大阪ディープサウスまほろば食堂始末記 /黎明にカムイ先生奮闘す、trapちゃんがアシスト

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第5章 侵犯

27: 正義の味方

    神無月は、四角く切ったレーズンバターを爪楊枝でつまんでいる。
 亀谷のアテは冷や奴だ。主食がアルコールになっている彼には、豆腐は手軽な栄養補給になるだろう。
 この店で出されるものは、標準的なスナック店の価格としては全品安いのだが、原価自体が低いので、店として特に身を切るようなサービスをしているワケではない。

 神無月は、『最近はどんな食品にも、A級からZ級までの差があるんだぜ』と、まほろば食堂の親父に教えてられていた。
『一つの食べ物の格差ってのは、超裕福層が食べるものからド貧民の食い物まである。店としちゃ、ド貧民用の食材を仕入れてそこに"誤魔化し"を入れて売れば、裕福層価格で儲けは広がるに決まってる。けどさ、それはその店自体の値打ちに関わってくることだからな、そこは考えないとな。』と親父は笑っていた。
 『自分の舌で本当の食べ物の値打ちが判る人間てのは少ないんだ。大体が、見た目やネームバリューで騙される』とも親父は言っていた。

 親父の言葉を思い出すと、このカラオケ居酒屋は、飛田と言う立地で高目の利益幅。、、荒稼ぎとは言わないが客側からすればやや微妙だなと神無月は思った。

 だが、ここに集まった者は皆、満足しているように見えた。
 それは"なけなしの金"で、けれど"その日はなんとか工面が出来る金"で、自分が失ってしまって手が届かなくなってしまった「女の匂い」や「家族の匂い」を此処では束の間、取り戻せるからだ。

 ジンリーが亀谷の空になりかけた梅チューハイのグラスを見て「もう一杯飲む?」と聞いてる。
 イントネーションが微妙に違うが、問題のない日本語だった。
 亀谷が「ああ頼むよ」と答え、ジンリーはグラスを引き下げる際、何気に「お客さんは歌わないの?」と神無月に聞く。

「ああ、歌がへたくそなんでね。」
「ここはカラオケ居酒屋だよ?」
 ジンリーが悪戯っぽく言った。
 だがそれだけだった。
 ジンリーはグラスを持って奥に引っ込んでいく。

「彼女、言葉が達者ですね。」
「だろ、あれでも中国人ぽくするために、ワザとイントネーションを変えてるんだぜ。向こうじゃ日本語を勉強してたらしい。そこを見込んで、わざわざ王が呼び寄せたんだ。今は慣らし運転中ってとこだろ。しばらくしたら、彼女、王の秘書かなんかをやるんじゃないか?」
「ここらへんの事業展開が、軌道に乗ったらって事ですか?」
「そうなんじゃないの?」
 その部分について亀谷はたいして興味がなさそうに答えた。

 ジンリーがグラスを持って戻って来た時、店に次の客が来た。
 雰囲気からするとグループ客のようだ。
 年長の女性の方が、その客にいらっしゃいませーと声を掛けたのだが、その声が緊張しているように思えた。

 神無月が何気なく、入り口の方を見ると、そこにキチ達がいた。
 メンバーは片桐とキチ以外に、見知らぬ二人の男がいたが、彼等も一目で筋者とわかった。
 キチの方も目敏く、神無月を見つけ出している。

 手狭な店なので、今の客の座り方では、この4人は収容できない。
 その辺りを、年長の中国人女性が慣れない日本語で「詰め合ってもらって、椅子をだしますから」と説明しているが、中々埒が開かない。

 というよりもキチ達が、埒が開かないようにワザと絡んでいるのだ。
 それをジンリーが助けに行こうとしたのを亀谷が止めた。
「ジンリーちゃんは行くの止めといたほうがいい。あんたは日本語が上手すぎる、それはかえって奴らの思う壺だ。ああやって、コミュニケーションがとれなくて、ぐちゃぐちゃ揉めてりゃ、そのうちポリがくる。」

 他の客が恐れをなして、「勘定ここに置いておくし」とか言いながら店を出て行く。
 「俺らも出るぞ。」と亀谷が神無月にいった。

「いや、俺はここにいます。」
「何、言ってんだ、兄ちゃん、正義の味方のつもりかよ。」
「そんなんじゃなくてね。あいつらの中に、因縁のある奴がいるんですよ。店にいようが出て行こうが、どっちみち、俺はそいつに絡まれる。」
「知らんぞ、じゃ俺は先に出る」と亀谷は言ったが、その時はもう遅かった。
 その退路先には、キチがニヤニヤ笑いながら立っていた。

「ようカメのオッサン、久しぶりやな。よう会うのぅ、こっちに来てたんか。そないに逃げんでも、ええやんか。俺ら歌いたいから、ここにきただけや。他の客がなんかしらん帰りよったから、席の数もぴったりや、、なぁ、兄ちゃん。」
 キチは最後に神無月の方を見て、ズカズカと歩み寄って神無月の隣に座った。

 その隙にリンジーは硬い表情をして年上の女性の方に駆け寄っていく。
 彼女は、その年上の女性と二人で今後の対処を相談をしたいのだろうが、それを片桐が遮っていた。
 別に怒鳴りつけるわけでもないし、脅しつけているわけでもない落ちついた口ぶりなのだが、片桐が何かを言っている時には、それを黙って拝聴する以外に、何も出来なくなるような強さが彼にはあった。
 そのオーラは、ちがう文化や感性を持っている彼女らでさえ、片桐に従わざるを得ない「怖さ」を持っていた。

 今日の片桐は、まほろば食堂での片桐ではない。
 片桐はここに、「仕事」でやって来ているのだと神無月は思った。

「横浜や神戸は、もともと華僑が多かったようだがな、西成は中国との関連性はまったくない。それが急に中華街を作るといわれてもな。地域の活性化とか、おためごかしを言ってるらしいが、この周辺の宿は年間40万人の外国人が泊まってる。USJがあるから国内の観光客も50万人ほどが利用してんだ。大阪中華街構想ってのは、あまりに唐突で、強欲無理筋な話ってことだよな。」

 そんな内容を、片桐は隣の連れに芝居がかった口調で喋っている。
 正確な話の内容が判らなくても、年長の女性には、自分たちの存在がやんわり拒否されている事だけは伝わるだろう。
 リンジーならもっと理解できている。
 もちろん、片桐の狙いはそれだった。
 具体的な店への圧力は、キチら他の男達の役割だった。

「おい姉ちゃん!客をほっとくんか!」
 キチが大きな声をリンジーに浴びせかける。
 リンジーが硬い表情でキチの方に戻ってきた。

「エグザイルのLovers Againや、あれ歌うわ、すぐ出して。」
「かしこまりました、、少々、お持ち下さい。」
「かしこまり?なんやそれ、とにかくはよせいや!ちゃんと日本語読めるんか、中国人!」

「そういうの、こっちが恥ずかしいから、やめとけや。それにお前、Lovers Againっちゅう顔ちゃうやろ。」
 神無月の口からそんな台詞が飛び出ていた。
 言った本人自身が、吃驚している。

「なんやと、ゴラァ!」
 キチがスタンド椅子を後ろ足で蹴り倒して立ち上がった。

「あぶないのう、キチ、やってもええけど、わしらに手ぇかけさせんなよ。」
 自分の足元に転がってきた椅子を見ながら、片桐の横に陣取っていた男がうっそりと言った。

 片桐は、こちらの騒動にまったく関心がないようで煙草を吹かしている。
 神無月の位置から、片桐が連れてきていたもう一人の男がカウンター裏に無理矢理入り込んで行くのが見えた。
 年長の中国人女性が、それに中国語で抗議をしている。
 完全な嫌がらせだ、ただ物理的な損害はまだない。

 神無月は椅子から降りた。
 勝てるとは端から思っていなかったが、無様な事だけはすまい、たとえ一発でも相手を殴れれば、それで良いと考えていた。
 だが、いきなり、キチのパンチが顔面に飛び込んできた。

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