前に誰かと聞いたがデイビットは何も言わず黙々とサンドイッチを食べ進めた。これは私も行くのだろうかと疑問に思ったまま、とりあえず言うことを聞いておこうと千恵は決めた。




ロウソクの火に揺れる影、ステンレスのステーキターナーが擦り合う音に鉄板の上で焼ける肉の音や匂い。すれ違う人たちからは高級な甘い香りがする。手を取り肩を寄り添いあう男女、スーツ姿で何やら真剣に語り合う男達、幸せそうな笑みを浮かべながらお酒を交わし合う女達、様々な人混みの中を潜っていくと、そこに1人タバコを吹かしながら物思いにふけている男がいた。

「彼がカルロスだ。」

薄暗くて顔はよくわからない。だが、ロウソクに照らされた表情はまさしく善と悪のようだった。

「やぁ、待っていたよ。」

デイビットとカルロスは握手を交わすと自然な流れでハグをし、再会を喜んだ。

「隣のお嬢さんは?」

カルロスがふと目線をずらしデイビットに問いかけた。

「千恵だ。奴の一人娘だ。」

「なぜ連れてきた?」

千恵の名前を聞いた途端、カルロスの表情が険しくなった。彼の問いかけにデイビットは何も答えず、ただ俯いた。

「は、はじめまして。」

なんだか重苦しかったが、挨拶をしないのも居心地が悪いので恐る恐る歩み寄り、カルロスにお辞儀をした。

「よろしく。僕はカルロス。」

さっきとは変わって、明るい笑顔で彼は千恵に握手を求めた。その笑顔がとても可愛らしかった。挨拶を終え席につくと黒服を着たウェイターが彼らのテーブルへやってきた。すると三つのグラスが用意され、そこに赤ワインが注がれた。

「王者のワインだ。」

「乾杯。」

ワイングラスを片手に2人は満足げに笑ってみせた。2人が美味しそうに飲むワインの味が千恵だけにはなんとも味気なく感じた。

「彼は俺の古くからの友人なんだ。気前が良くて優しい。」

「ただ、女をおとすテクニックはデイビットにも負けないよ?」

カルロスはデイビットを見ながら意地悪に笑った。

「それで、奴らの動きは?」

カルロスの視線を弾くようにデイビットは用意されてきた分厚いステーキにナイフを入れた。

「嗅ぎつけてきたよ。遅くても1週間後だろうな。」

「そうか…。」

デイビットの口から肉汁が流れる。彼はそれを指ですくい、その指を優しく舐めた。

「奴らはおそらく、あの手紙が手元に無くとも計画を実行する気だぞ。」

“手紙”という単語が千恵の頭の中に妙に残った。何となく見覚えがある気がしていたのだ。けどはっきり言って彼らの会話からはその意図口が全く読み取れずにいた。

「少し失礼するわ。」

千恵はそう断り、席を立った。

「これからどうする。まずだ、彼女はこのことを知っているのか?」

「いや、伝えていない。」

カルロスは深くため息をつき白いエプロンをテーブルへ投げつけた。

「デイビット。彼女をそばに置いておくのは危険だ。何が起きるかわからないぞ?彼女の命も犠牲にするつもりか?」

「約束したんだ。千恵の母親と。必ず守るってな。」

固く決心されているのだと、デイビットの表情から悟ったカルロスは、これ以上彼に詰め寄ろうとしなかった。

「わかったよ。」

その頃千恵はトイレでケータイを眺めていた。その画面に写っていたのは父と母と千恵の3人が青々とした大草原でお弁当を広げ3人で寄り添っている写真だ。 千恵の母は8年前に他界している。母がいなくなった時の記憶だけが、千恵の脳内からすっぽり抜けている。きっと思い出したくない事なんだろうと自分の中で納得している。ただ、”手紙”というフレーズを耳にした時、妙な胸騒ぎがしたのが、千恵には気になって仕方がなかった。何となく、その思い出したくない扉を開けてしまうような気がしていたのだ。トイレから出た千恵はこのまま静かに立ち去ろうと決めた。
女子トイレを出るとそこにはデイビットの姿があった。まさしく最悪なタイミングだ。
千恵はデイビットの存在を無視してその場を立ち去ろうとしたが、彼に行く手を阻まれてしまった。

「化粧室の前で待ち伏せるなんて、好ましくないわ。」

「その割にはさっきと何も変わっていないぞ?」

「帰ろう。」


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