鏡面惑星/ライズ・アンド・フォール

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第1章 彼らの世界/誤謬

12: 蓮の戦い

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    中庭の青い人工芝の上に、トレーナーに傷つけられた肩の丸い傷跡をみせて蓮が先に立った。
 白いズボンが夕日の色に染まって赤い。
 引き締まった胸や肩の上に妖艶な女性の顔がのっかっているのは、奇妙に倒錯した風景だった。

 レナードも既に上半身、裸だ。
 もっともレナードがそうしたのは蓮のように上着を守るためでなく、おのが筋肉を観客に見せつけるのが目的だったが。
「どうせ中身のない、ハリボテよ。」
 暮神の隣に座ったアンジェラは上気した表情で言った。

「そうかな。彼のはそんじょそこらのマッチョマンの筋肉じゃないよ。裏リンカーンの技術力でバイオアップされている。いわば彼の身体は御禁制の品物だ。」
「いや、駄目だね、莞爾。我々の科学力は、母星のものを超えられはしないんだ。しかも我々は母星を失った孤児だ。特に失われたΩシャ、、」
 暮神はなおも言い続けようとするドナーの口を視線でとがめた。
 その先は、まだアンジェラが知ってはならない内容だった。

「ヒャッホー!」
 レナードが喜びの雄叫びを上げた。
 初めてバイオアップされた己の破壊欲を全開で放出出来るのだ。
 アンジェラの父親が総帥を務める、リンカーンメディカル社の裏の仕事で強化された人間が、アンジェラのスレイブに戦いを挑むとは不思議な運命のいたずらだった。

 バイオアップの結果、人間相手なら数秒で相手を殴り殺してしまう力をレナードは秘めていた。
 見識のあるマスターなら、一目でこの青年の欲望を見抜き、おのがスレーブを彼に一歩たりとも近づけはしなかっただろう。
 だがこの戦いは、蓮がアンジェラという一風変わった女性に買われ、そのスレイブになった時から既に始まっていたのだ。

 蓮は、人間のレナードが何の計算も無く、自分に打ち掛かって来る事に虚をつかれた。
 第一この距離では、相手の蹴りさえも届く前にかわせてしまう。
 レナードはそんな遠すぎる間合いで、腕によるストレートを放っていたのだ。
 しかし違った。
 レナードのナックルは届かなかったが、その代わりに電撃が蓮の顔面を襲ったのだ。
 蓮は彼の中のリアルチャクラが、その電撃に共鳴しているのが判った。

 『こいつ、俺達の仲間なのか?身体そのものがダイナモになっている。』
 蓮のマスクの鼻孔から、赤い血が流れ落ちた。

「よしよし、それぐらいでくたばっちゃいけないぜ。」
 蓮が電撃に戸惑っている間に、二人の間合いが詰まっていた。
 戯れ言を言ったレナードの顔が急にひっくり返ると、足の踵に変化した。
 そう見える程、素晴らしいスピードで至近距離からレナードの裏廻し蹴りが放たれたのだ。

 蹴りは確実に蓮の顳かみにヒットした。
 不動の構えを取り続けると思われていた蓮の全身がぐらりと揺れた。
 蓮は首の下にあるマスクの切れ目に指を掛けた。
 今の一撃で頭が切れたらしい。
 マスクの中に血が溜まりだしたのだ。
 マスクには発汗や皮膚代謝に対応する機能があるが、マスクの下の出血まではカバーしていない。

「マスクを取っては駄目!そのままで戦いなさい!お前はチャイナレディでしょ!」
 リビングの方からアンジェラの厳しい声が飛んできた。
 どういう訳か、その声色の中に哀願の色が滲んでいるように蓮は感じた。


 鵬香は過去、蓮にこう教えていた。
 トレーナー達は、まず最初に、スレイブになるフォージャリーに対して、全ての人間に対する"服従の楔をうち込むべき"と思っているが、そんな事をしなくてもフォージャリーには元来人間に対して協力する本能があるのだと。
 その本能が、服従という形に歪められているに過ぎないのだと。
 そして『協力』と『服従』は違う。
 従って人間に対する攻撃も、主たるマスターへの協力に反しない限り許されるのだと。

 この時点で蓮のリアルチャクラが爆発しないのは、トレーナーの施した訓練のせいではない。
 蓮が自分自身でそう思いこんでいるだけなのだ。
 ・・・アンジェラ様は最初に「お相手をしてあげなさい。」と言ったではないか!
 『しかもアンジェラ様は俺の事を心配している!』
 蓮の中に打ち込まれた筈のトレーナーの一つ目の楔があっさり外れた。

 うずくまった蓮の横腹にレナードの爪先が2度3度とたたき込まれる。
 海老の様に丸くなった蓮の姿により嗜虐性を煽られたのか、レナードは爪先を蓮の顔面に向けた。
    バイオアップされたレナードのキックで頭部を攻撃されれば幾ら蓮とて無事では済まない。

「誰か、止めさせて!」
 アンジェラが悲鳴を上げた。
 遠目にもレナードの顔面への蹴りが相手に死を与えるものである事が判ったからだ。
 アンジェラの悲鳴は間に合わず、代わりに中庭から絶叫が上がった。

 レナードの爪先が血塗れになって、蓮の女の白い顔に深々と突き刺さっていた。
 レナードがなおも顔面への蹴りの為、足を後ろに引いた。
 誰もがそう思った。

 しかし、レナードが足を引いたのは、彼自身の激痛の為だった。
 レナードの爪先は、何か巨大な口蓋をもつ猛獣にバックリと喰い契られたかの様に、なくなっていた。
 レナードは膝を折って自分の足先を抱きかかえるようにして地面にのた打ち回っている。

「嘘だろコイツ!犬かよ!噛みやがった!」
    肝の据わっている筈の暮神が動転した。

 中庭に駆け寄った3人の内、ドナーだけが蓮の顔面をのぞき込んだ。
 蓮の顔面にはマスクの開口部である目や鼻の穴から、自らの血を滴らせてはいたものの、レナードの蹴りの跡らしきものは一切認められなかった。
 アンジェラと暮神に抱き起こされているレナードの無くなった爪先と、蓮の妖艶な口元を見比べて、ドナーはその瞬間に行われたであろう恐ろしい光景を思い浮かべて、その場に凍り付いていた。


「、、、やばいぞ、これ。」
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