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第1章 彼らの世界/誤謬
07: トレーナー
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人間界に連れてこられたフォージャリーは、トレーナーと呼ばれる人間にマスターへの服従心を徹底的にたたき込まれる事になる。
アンジェラはトレーナーこと"壊し屋ブッチャー"に、スレイブとしての基本事項の他に、蓮に対し二つの躾を依頼していた。
一つは、アンジェラの前では決してマスクを取らせない事、もう一つは彼女の許可が出るまでは、アンジェラに対して言葉を発させない事だった。
ブッチャー自体は、その依頼をお嬢さん育ちの気まぐれとあざ笑っていたが、なにしおうリンカーン家の権力には抗しがたく、嫌がる蓮にマスクの着用を命じ、それを被り続ける事を教える事になった。
ブッチャーのあだ名は「壊し屋」だが、その由来は、調教依頼されたフォージャリーを駄目にするからと言うわけではなかった。
むしろブッチャーはフォージャリートレーナーとしては超有能なのだ。
壊し屋の名は彼の"副業"から来ていた。
ブッチャーはもう一つの裏家業として人間への拷問も請け負っていて、壊し屋の名はそこからだった。
人間の場合は、答えさえ聞き出せば、その身体は必要なかったからだ。
フォージャリーの場合はその逆で、フォージャリーの心の中身はどうでも良く、必要なのは隷従するその身体だった。
ただ不思議な事にフォージャリーという生き物は、心の中にある特殊な回路を持っていて、そこを弄ることが出来れば、フォージャリーは自然にマスターに対する強烈な忠誠心を示すのだ。
もっとも本来、忠誠心自体はトレーナーが介在しなくても、両者に信頼関係と尊敬があれば生まれるものだが、それには時間とそれぞれの資質が必要になる。
それを短時間に無理やり主従関係をフォージャリーに強制し、しかもその隷従を強固なものに仕上げるのがトレーナーの役目だった。
蓮はタフだった。
痛めつけても抵抗しないが、こちらの指示することも頑としてきかない。
前段階で使用する馴致薬が、それ程効いている様子がなく、力に余裕がある筈なのに反抗してこないのだ。
つまり、そういう小賢しく生意気な意思表示をする。
ブッチャーはこういうタイプのフォージャリーが嫌いだった。
ブッチャーは、派手に暴れるフォージャリーを、圧倒的な暴力と言葉を駆使して力尽くで征服するのが好みだったのだ。
ブッチャーは、小休止を入れることにした。
もちろん相手の為ではなく、自分自身の苛立ちを収める為だ。
こんな状態の相手に言うことをきかせるには、馴致薬の量を増やすのが手っ取り早く、今のイライラ状態が続けば、自分自身で薬の増量に容易に手を出してしまいそうになるからだ。
密室で行われる調教では、何をしようが、ばれないように思えるが、そこは蛇の道は蛇、同業者仲間には各トレーナーの仕事ぶりは直ぐに知れ渡る。
仕上がったスレイブを見れば、トレーナーの腕が判るのだ。
プライドの高いブッチャーは、仲間内から「アイツの調教は薬だのみさ。」と、そんな後ろ指を指されるのが嫌だったのだ。
ブッチャーはパイプ椅子を、首輪と足輪で壁に繋がれた蓮の前に置いて腰を下ろした。
蓮の両手は自由にしてある。
例のチャイナマスクは、蓮自身の手で被されなければならない。
ブッチャーが強制的に被せても意味がない。
「なあ、ちょっと話をしようか?お前はフォージャーのゴミタメから拾い上げられて来たばかりだから、マスターって奴の事をあまり知らないよな。多分、自分が仕える相手だってくらいの認識だ。でもお前は、その内きっとビックリするぜ。ワォ、俺はなんてマスターに買い取られたんだ。こんなの直ぐに飽きて捨てられてしまう。そしたら、俺はどうなるんだ!ってな。人間の世界ではな。子どもが可愛いらしい子犬を見つけて来て、パパ、私これを飼いたいのっていったら、普通の親なら、飼うつもりだったら責任を持って世話をしなさいっていうもんだ。ところが今度の場合はそういう親子の会話がないみたいだな。俺はこの仕事が長いから、そういうのが良く判るんだよ。」
ブッチャーはそう言い終わると、腕の中に抱えていた長い電撃棒を付きだして、裸の蓮の太股に当てた。
蓮は今日、数十回目の電撃に耐えた。
「でも俺は、そんなの関係なしに、俺の立場で出来る事はやろうとは思ってるんだ。仕事だからな。例えば、その子犬が凄く出来が良くて、娘によく懐いたらどうだ?いくら子どもでも、飽きる前に愛着がわくかも知れないじゃないか?あるいは、娘が犬を投げ出しても、こんなに良い犬を捨てるには忍びないって、親が思う可能性だってあるだろう?」
今度は蓮の脇腹に電撃棒を突き込んだ。
痙攣する蓮の頭の揺れに合わせて、首と壁を繋いだ鎖が大きく揺れる。
人間ならとっくの昔に死んでいる電圧だった。
「コイツを今まで一度も、お前のアレに当てた事がないだろ?その理由もそこにあるんだよ。だってお前のマスターは、男を知らない豪族のお嬢様だからな。ああいうお嬢様は、やりたくなっても下々のガキ共みたいに、見境なく恋愛ゲームをやって公園でさかるなんてのは立場上無理なんだよ。それと俺の見立てじゃ、あのお嬢様は、男に関しては奥手というより、心の中で男を怖がってるんじゃないかな。そのくせ男は欲しい。だから女のマスクをしたお前を買ったんだと、俺はにらんでる。」
馬鹿話をしたせいか、少しはブッチャーも落ち着いたようで、パイプ椅子から立ち上がると壁に電撃棒を立てかけ、壁際に置いてあった机からマスクと鈎爪棒を取り上げた。
次に、鈎爪棒をスーツの前をあけベルトの間にその柄を差し込むと、再び蓮に歩み寄った。
「女のマスクだ。こんなものを付けて人間界を歩いてちゃ、お前の素性を疑うものばかり出てくるがな。色ボケの小娘の命令じゃ仕方がない。とにかく娘の前では、こいつを付けてるんだ。もっともこいつは、小娘が特別発注で作らせたものだから、そう易々とは脱げねえらしいがな。もとの素材は医療用らしいぜ。」
「クソッ!窮屈だな!」筋肉の塊の様なブッチャーが、礼儀上着用せざるを得なかったシャツの窮屈な首のカラーに指を突っ込んで回しながら、片方の手でマスクを蓮に投げ寄越した。
蓮はそのマスクをはたき落とした。
全頭マスクのデザインは、蓮が闇ファイトで被ったものとよく似ていたが、新たに何かの変更が付け加えられたのか何処かまがまがしい印象を放っていた。
ブッチャーが言うように、アンジェラが前のマスクに似せて造らせた新しい品物には、何か厄介な仕掛けがあるかも知れないし、何よりも蓮には、その存在自体が疎ましかったのだ。
ブッチャーは犬のような黄色い歯を見せた。
「ほう!そうさ!最初、フォージャリーはそうやる。それでいいんだ。だから俺達、トレーナーが必要なのさ。」
トレーナーの趣味の悪い縦じま模様のスーツの内から鈎爪棒が取り出された。
その顔は加虐への期待に輝いている。
蓮は一瞬それが何に使われるのか理解できなかった。
『人間はそういった行為を動物にしかしない筈だ。』
その思いこみが、蓮の動きを封じていた。
鈎爪棒は何の予告も無く、蓮の右肩に深く打ち込まれた。
蓮の顔に苦悶の色がにじみでる。
フォージャリーとて痛感がないわけではない。
しかし蓮は耐えた。
もちろん反撃は出来る。
何かの薬剤を打たれて、意識や身体の動きが鈍くなっていたが、やりようはいくらでもある。
しかし、こちらの世界に来た限りは、その反撃にはなんの意味もないどころか、マイナスの効果しかない事も蓮は理解していた。
「ほう、やせ我慢か。そうやってプライドの高いフォージャーをしつけるのが、この仕事の醍醐味なのさ。」
ブッチャーは、鈎爪棒を手前に引いた。
彼は鈎爪棒のグリップから伝わってくる抵抗を、魚を釣り上げる時の様な感触として楽しんでいるのだ。
「そのオカママスクを被りな。」
突き刺さった鈎爪棒を力任せに床の方に捻り込みながら、ブッチャーは蓮を床にはいつくばらせた。
首輪から壁に繋がった鎖がピンと伸びた。
しかし蓮は激痛に耐えながらそれにあがらった。
蓮は知らなかったのだ。
鈎爪棒の爪先には、今までとは違う薬品が塗布されていたことを。
さらにその薬品は被験者が、精神的に強い緊張に晒されているほど効果的に効く事を。
蓮は自分の手が、自分の意志に逆らって、激痛の中で、床に叩き落としたあの忌まわしいマスクを拾い上げるのを見ていた。
『リアルチャクラを爆発させるんだ。こいつを殺して、この街のどこかに逃げ込めばいい。そんなのは簡単だ。、、だが何処に逃げられるんだ?宛はあるのか、、。』
そんな諦めの入った恣意では、リアルチャクラは発火もせず、蓮はマスクを取り上げ、それを自分の顔に装着していた。
マスクがまるで生き物のように顔と頭皮に食い込んでくる。
試合で使ったあのマスクとは表面はそっくりだが、被り心地にはまるで違った。
マスクの装着がもたらす瞬間の闇と圧迫感は、これからの蓮の人間界での生き方を暗示している様だった。
「そう。それでいいんだ。二度とこの俺様に逆らおうなんて思うなよ。この変態フォージャー野郎。フォージャーは、どう逆らったって俺達人間様の奴隷なんだよ。その事を忘れるな。」
ブッチャーは逆らうなと言ったが、もちろん、それは只の決まり文句だ。
今後もフォージャリーの怒りを煽り続け、その度に多大な苦痛を与える、そうすればするほどキメの薬は良く効く。
・・・これからが、俺の本領だ。
それからブッチャーの恐怖と苦痛と新しい薬物による屈辱的な訓練は、約4時間余り続いた。
・・・・・・・・・
蓮が、トレーナーに穴を明けられた肩を包帯でくるまれて、ベッドで目覚めた時は、もう夕刻になっていた。
その他にも色々な傷があったが、それらは大判の絆創膏で覆われていた。
朝から始まった訓練に、意識を失った蓮であるから、逆算すると彼は誰かに介抱されてから、かれこれ3時間ほど眠っていた勘定になる。
「心配しないで、私達の身体は人間の身体よりずっと回復力が強いわ。アンジェラお嬢様が帰って来られるまでに貴方は回復できる。」
蓮の枕元で、リンカーン家に連れて来られた時、最初に引き合わされた鵬香と呼ばれる女性が佇んでいた。
その時限りの短い出会いで、後は会っていない。
その彼女が意識を失った蓮を介抱してくれていたのだ。
「私達?貴方もフォージャリーなのか?」
そう言ってしまってから、蓮は自らの存在を「フォージャリー」と表現した事に、相手がこだわるのではないかと瞬間的に後悔した。
人間にもフォージャリーにも、「フォージャリー」という言葉に拘り、気分を害したり怒ったりする人々は多くいる。
「フォージャリー」の意味は、「もどき」だ。
ヒューマンフォージャリー、、つまり「人間もどき」だ。
しかし鵬香は蓮のこだわりに気付きもしないように言葉を続けた。なんの怯えもない。
彼女は直線的な性格を持っているようだ。
「ファイターでこの世界に上がって来た人は例外なく、女性の同族がこの世界にいる事を驚くわ。でもこの世界のマスター達がフォージャリーを買い上げるのは闇ファイトだけとは限っていないないのよ。私の名前は鵬香。名付け親はマスター、ファイターの場合はリングネームがそのまま引き継がれるけれど、私達のようなケースでは、マスターがつける。そう、犬とか猫とかに名前を付けるのと同じね。」
鵬香は肩にかかる豊かな栗色の髪を、持ち上げ、その白い首筋を蓮に見せた。
首筋には赤い蚯蚓腫れの後が一筋見える。
「私のマスターはトレバー様。トレバー様はこういうのがご趣味なの。私は暫く貴方の面倒を見る事になっているのよ。トレーナーとは違う方法で、このユミルで上手く生きて行く方法を教えて上げるわ。私達がユミルで上手に生きるって事はね、実をいうと心の底まで奴隷にならないって事なのよ。」
鵬香は意味ありげに片目をつむってみせた。
「ああそれから、貴方のそのマスク、内側の頭部の汗とか皮膚の新陳代謝は全部吸収しちゃうらしいから、そっちは気にしなくてもいいけど、マスクをした顔の方は洗わないと駄目だそうよ、マスク自体が生きてるらしいから。お嬢様がそう伝えろって。人をぶって縛って興奮したり、、仮面を付けさせたり、人間って、つくづく妙竹林な事を考える生き物よね。」
鵬香は乾いた声で軽く笑った。
アンジェラはトレーナーこと"壊し屋ブッチャー"に、スレイブとしての基本事項の他に、蓮に対し二つの躾を依頼していた。
一つは、アンジェラの前では決してマスクを取らせない事、もう一つは彼女の許可が出るまでは、アンジェラに対して言葉を発させない事だった。
ブッチャー自体は、その依頼をお嬢さん育ちの気まぐれとあざ笑っていたが、なにしおうリンカーン家の権力には抗しがたく、嫌がる蓮にマスクの着用を命じ、それを被り続ける事を教える事になった。
ブッチャーのあだ名は「壊し屋」だが、その由来は、調教依頼されたフォージャリーを駄目にするからと言うわけではなかった。
むしろブッチャーはフォージャリートレーナーとしては超有能なのだ。
壊し屋の名は彼の"副業"から来ていた。
ブッチャーはもう一つの裏家業として人間への拷問も請け負っていて、壊し屋の名はそこからだった。
人間の場合は、答えさえ聞き出せば、その身体は必要なかったからだ。
フォージャリーの場合はその逆で、フォージャリーの心の中身はどうでも良く、必要なのは隷従するその身体だった。
ただ不思議な事にフォージャリーという生き物は、心の中にある特殊な回路を持っていて、そこを弄ることが出来れば、フォージャリーは自然にマスターに対する強烈な忠誠心を示すのだ。
もっとも本来、忠誠心自体はトレーナーが介在しなくても、両者に信頼関係と尊敬があれば生まれるものだが、それには時間とそれぞれの資質が必要になる。
それを短時間に無理やり主従関係をフォージャリーに強制し、しかもその隷従を強固なものに仕上げるのがトレーナーの役目だった。
蓮はタフだった。
痛めつけても抵抗しないが、こちらの指示することも頑としてきかない。
前段階で使用する馴致薬が、それ程効いている様子がなく、力に余裕がある筈なのに反抗してこないのだ。
つまり、そういう小賢しく生意気な意思表示をする。
ブッチャーはこういうタイプのフォージャリーが嫌いだった。
ブッチャーは、派手に暴れるフォージャリーを、圧倒的な暴力と言葉を駆使して力尽くで征服するのが好みだったのだ。
ブッチャーは、小休止を入れることにした。
もちろん相手の為ではなく、自分自身の苛立ちを収める為だ。
こんな状態の相手に言うことをきかせるには、馴致薬の量を増やすのが手っ取り早く、今のイライラ状態が続けば、自分自身で薬の増量に容易に手を出してしまいそうになるからだ。
密室で行われる調教では、何をしようが、ばれないように思えるが、そこは蛇の道は蛇、同業者仲間には各トレーナーの仕事ぶりは直ぐに知れ渡る。
仕上がったスレイブを見れば、トレーナーの腕が判るのだ。
プライドの高いブッチャーは、仲間内から「アイツの調教は薬だのみさ。」と、そんな後ろ指を指されるのが嫌だったのだ。
ブッチャーはパイプ椅子を、首輪と足輪で壁に繋がれた蓮の前に置いて腰を下ろした。
蓮の両手は自由にしてある。
例のチャイナマスクは、蓮自身の手で被されなければならない。
ブッチャーが強制的に被せても意味がない。
「なあ、ちょっと話をしようか?お前はフォージャーのゴミタメから拾い上げられて来たばかりだから、マスターって奴の事をあまり知らないよな。多分、自分が仕える相手だってくらいの認識だ。でもお前は、その内きっとビックリするぜ。ワォ、俺はなんてマスターに買い取られたんだ。こんなの直ぐに飽きて捨てられてしまう。そしたら、俺はどうなるんだ!ってな。人間の世界ではな。子どもが可愛いらしい子犬を見つけて来て、パパ、私これを飼いたいのっていったら、普通の親なら、飼うつもりだったら責任を持って世話をしなさいっていうもんだ。ところが今度の場合はそういう親子の会話がないみたいだな。俺はこの仕事が長いから、そういうのが良く判るんだよ。」
ブッチャーはそう言い終わると、腕の中に抱えていた長い電撃棒を付きだして、裸の蓮の太股に当てた。
蓮は今日、数十回目の電撃に耐えた。
「でも俺は、そんなの関係なしに、俺の立場で出来る事はやろうとは思ってるんだ。仕事だからな。例えば、その子犬が凄く出来が良くて、娘によく懐いたらどうだ?いくら子どもでも、飽きる前に愛着がわくかも知れないじゃないか?あるいは、娘が犬を投げ出しても、こんなに良い犬を捨てるには忍びないって、親が思う可能性だってあるだろう?」
今度は蓮の脇腹に電撃棒を突き込んだ。
痙攣する蓮の頭の揺れに合わせて、首と壁を繋いだ鎖が大きく揺れる。
人間ならとっくの昔に死んでいる電圧だった。
「コイツを今まで一度も、お前のアレに当てた事がないだろ?その理由もそこにあるんだよ。だってお前のマスターは、男を知らない豪族のお嬢様だからな。ああいうお嬢様は、やりたくなっても下々のガキ共みたいに、見境なく恋愛ゲームをやって公園でさかるなんてのは立場上無理なんだよ。それと俺の見立てじゃ、あのお嬢様は、男に関しては奥手というより、心の中で男を怖がってるんじゃないかな。そのくせ男は欲しい。だから女のマスクをしたお前を買ったんだと、俺はにらんでる。」
馬鹿話をしたせいか、少しはブッチャーも落ち着いたようで、パイプ椅子から立ち上がると壁に電撃棒を立てかけ、壁際に置いてあった机からマスクと鈎爪棒を取り上げた。
次に、鈎爪棒をスーツの前をあけベルトの間にその柄を差し込むと、再び蓮に歩み寄った。
「女のマスクだ。こんなものを付けて人間界を歩いてちゃ、お前の素性を疑うものばかり出てくるがな。色ボケの小娘の命令じゃ仕方がない。とにかく娘の前では、こいつを付けてるんだ。もっともこいつは、小娘が特別発注で作らせたものだから、そう易々とは脱げねえらしいがな。もとの素材は医療用らしいぜ。」
「クソッ!窮屈だな!」筋肉の塊の様なブッチャーが、礼儀上着用せざるを得なかったシャツの窮屈な首のカラーに指を突っ込んで回しながら、片方の手でマスクを蓮に投げ寄越した。
蓮はそのマスクをはたき落とした。
全頭マスクのデザインは、蓮が闇ファイトで被ったものとよく似ていたが、新たに何かの変更が付け加えられたのか何処かまがまがしい印象を放っていた。
ブッチャーが言うように、アンジェラが前のマスクに似せて造らせた新しい品物には、何か厄介な仕掛けがあるかも知れないし、何よりも蓮には、その存在自体が疎ましかったのだ。
ブッチャーは犬のような黄色い歯を見せた。
「ほう!そうさ!最初、フォージャリーはそうやる。それでいいんだ。だから俺達、トレーナーが必要なのさ。」
トレーナーの趣味の悪い縦じま模様のスーツの内から鈎爪棒が取り出された。
その顔は加虐への期待に輝いている。
蓮は一瞬それが何に使われるのか理解できなかった。
『人間はそういった行為を動物にしかしない筈だ。』
その思いこみが、蓮の動きを封じていた。
鈎爪棒は何の予告も無く、蓮の右肩に深く打ち込まれた。
蓮の顔に苦悶の色がにじみでる。
フォージャリーとて痛感がないわけではない。
しかし蓮は耐えた。
もちろん反撃は出来る。
何かの薬剤を打たれて、意識や身体の動きが鈍くなっていたが、やりようはいくらでもある。
しかし、こちらの世界に来た限りは、その反撃にはなんの意味もないどころか、マイナスの効果しかない事も蓮は理解していた。
「ほう、やせ我慢か。そうやってプライドの高いフォージャーをしつけるのが、この仕事の醍醐味なのさ。」
ブッチャーは、鈎爪棒を手前に引いた。
彼は鈎爪棒のグリップから伝わってくる抵抗を、魚を釣り上げる時の様な感触として楽しんでいるのだ。
「そのオカママスクを被りな。」
突き刺さった鈎爪棒を力任せに床の方に捻り込みながら、ブッチャーは蓮を床にはいつくばらせた。
首輪から壁に繋がった鎖がピンと伸びた。
しかし蓮は激痛に耐えながらそれにあがらった。
蓮は知らなかったのだ。
鈎爪棒の爪先には、今までとは違う薬品が塗布されていたことを。
さらにその薬品は被験者が、精神的に強い緊張に晒されているほど効果的に効く事を。
蓮は自分の手が、自分の意志に逆らって、激痛の中で、床に叩き落としたあの忌まわしいマスクを拾い上げるのを見ていた。
『リアルチャクラを爆発させるんだ。こいつを殺して、この街のどこかに逃げ込めばいい。そんなのは簡単だ。、、だが何処に逃げられるんだ?宛はあるのか、、。』
そんな諦めの入った恣意では、リアルチャクラは発火もせず、蓮はマスクを取り上げ、それを自分の顔に装着していた。
マスクがまるで生き物のように顔と頭皮に食い込んでくる。
試合で使ったあのマスクとは表面はそっくりだが、被り心地にはまるで違った。
マスクの装着がもたらす瞬間の闇と圧迫感は、これからの蓮の人間界での生き方を暗示している様だった。
「そう。それでいいんだ。二度とこの俺様に逆らおうなんて思うなよ。この変態フォージャー野郎。フォージャーは、どう逆らったって俺達人間様の奴隷なんだよ。その事を忘れるな。」
ブッチャーは逆らうなと言ったが、もちろん、それは只の決まり文句だ。
今後もフォージャリーの怒りを煽り続け、その度に多大な苦痛を与える、そうすればするほどキメの薬は良く効く。
・・・これからが、俺の本領だ。
それからブッチャーの恐怖と苦痛と新しい薬物による屈辱的な訓練は、約4時間余り続いた。
・・・・・・・・・
蓮が、トレーナーに穴を明けられた肩を包帯でくるまれて、ベッドで目覚めた時は、もう夕刻になっていた。
その他にも色々な傷があったが、それらは大判の絆創膏で覆われていた。
朝から始まった訓練に、意識を失った蓮であるから、逆算すると彼は誰かに介抱されてから、かれこれ3時間ほど眠っていた勘定になる。
「心配しないで、私達の身体は人間の身体よりずっと回復力が強いわ。アンジェラお嬢様が帰って来られるまでに貴方は回復できる。」
蓮の枕元で、リンカーン家に連れて来られた時、最初に引き合わされた鵬香と呼ばれる女性が佇んでいた。
その時限りの短い出会いで、後は会っていない。
その彼女が意識を失った蓮を介抱してくれていたのだ。
「私達?貴方もフォージャリーなのか?」
そう言ってしまってから、蓮は自らの存在を「フォージャリー」と表現した事に、相手がこだわるのではないかと瞬間的に後悔した。
人間にもフォージャリーにも、「フォージャリー」という言葉に拘り、気分を害したり怒ったりする人々は多くいる。
「フォージャリー」の意味は、「もどき」だ。
ヒューマンフォージャリー、、つまり「人間もどき」だ。
しかし鵬香は蓮のこだわりに気付きもしないように言葉を続けた。なんの怯えもない。
彼女は直線的な性格を持っているようだ。
「ファイターでこの世界に上がって来た人は例外なく、女性の同族がこの世界にいる事を驚くわ。でもこの世界のマスター達がフォージャリーを買い上げるのは闇ファイトだけとは限っていないないのよ。私の名前は鵬香。名付け親はマスター、ファイターの場合はリングネームがそのまま引き継がれるけれど、私達のようなケースでは、マスターがつける。そう、犬とか猫とかに名前を付けるのと同じね。」
鵬香は肩にかかる豊かな栗色の髪を、持ち上げ、その白い首筋を蓮に見せた。
首筋には赤い蚯蚓腫れの後が一筋見える。
「私のマスターはトレバー様。トレバー様はこういうのがご趣味なの。私は暫く貴方の面倒を見る事になっているのよ。トレーナーとは違う方法で、このユミルで上手く生きて行く方法を教えて上げるわ。私達がユミルで上手に生きるって事はね、実をいうと心の底まで奴隷にならないって事なのよ。」
鵬香は意味ありげに片目をつむってみせた。
「ああそれから、貴方のそのマスク、内側の頭部の汗とか皮膚の新陳代謝は全部吸収しちゃうらしいから、そっちは気にしなくてもいいけど、マスクをした顔の方は洗わないと駄目だそうよ、マスク自体が生きてるらしいから。お嬢様がそう伝えろって。人をぶって縛って興奮したり、、仮面を付けさせたり、人間って、つくづく妙竹林な事を考える生き物よね。」
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