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第5章 侵犯
23: 釜ヶ崎暴動
しおりを挟む程なく輩達が注文した皿が届いた。
内の一品、オムライスは焼いた玉子の皮が中身の大量のケチャップライスでパンパンに膨らんでいる。
しかも形が良い。
キチが注文した焼きめしというのか、チャーハンというのか、これもわざわざ饅頭型に形が整えてあって飯粒の色は黄金よりむしろ黒に近いものだった。
向こう傷の男とキチの二人は、黙々とそれを腹の中に詰め込んでいる。
親父が調理場に帰らず、店内のテーブルを拭いたりの開店準備をしている内に、「勘定を頼む」の声がかかった。
本当に二人は、これから何処かへ、用向きで出かけるらしい。
キチが勘定を済ましている間に、向こう傷の男の「儂は、あんたの作るものが気に入っているんだ」と言う低い声が聞こえた。
「お客さん、さっきは片桐に助けられたな。」
神無月の方に戻ってきた親父が言った。
「あの人、片桐っていうのか、、。」
「ムショ帰りだ。御大層な箔を付けて組に戻って来た。あの額の傷といい、絵に描いたようだろ?けど今は、自分のシノギが見つからずに内心焦ってる。組がそれなりの扱いをしてくれるのは、暫くの間だけだ。前、片桐がやってたシャブのシノギは、組の他の人間がやってる。いい顔になった今、それを返せとは、恥ずかしくて言えないだろ。そこで片桐が目を付けたのが、王と、今出来上がりつつある中華街って訳だ。キチは、その案内役ってとこだな。」
「、、、ヤクザも大変だ。にしても親父さん良く知ってますね。」
「まあ、俺みたいな食堂の親父にも、昔取った杵柄って奴で少しずつだけど情報が入って来る。…って事は、それだけ奴らが、ここら一帯を頻繁にうろつきまわってるって事だな。街のみんなは、王が飼ってる親衛隊とアイツらが一戦交えるんじゃないかってビクビクしてる。日本のヤクザは滅多な事でチャカとかを持ち出さないが、外国人は感覚が違うからな。流れ弾でも飛んで来たら、どうしょうもない。」
「王の親衛隊?それが金田さんが言ってた若い連中?」
「そうだ。そいつらも片桐らの動きに合わせるみたいに、急に表に出てくるようになった。町内会の会長とかが、警察に相談しに行ってるよ。今日、片桐らが早い目に、ここに来たって事は、何か動きがあるのかもな。あの女の人を、ここから早い目に帰したのは、正解だ。」
「"帰した"って、携帯で仕組んだのバレてた?」
「お客さんにしちゃ、上出来だったよ。センセイは女を守るとなっちゃ身体を張るタイプだろ。逆にキチはそういう男を目の敵にしてる。そういうのをイキってるように感じるんだろう。性格が捻れてるからな。あの帰らせ方で良かったんだよ。キチは執念深い、下手にやってたら、又、何か起こってたかも知れない。片桐だって、いつもああだとは限らんし、、。センセイも今日は、もう帰ったほうがいい。」
いつも夜中に動く様な人間達が、今日は夕刻過ぎからうろつきまわっている、引き上げ時なのは間違いなかった。
自分はただの一般市民だ。
そして、これはいよいよ岩田がやばいなと神無月は思った。
明日は加賀美の言う台帳を調べた後、成果があるかどうかは別にして、気合いを入れてあいりん地区をまわってみようと神無月は決心した。
・・・・・・・・・
あいりん地区の歴史的な背景については、同僚の社会科教師である斉藤に、ある程度の事を教わっていた。
その話の中でも神無月が特に興味を持ったのは、西成暴動、あるいは釜ヶ崎暴動についてだった。
この暴動の現場となったあいりん地区は、東京の山谷とともにドヤ街(寄せ場)として有名な地域だ。
大阪に住んでいる人間なら、大なり小なりその事は知っているが、その背景にある社会構造についてはあまり理解しょうとはしない。
神無月にしても、赴任先が現任校でなければ、そんな社会的背景などあまり意識しなかっただろう。
おそらく一般人と同様で、単に近寄りがたい危険で不潔な街という程度の認識だったに違いない。
過去において、あいりん地区に流れてきた日雇い労働者達の労働条件は決して良くはなかった。
彼らは、手配師及びそれらを束ねる暴力団などから賃金をピンハネされるなど、その他諸々の生活苦の中、常に鬱積した感情が高まり続けていて、いつそれが爆発してもおかしくなかった。
つまりそれが、暴動発生の温床となっていたわけだ。
最初の暴動は、1961年に発生している。
その頃の暴動は、溜まった鬱屈の爆発という、ある意味で「自然発生的」な暴動事件だった。
これが1970年代に入ると、日本の新左翼達が窮民革命論を掲げて、このドヤ街に乗り込み、日雇い労働者達を煽動するようになった。
全部で24件を数えるこの暴動の内、第9次暴動から第21次暴動までの13件の暴動は、70年代前半に集中していて、その頃の暴動は、扇動者による計画的な暴動だった。
1973年6月の第21次暴動を最後に、この暴動は17年間の空白があったが、1990年に第22次暴動が発生した。
これは平成時代に入って、日本で起きた最初の暴動事件として位置づけられている。
続いて2年後に第23次暴動が起こり、そこから更に間隔を開けて16年経った2008年に、第24次暴動が発生した。
この暴動については、神無月にもある程度の知識があった。
第24次西成暴動は、平成20年6月に発生した。
6月12日、西成区の鶴見橋商店街の食堂で、店員と日雇い労働者との間にトラブルが発生する。
店員の通報で、労働者は西成警察署に連行され、二度とこの食堂には近づかない旨の始末書を書かされる事となった。
この労働者の主張によれば、その際、警察官から暴行を受け、「始末書を書かなければ生活保護を打ち切る」と恫喝されたという。
一方、西成警察署は「暴力は振るっておらず、対応は適正だった」と発表した。
翌6月13日、釜ヶ崎地域合同労働組合は、この警察の対応を批判し、午後5時30分頃から西成署前で抗議活動を始めた。
そして午後8時30分頃から、この抗議活動が暴徒化の兆しを示し始めたため、機動隊が出動し、西成署を警固、その際に8人を検挙した。
だが6月14日から17日までは、断続的に暴動が続いた。
17日になると、日雇い労働者だけでなく、不良少年達もこの騒ぎに乗じて西成署に来襲し、一緒に投石したり花火を打ち込む者もでた。
その結果、警察官18人が負傷した。
翌日6月18日、釜ヶ崎地域合同労働組合の委員長が、道路交通法違反で逮捕された。
抗議活動の際に街宣車を停め、労働者を多く集結させて通行を妨害した容疑だった。
この逮捕をきっかけに、暴動は急速に沈静化に向かったのである。
神無月に、この地区に入り込む事への大きな緊張感はなかった。
ここは自分の勤めている中学とさほど離れた場所にあるわけでもなく、自分の持っている雰囲気が、この地区に大きな違和感を与えるものではないことを、神無月は知っていたからだ。
荒くれとまでは言えないが、少なくともお花畑ではない。
ただし、そんな神無月でも、ここに住む住人達をじっと見つめるような事は出来ない。
この地区は、流れ着く者を拒まない、迷い込んだ者も拒まない。
但し自らを拒絶否定する者を許容するような、鷹揚さはないし、そしてあちこちに"陥落の黒い穴"があるのだ。
そんな中での岩田探しだった。
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