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第1章 彼らの世界/誤謬
09: デザイナーテーラー
しおりを挟むアンジェラは張タワーの72階に店舗を構えるある特殊なデザイナーテーラーで、蓮の為の新しいスーツを採寸させていた。
このテーラーのウリは、ナポレオン帝政期の豪華絢爛な軍服のニュアンスをスーツに展開するというユニークなデザイン力にあるのだが、それを成し遂げるための採寸作業も厳密かつ新奇なものだった。
小太りの職人が懐中電灯のような形をした採寸器を手にして、豪華な採寸ルームに現れた時、アンジェラは蓮に、下の下着だけを残して衣服を脱ぐように命じた。
職人は慌てたように、そこまでの必要はありませんと汗をかきながら言ったのだが、アンジェラはそれを平然と無視した。
蓮は否応なく、衣服を脱いだ。
ヒューマンフォージャリーには、こういった場面での羞恥心はない。
というよりもヒューマンフォージャリーが生き延びる為には、多くの羞恥心自体が無駄なものだったのだ。
職人とアンジェラの前に、蓮の鍛え抜かれた身体が現れた。
ただその頭部は妖婉なチャイナレディのマスクに覆われたままだ。
職人はその姿にごくりと唾を飲み、アンジェラは誇らしげに蓮の裸体を眺めた。
採寸機を持つ職人の手は少し震えていた。
どうしても彼の目は蓮のマスクに吸い寄せられ、その妖気に当てられてしまうからだ。
蓮の新しいマスクは離れた位置から見ると、ほんとんど人間の顔に見間違える程の完成度だったが、近寄って観察するとさすがに人の顔とは言えず、それは美しい工芸品の仮面のように見えるのだ。
少しでも芸術的な感性のある人間なら、その美に無関心でいられるのは難しかった。
「デザインもいいけど、このお店の良いところは、数十分で注文したスーツが出来上がるって事ね。それで此処で試着して気に入ったら、家におくって貰える。ねぇレディ、待ち遠しいでしょ?」
次に試着があるからと、シャツだけを肩がけする事を許された蓮は、その姿で白いロココ調のテーブルセットの椅子に浅く腰掛けて緊張していた。
アンジェラの問い掛けにも、なんと応えて良いかも判らなかった。
トレーナーからはアンジェラの許可が出るまで口を効いてはならないと命令されている。
ではこれが、その時なのか?
「マスターが話しかけても、このフォージャリーは返事をしないのかしら?」
「いえ、そんな事は、、。」
「すこし掠れているけど、良い声ね。でも少しそのマスクとはイメージが違うわ。」
そう言いながらアンジェラは満更でもないようだった。
「チャィナ、始めてこの都市の中心部に来た感想はどう?」
「あっいや、、。」
「緊張してるの?まさかタミヤの言った言葉を気にしてるんじゃないでしょうね?いい、マスターが問いかけたのならフォージャリーは喋って良いの。いえ、喋らなくちゃいけないの。」
「ハイ。」
「そう、良い返事ね。じゃ感想を言いなさい。別に私の気に入るような答えをしなくて良いのよ。」
「、、、フォージャリーはゴミためのような世界で暮らしています。それでもイーズル外の世界よりは少しはましです。あんな荒涼とした世界では、フォージャリーも人間も長くは生きていけません。俺は爺さんたちから、フォージャリーの世界も人間の世界も、この星では微々たる土地しか許されていないのだと聞かされています。そんな小さな土地に、こんな凄い都市やビルがあって、それが実際に繁栄してるなんて考えられない。、、それが俺が最初に思った事です。」
「ふーん、フォージャリーって思った以上に賢いのね、、。」
アンジェラは暫く、テーブルの上に乗っていた来客用の紅茶のカップを見つめていた。
何かを考えている様子だった。
「この都市の繁栄を支えているのは、お前達フォージャリーの労働力。お前達は毎日食うや食わずで働いているんでしょうけど、そこで造り出されたモノは、全てこの都市に注ぎ込まれている。まあ実際は、それだけでこの都市は成り立っている訳じゃないけれどね。一番大きいのは、前の母星文明が残してくれた自動工作マシーンがユミルに何台か配備されていたって事かしら。母星神が配慮してくれたんでしょうね。正確には人間の文明というより、特異点テクノロジーで作られたものだけど、それを説明しだすと話がややこしくなるだけね。、、とにかくあれのお陰で、知識や技術がなくても人間は高度なテクノロジーの恩恵にあずかれる。リンカーン家は医療に関する自動工作マシーンを手に入れて今の地位を築いたの。、、それともう一つは、永遠に枯渇しそうにもない、この星の新鉱物エネルギーの存在よね。ユミルの人工気象はそのエネルギーで賄われている。いくつかの施設は旧エネルギーからの切り替えが難しいけれど、それがもっと上手く行ったら人間は少なくともエネルギー問題からは完全に解放される。みんな含めて、それら全ては母星神のお陰だともいえるけれど、、、。でも逆に云うと母星神は、お前達フォージャリーにとっては悪魔みたいな存在って事になるのかしらね?フォージャリーを奴隷に設定したのは母星神だから…。」
蓮は驚いたようにアンジェラの顔を見た。
アンジェラは意外なほど知的だったフォージャリーに驚き、蓮は同じように、意外なほど開けっぴろげで男性的なものいいをするアンジェラに驚いたのである。
出来上がったスーツを身に纏った蓮は中性的な魅力に溢れていた。
身体のラインを強調したフランス軍服風のスーツも、変に華美ではないものの、華やかさは失われてはおらず、なによりそれらは蓮の顔に張り付いているチャイナレディのマスクの妖艶さにマッチしていた。
男装の麗人という言葉をアンジェラは思い出していていた。
そして、この店を選んだ自分のセンスも満更ではないと満足した。
「とても気に入ったわ。このまま着て帰らせるから、前のは処分しておいて、、じゃサインを」
職人は嬉しげに頭を下げたが、彼と一緒にやって来た支配人は首を振った。
「いいえ、お支払いは結構で御座います。当ビルのオーナーであられる張治晴様が、このスーツをあなた様にプレゼントすると仰っていますので。」
「張治晴?でもどうして張治晴は、私達がこのビルに来てるのを知ってるの?」
「張治晴様は、このビルで起こることならなんでもご存じです。」
その支配人の言い草にアンジェラは苛立ちを感じたようだが、父親の顔を思い出して口を噤んだ。
毎日のように父親には逆らっているが、外にでてまで父親の立場に影響が出るような事を好んでするつもりはなかった。
父への反抗はあくまで自分の理性の制御が効く範囲内での事だったし、これはまったくその範疇外の事で、今はリンカーン家の名誉を傷つける様な事はすべきではないと思えたのだ。
張治晴は、父が政権に力を及ぼす際の最大のライバルだった。
二人が望む経済政策が、ほとんど常にと言って良いほど対立していたのだ。
それに張治晴は、本当の意味での実力者だった。
この世界を実質的に支配する数人の豪族頭目達は残らず自動工作マシーンの所有者だが、張治晴だけは違う。
正に己の才覚だけで、そんな豪族達と肩を並べる一大企業を育て上げたのだ。
「その張治晴様があなた様とお会いになられたいそうで、私がご案内もうし上げます。」
「今からあの西の尖塔まで行くの?気が遠くなりそうね。私はこれからしたいことが沢山あるんだけど。」
アンジェラが言う西の尖塔とは、この巨大なデコレーションケーキ状の許タワーに突き刺さった三本の蝋燭の内の一つだった。
張治晴はその蝋燭、つまり超高層高級マンションタワーの最上階に住んでいた。
「いえ、ご心配なさらずに、張様は今、ここから一つ上階のレストランにいらっしゃいます。パシフィックですよ。」
張治晴なら何年待っても予約が取れないという超高級レストランで、単に人と会うためだけに、好きな時に好きなだけ席をおさえられるという事だった。
・・・・・・・・・
蓮は始めて見るレストランという施設に圧倒されていた。
同時に、こんなところで食べたり飲んだりするものが喉を通るのかと思った。
フォージャリー居住区とは、あまりにも違いすぎた。
しかし案内人の先導で前をいくアンジェラは事もなげだ。
それぞれの席にいて食事を楽しんでいたいわゆる紳士淑女達は、レストランの中央を歩いていくアンジェラとチャイナレディの姿を露骨に見つめていた。
アンジェラはリンカーン家の跳ねっ返り娘としてその顔は知れ渡っていたし、彼女に付き添う得体の知れない男か女かも判らない人物は、奇妙な魅力に溢れかえっていたからだ。
やがて二人は、特別室に案内された。
豪華な丸テーブルの正面に、一人の東洋系の男が座っていた。
張治晴だった。
スキンヘッドの頭部に龍のタツーが入っている。
だが意外にもその下の目は、柔和に見えた。
そして、そのやや斜め後方に、見るからに陰気そうな一人の男が張の影の様に立っていた。
陰気な雰囲気、それ以外は、男の容姿は街で出会うありきたりのもので、特に印象に残るものはなにもない。
だが蓮には、彼がフォージャリーであることが一目でわかった。
強烈なリアルチャクラのオーラが彼の身体から漏れ出していたからだ。
張治晴は席から立ち上がると、軽くお辞儀をし、アンジェラに席に着くよう進めた。
レストランの給仕が絶妙のタイミングで登場し、椅子を二人分引いた。
アンジェラは、それが当然だと言わんばかりに、かるく会釈をすると席に座った。
蓮は気後れしたがアンジェラに従うしかなかった。
前菜のサーブが終わるころ、張が頃合いと見たのかこう切り出した。
「ところでお嬢様、お隣にいるのが貴方が買われた言うフォージャリーですか?なんというか珍しいフォージャリーですな。」
「貴方は私のフォージャリーが見たくて、私を呼びつけたんですか?」
アンジェラの負けん気が一気に出た。
ここに来るまでは、父の名前に傷が付かないように気を付けようと思っていたのにだ。
アンジェラは我ながら、こんな外出にもタミヤをお守り役に就けようとする父親の気持ちが判るような気がした。
「いや失敬。私は常々お父上が抱えておられるキャスパーというフォージャリーを羨ましく思っていましてな。今度はそのご令嬢が新しいフォージャリーを手に入れたと聞いて気持ちが抑えられなかったのです。もちろん、此処におこし願ったのは、我がタワーにお越し頂いたお嬢様に、是非ともご挨拶をしておきたいと思ったからです。私はこのビルのオーナーではありますが、常に此処にいるわけではありませんしね。」
豪族達の裏話では、昔、リンカーンと許がキャスパーを競り落とすのに張り合ったという話が有名だが、アンジェラが父親から直接聞いた話では、許はその場面にはいなかったという事だった。
つまり作り話なのだが、その話は、許とリンカーン家の緊張関係の表れであったのは確かだ。
「そうですか、なら私のフォージャリーに買ったスーツ代は私が払います。あなた様に代替えしていただく謂われはありませんわ。ペットの餌代は飼い主が払います。だから"飼い主"と言うのではありませんか?」
「まあまあ、ご無礼はご容赦下さい。なにせ、一代の成り上がり者ですから、私めはその辺りの人の気持ちの機微がわからんのですよ。それに自前の餌が必要なら、我がタワーで幾らでも他のものがありますよ。そこで、なんなりとお求めください。ですからそのスーツは、私どものお近づきの印ということでお納め下さい。」
その時、黒服のウェイターが張の側までやって来て、彼に何事かを囁いた。
「、、これは驚きです。いまタミヤと名乗る男がやって来て、お嬢様を直ぐに連れて帰りたいと申しておるようなのですが、いかがいたしましょう。」
あの手錠だ、とアンジェラは思った。
やっぱり盗聴機能も付いている。
これが違う状況での出来事なら怒り狂っていた所だが、今は渡りに船だった。
アンジェラは張のペースに巻き込まれかけていて、この先の会話の中で、リンカーン家に迷惑をかけずに済むやり取りが続けられる自信がなかったからだ。
「タミヤはリンカーン家に使える重臣です。その者がそういうなら、緊急なのでしょう。大変失礼ですが退席させて戴いてよろしいですか?このスーツに付いては、その穴埋めと言っては何ですが、お言葉に甘えさせていだだ来ます。」
アンジェラは密かにタミヤの出しゃばり、いや機転に感謝をしながら、優雅に席をたった。
張は微笑みながら、そんなアンジェラの言葉を受け入れた。
そして蓮は、ただ慌てふためいてアンジェラについて行くしかなかった。
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