鏡面惑星/ライズ・アンド・フォール

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第1章 彼らの世界/誤謬

10: 豪商の企て

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    アンジェラの途中退席という非礼に、特に腹を立てるというような事もなく、西の塔の自室に戻った張は、早速、リンカーン家の一人娘と新人フォージャリーの分析を始めた。
 もちろんそれは、張が豪族世界へ本格的に進出しようと決めたからであり、今までの張であればアンジェラの動向等に何の興味も持たなかっただろう。
 自らの野望の前に、この娘に対して自分の時間を割り割く価値があると考えたのだ。

「どう見えた、スプリガン?お前の目から見た、あの娘とあのフォージャリーは。」
 張は窓際に立ち、遠くに立ち並ぶ巨大なアール塔を眺めながら言った。
 ユミルにおいて、西の尖塔の高さに迫る建造物は、この世界の気象をコントロールしているアール塔しかない。
 眼下には近代建築による中層ビルと、中世建築が交互に織りなすタペストリー模様が広がっていた。
    それは美しい光景と言ってもいいだろう。
     彼等の遠い先祖達が住んでいた世界においては"唯一無二"と言える程ではないにしても、この荒涼たる惑星上では希少な宝石に値する筈だ。

「娘の方は特に注意が必要になる程の人物ではないでしょう。気質は父親によく似ていますが、将来的に父親の権力を引き継いで、ご主人様との関係が難しくなるという事もなさそうです。なにろイーズルは女性の社会的な活躍を望みませんから。フォージャリーの方は、、、判らないですね、、。」
    スプリガンはいつもの様に張の側にいて、そう控えめに言った。
    影の様に重さが感じられない男だ。
 同じ知的支援フォージャリーの立場にいても、リンカーン家のキャスパーとは随分様子が違った。
 キャスパーは下手をすると主人であるトレバーより輝いて見えるような瞬間があったが、スプリガンは常に影の存在だった。

「ほう、お前にも判らない事があるのか?同じフォージャリー同士なんだ。人間にそれだけ鼻が利くお前だ。もっと判るものだと思っていたんだがな?」
「だからこそですよ。あのフォージャリーは底が知れない。」
「話ではあのニューチャンプはリンカーンの目立てではなく娘が一目惚れで買い取ったという…。お前達とは違うと思うのだがな。それでもであのフォージャリーが化ければ、あのお嬢ちゃんも化ける可能性があると言うことか?」
    張はスプリガンの言葉を大切にしているようだ。
    
「まあそれも、人間とフォージャリーは共鳴し合うという説を信じればの話ですが、、。」
「信じるも何も、リンカーンとキャスパー、私とお前がそうじゃないかスプリガン?そして私達はやがて、私達の王国を作るんだぞ。」
    張は元手なしで現在の地位にのし上がったと言われるが、実際は違う。
    張の原資は"人"そして"人間観"、張は稀代の人誑しだった。

「私達ではありません。その王国はマスターだけのものです。マスターがアンジェラ・リンカーンの未来に脅威をお感じなら、私が彼女を排除しましょうか?」

 張は自分の立場を自覚しているこのスプリガンの事を気に入っていた。
 このフォージャリーが、自らを低く見ながら自分に仕えるのには理由があって、それは彼に陰謀や企みの類のものが隠されているからではなく、もっとスプリガンの独自の虚無的な感情に由来する事を知っていたからだ。
 つまり張にしてみれば、スプリガンに裏切られる可能性が限りなく低いという事だった。
 裏切りは多くの場合、その相手に芽生えた野心が原因になるものだ。
 豪族達は、ずば抜けて優秀な知的支援フォージャリーであるキャスパーを引き連れているトレバー・リンカーンを羨んでいるが、張は逆にそれがリンカーン家の弱点だと考えていた。

「排除な、、いや、まだそれは待て、今は父親の方だ。それに私も、もうそろそろあの貴族気取り達のお仲間入りを考える頃合いかと考えておるんだ。その矢先に、騒動は起こしたくない。」
「、、、例の聖剣争奪戦への参加ですね。」
「聖剣など興味はないが、神が持つ聖剣は神の象徴であり英雄が持つ聖剣は王権の象徴や民族の勝利の象徴であると云う。それは重要な事だ。」
    張の知識では、聖剣の正体は未だ明かされぬ母星文明のヒューマン・マシン・インタフェース(HMI)の一部分だと云う事になっている。
     張は、現実社会で使えない過去のハイパーテクノロジーなど何の意味もないと考えていたが、それが権力闘争のシンボルとしてあるのなら話は別だ。

「私がこの国を治めるのには、ああいうものが1本は欲しい。認証前のものなら幾らでも手に入るしな。…あれがあれば何をするにも箔がつく。それで迂回できる争いも多い。小さい国土なんだ、その中で無駄な血を流すのは勿体ないだろう?」

「その件についての段取りはお任せを、なんなら私めが試合に出場致しましょうか?」
「いや駄目だ。お前なら確実だろうが、試合にフォージャリーをだすと、他から文句が出るだろう。特に私のような傍流の人間がやるとな。豪族共は口うるさい。、、剣士は私が用意する。判っているだろうが、私はそういう方面にも顔が利くからな。それ以外の段取りは、お前に任せるよ。」

「それならば試合に使用する剣に工夫を加えてはどうですか?ただ単に優勝するだけでは面白みがありませんからね。出るからには、さすが張だと豪族たちに言わせなければ。」
「いいな。それで、やってくれ。」
 張はにやりと笑ってスプリガンを見た。
 張自身は肉体を使う闘争には詳しくも関心もない男だった。
    聖剣争奪戦など、己が高みに至るための只の通過点に過ぎない。          そんな通過点に己の才覚を使うのは苦痛だった。

 その点でもスプリガンは役に立った。
 なにせスプリガンは、フォージャリーの闇ファイト・第2期チャンピオンだったからだ。
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