大阪ディープサウスまほろば食堂始末記 /黎明にカムイ先生奮闘す、trapちゃんがアシスト

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第4章 危険地帯

17: 同類

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 『蠱惑』とは、どういう場所なのか?
 桔梗ママの経営するバー・手枷足枷とは、趣が違っていた。
 端的に言うと『蠱惑』は、ある目的をもって好みの女装者を探しにやってくるそれなりの社会的地位を持った男達と、そんな男達に抱いてもらいたい女装者達の出会いの場所だった。 

 『蠱惑』の従業員といえば、宛ママとカウンターの奥でお酒を用意するバーテンダーだけで、ホステスというものは元から存在しない。
 『蠱惑』に吸い寄せられる特殊な性欲を持った男達と、ファンデーションで彩った女装者は意気投合し、近くのラブホテル、あるいはその他の場所で、倒錯な快楽に酔い痴れる。

 『蠱惑』はそのようなシステムになっている。
 日本の売春防止法は、ソープなどの風俗営業を含めて、管理売春を禁止している。
 売春とは男性が金銭を支払い、女性がセックスを提供することだ。
 処罰されるのは風俗業者になる。

 要は、セックスの代償として金銭授与があるのかどうか?ということだが、宛ママの公に向けてのアナウンスでは、『蠱惑』で生じる関係の中で、両者間には何らかのプレゼントがある事を認めている。
 ただそれが紙幣なのか、物品なのか、宛ママは知らない、、ということになっている。
 宛ママは、場を提供するだけで、そこでの自由恋愛については一切関知しない立場をとっているのだ。

 つまり、有り体に言えば、公然たる売春ではないが、限りなく売春に近いグレーゾーンの取引、すなわち、金銭による肉体売買の取引が行われているのが事実だった。
 ただし、『蠱惑』に集まるのはプロの女装売春婦ではなかった。
 100%お金目的ではなくて、男と愛し合いたい、それなりにちゃんとした社会的地位にある男性達だった。 

 ゆえに、初めてここに連れてこられた夜、恭司は、あの奥の更衣室で眉をひそめてしまうほどの濃厚な匂いを嗅いだのだった。
 そこに立ちこめていた香水や化粧品の匂いとともに、まぎれもない男の体臭が恭司を困惑させていたのだ。

「あら、あなた、たしか、キョウちゃんだったわね。今度は自分で来ちゃった…。」 
 恭司が『蠱惑』を訪ねると、婉ママは訝しげに恭司を眺めてから、恭司の女装名を思い出した。

「どうしたの? ワンさんと待ち合わせ?」 
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」 
「ふうん、せっかくだから、そこに座んなさいよ。まだお客さんも来てないし」 
 恭司は落ち着かない気分でボックス席に座った。 
 婉ママは冷えたビールを持ってきてくれて、グラスに注いでくれる。 

「ほら、飲みなさいよ。ビール代とるなんてケチなことしないから」 
 恭司は、風邪をひいて体調不良、という口実で高校を早退して『蠱惑』にいる。 

「ふうん……、こうして見ると、あんたって、ブレザーを着たまともな高校生じゃないの」 
 婉ママもビールを飲みながら言う。 
「俺は……、まともですよ……」
 恭司は校則違反のオシャレなスクールネクタイを緩めながら応える。
 ブレザー自体も元のものを解体して仕立て直してある。
 普通の男子高校生なら、ちょっと着崩す程度だが、恭司は拘ってそういう事をやる。

 オシャレなのは父親譲りだと恭司は思っている。
 それは一つの自己表現なのだと。
 女装にしても女性の下着に異性を感じたり、興奮するという事ではない。
 第一、恭司の周りには父親が連れ込んできた女達の下着や衣類、化粧品などが無造作に山ほど転がっていたのだ。
 、、、今までの女装遊びも、その延長線上にあったはずだった。

「あらまあ、ノーマルな若者が顔いっぱいに悩みがあります、って貼りつかせて、真っ昼間からこんなところにやってくるのかしら?」 
「…………」 
「キョウちゃん、何を悩んでるの?」 
「…………」 
「告白しなさいよ。力になってあげるから」 
「……実は、王さんから連絡がないんです……」 
「それで?」 
「……ですから……」 
「ワンさんに抱いてもらいたい、ってわけね」 
「…………」 
「恥ずかしがることないわよ。男のペニスを舐めたいとか、男にお尻を掘ってもらいたいとかって、キョウちゃんもわたしもそういう星の下に生まれてるんだから、ちっとも卑下することはないのよ」
 そう、あけすけに言われると、かえっておかしかった。
 婉ママは堂々としたものだった。
 男が好きで何が悪い?と開き直っている。
 恭司にはそこまでの図太さはないが、婉ママの堂々とした態度に、幾分、気が楽になった。 

「キョウちゃん、ワンさんのペニス、おしゃぶりしたんでしょ?」 
「……はい」
 恭司は消え入るような声で答えた。 

「ぶっとくって美味しかった?」
 AVとかの世界や男同士の猥談で聞く言葉だが、こうして日常会話として真正面からぶつけられると面食らってしまう。

「…………」  
「うふふふ、図星でしょ。キョウちゃんは目覚めたのよ。男どうしの愛、なんてきれいごとじゃなくて、男のくせに男のペニスをしゃぶったり、お尻の穴にペニスをハメてもらったりするのがうれしいことがわかったのよね。そういうのって、世間じゃアブノーマルって言うけど、気にしたらダメよ。自分に正直に生きなきゃ」
 手傘足枷の桔梗ママでもここまでは言わなかった。
 ある意味、桔梗ママは高校生としての恭司に遠慮をしていたのかも知れない。

 けれど、「わたしたちは同類なのよ」と、婉ママに言われて、恭司は胸の奥の重荷が取り払われたような気分になった。 

 あの夜、王にラブホで挑まれたとき、結局は成功しなかった。
 だから、王は気分を害して、その後、連絡してくれないのではないのか?そう恭司は思っていた。 
 婉ママになら何でも話せそうな気がして、恭司はあの夜の恥ずかしい事実を語った。
 ビールの酔いも手伝っていたのかもしれない。 

「キョウちゃんのお尻は処女だったんだから仕方ないわよ。えぇ処女なんでしょ?」
 またもストレートな言葉だった。
 恭司は曖昧に返事をした。
 それに類する行為はしたことがあるが、それらは王との事を基準にすると、まったく「やった事」にはならなかったのだ。

「初めてのお尻に、あんな太いペニスが入るわけがないわ。無理に入れたりしたら傷つくじゃないの」 
 確かにあのときは、そう感じた。 
 さらに、恭司は、王が射精した気配がないことを婉ママに話した。
 男なら、射精のフィニッシュで満足すべきなのに、王は不完全燃焼だったはずだ。 
 ひょっとしたら、最後の最後に自分が王に気に入ってもらえなかったのではないか? 
 恭司には、そんな不安が萌芽していた。

 「気に入ってもらえる」それは実に奇妙な感覚だったが、今の恭司本人にとって見れば普通の感情だった。 

「キョウちゃんが帰ってから、あの後、暫くしてからワンさんはウチの紅花(ホンファ)ちゃんを誘って外出したわ。きっと、紅花ちゃん相手にたっぷりと楽しんだと思うわよ。」 
「…………」 

「そんな心配そうな顔して。キョウちゃんのかわいいお尻が初めてだったから、無茶したくなかっただけだと思うわ。心配しなくっても大丈夫」 
「……そうだといいんですけど」 

「キョウちゃん、ワンさんにお尻のヴァージンを捧げたいのね?」 
「……えっ?そんな!ただ気分を悪くさせちゃったんじゃないかなって思って」 
「ちょっと待っときなさいよ」と、婉ママは言い置いて席を立ち、奥の部屋に姿を消した。 

 今日、恭司が『蠱惑』にやってくるには勇気が必要だった。
 どうにもならない不安に苛まれたあげく、学校どころではなくなり、うろ覚えの路地を何度も行ったり来たりして、ようやく『蠱惑』にたどり着いたのだ。 
 婉ママが再び姿を見せたとき、その手には怪しげなアダルトグッズが握られていた。
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