メガマウス国の生物学 [ Biology of the Megamouth Shark Land ] 

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第1章

第03話 磔・ドームにて

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【暗転 1】

 生きていた。それも五体満足で、たぶん、、。
    というのは、僕はまだ自分の意識のあり何処を見失っていたからだ。
    幽体離脱と云う言葉があるがあんな感じだった。
    僕はふわふわと空中に浮いていて、世界を見ている。でも僕は何処にいるかが判らない。

   古めかしくも艷やかな回廊を二人の人影が移動している。
    近づくと、黒のナース服の様なものを着た女性二人が、それぞれ何か背の高い物を台車に乗せて、今すれ違おうとしている。
     よくよく見ると、この看護師達は、立ったまま拘束された捕虜を台車に乗せて運んでいるのだ。

    その捕虜の様子を見て僕はショックを受けた。
    光沢のあるピンク色のラテックスキャットスーツで全身を完全に覆われ、剥き出しの肉体と言えばその目だけが見えていた。
    SAIGON達が使っていたスーツではなく、何か禍々しい雰囲気がその身体から漂っていた。

    捕虜の顔面に噛まされた猿ぐつわは普通の物とは違ってハーネス状で、小さな南京錠によって頭に固定してある。
    口がある部分には小さな穴があり、おそらくそこから餌を与えられているのだと思えた。

   そしてその胸は大きく、乳首は自らを覆うラテックスキャットスーツに突き当たって硬くなっている。
 
   だとすると中身は女性なのか?
   いやこの世界では何でもありなのだと思い直した。

   僕の近くにいた立像は、SAIGON達が使っていたスプレー同様の、あるいはより強力な媚薬を盛られたかのように、台車で運ばれながらも、エクスタシーでうめき声を上げていた。
   そのペニスは、タイトなラテックスのキャットスーツを通して露出し、小さなピンクの貞操ケージに閉じ込められている。

    もう一人の捕虜は拘束の程度がましだったもののピンクと同じくペニスゲージを取り付けられている。
   小さな雄鶏がピクピクとピクピクと動き、お互いに近づくにつれてうめき声が大きくなるのが見えた。
    並んで通り過ぎるとき、彼らは目と目を合わせた。
   捕虜達はお互いの姿を見ながら快楽の中で思っただろう……「ここは一体何なんだろう?そしてこの自分の姿は」と。
   黒い衣服の看護師二人は笑顔で相手に話しかけ、挨拶をしながらカートを押し続けた。
   その様子は、この場での単なる日常の一齣のように見えた。

   暫くしてピンクのラテックスに包まれた捕虜を運ぶ看護師は、彼女が見知った顔を見て立ち止まった。
    彼女は微笑みながら「こんにちは、婦長様!、お待たせしなくてよかったと思います。」と丁寧に言った。
   袖なし服の肩にタトゥーの見える女性はうなずきながら、「いいえ、あなたは時間通りですよ」と答えただけだった。
   その声色からして看護師長とはとても思えない。
   彼女はドミナだった。

    彼女は乗馬用の鞭を持っていて、その先端を手のひらに叩きつけていた。
    そして彼女は、ピンク色に包まれたラテックス捕虜の瞳を真っ直ぐ見つめながら、重い口調で「なるほど、これが私に預けられたんですね」と暗く笑いながら言った。  
     捕虜は耳もラテックスで覆われていたため、彼女らが話している内容をほとんど聞くことができていないようだった。
   そして捕虜は目の前の女の視線を深く恐れていたため、できることは自分のうめき声を抑えることだけだった。


    誘拐され、夢にも思わなかった姿に変貌してから、永遠が続いているように思えたが、実際はここにいたのはわずか数日だったようだ。
    また、強力な媚薬を投与されたために自分がトランス状態にあるにも関わらず、捕虜の小さな雄鶏は目の前の女性を見つめながらペニスゲージの中で常にピクピクと動いていた。
    そしてその視線は、自分の欲望を満たすモノはないかと、目の前の女体を巡回し、その股間の周りをさまよっている。
    だが突然与えられたショックでうめき声を上げた。
   看護婦長の鞭が唸りを上げて振り下ろされたからである。

    そして僕の幽体離脱の時間はおしまいになった。

【 暗転 2 】

 二度目に気が付いたら、僕の周りには映画に出てくるような女性が沢山いた。
    人種は様々だ、でも共通しているのは皆、スタイルが良く美しいという事だった。
 数は少ないけれど多少は男性も混じっているようだ。
 彼らの服装は、見ている此方が頭が痛くなる程バラバラだった。
 でも僕らが普段日常で身に付けている質素な既製服を着ている人間は一人もいない。
 その点も彼らの共通点だった。
 まるで100本の映画の登場人物達を一度に見ているような感じだ。

 そんな人々が、口々に何かキーキーと奇妙な声で喚き立てている。
 彼らのその様子は、一人一人がとても綺麗な姿をしているくせにとても不気味だった。
 歩き方が映画で見たペンギンに似ている。
 股関節が旨く動かないんだろうと思った。

    、、、動かない。
  驚いた。
 動かないのは僕も同じだった。
    今度の目覚めは前よりずっとしっかりしているというのに。

 僕はこの奇妙な人間達のど真ん中で、エックス字形の十字架に、両足を開いた状態で、くくりつけられていたのだ。
 服は、ステーションにいた時のものではなくラテックススーツに変わっていた。

   勿論、自分で着替えた記憶はない。
   いや幽体離脱で体験した事がやはり事実だったのか?
   しかし磔に耐えているこのスーツは見かけより丈夫なのかも知れない。 
   それに全裸で貼り付けられているよりずっとましだった。
 不思議な事に、そんな事が判ると周囲を眺める余裕も出てきた。
 居直りと言うより、周囲を観察する以外に僕に出来ることがないと判ったからだ。

 ずいぶん大きな広間だった。
 僕の知っているドームは隣町にあるプラネタリウムだけだったが大きさを含めて随分様子が違う。

 第一、壁の質感からして、違った。どこかの高級ホテルのようだ。ところどころにある目隠し用のカーテンはビロード生地のようだ。

   僕は訓練用の基地に来た筈だ。
   ここではそんな贅沢な居住空間の使い方がゆるされるのだろうか?
 その広間のあちこちで美男美女達がぎこちない動作で、何かを確かめるように、ありとあらゆる体位でSEX行為をしていた。

 中には大がかりな拷問器具にしか見えないもので、パートナーを無理な姿勢に固定して、じっと眺めているだけのカップルもいた。
 どの人間も映画で見たことがある人たちばかりだった。
 これがWooの言った「逃げ出したくなる場所」なのだろうか、、。
    快楽はあっても苦痛は少なそうだった。
 だとするなら僕は違う世界に来たことになるのだが、、。
 でも僕はこの華麗な世界には、誤謬があるように思えて来た。
 僕の目の前にいる人々は、確かに美しかったが何処か不完全だったからだ。

 天井を見上げてみる。
 あれは確かシステーナ大聖堂のドームだ。
 勿論、実物を見た訳ではない、ずっと前に見たテレビの一場面で覚えていただけだ。
 そのドラマのあらすじも、俳優も覚えていないのに、それだけを覚えているのはその天井画があまりにも美しかったからだ。

 巨大なドーム型天井に、神々の群像と、神に選ばれその人差し指で指された一人の男の姿が描かれていた。
 ただ、ドラマにあった天井よりも、ここのホールのものの方が遙かに大きい。
 この絵がここにある事に、何かの意味があるのだろうか?
 僕がそう疑問を感じた時、その天井が急に「薄暗く」なった。
 「電圧が落ちた」ように感じられた。

 映画の中では大体「暗転する」と物語が急変するのだが、、。
 やはり僕が縛り付けられているホールにも変異が起こった。

 僕の正面の方角にいる人々のてんでバラバラな動きが、意味を形作り始めたのだ。
 この感じは、、。
 そうだドラマで例えるなら、「王様がやってくる」んだ。
 みんなは王様の為に道を開け、王様にひれ伏す。
 その王様が真っ直ぐ僕の所にやって来ようとしているのだ。
 王様の姿が見えた、知っている、あれはブリジッド・バルドーだ!
    20世紀のヨーロッパを代表するセックス・シンボルであったパリ出身の女優、ファッションモデル、歌手。
    同じ発音で「赤ん坊」を意味するフランス語 bébéとかけて「BB」が愛称だった。
    あの糞爺の趣味に付き合わされて無理矢理聞かされた蘊蓄の一部分…。

 その、王は何と、映画の中のブリジッド・バルドーそっくりの王様だった。いや女王なのか…?
 彼女の隣に王様の側近の部下であるマーロン・ブランドがいる。
 彼は映画で見たギリシャ神話の賢人みたいな格好をしていた。
 勿論映画なら、BBじゃなくマーロン・ブランドが王様だろうけど、目の前の二人は、威厳が全然違った。

 周囲の人々は、明らかにマーロン・ブランドではなくBBに怯えていた。
 BBがその存在感において圧倒的に勝っている。
 それに王様らしいケープを肩に掛けたBBの股間には真っ黒で立派な男根がそそり立っていた。
 臀部はタイツで覆われているから男根の根本は隠されている、だからそれは装飾品のような偽物なのかも知れない。
   要するに問題は男か女かではない。
  その圧倒的な威厳だった。

 マーロン・ブランドは、斥候の役目なのか、僕に近寄るなり、ラテックスマスクがぴったりと張り付いた僕の顔を弄り倒して観察し、次にガムスーツの胸の上から乳首をつまみ始めた。
 まるでそれらのやり方が、子どもが初めて見た亀なんかを弄るような感じで、あまりにも腹がたったから、僕はマーロン・ブランドに唾を吐き掛けてやった。

 彼は自分の顔に付いた唾を奇妙なものを見るように、指ですくいあげてから、目の前にかざして、何を思ったのかそれを口にもっていこうとした。

 その途端、BBが彼の手首を掴んだ。
 そしてマーロン・ブランドの手をスプーンのように、そこに付いた僕の唾を舐め上げた。
 僕の唾を味わった後、BBの顔がゆがんだ。
    もしかしたら笑ったのかも知れない。

 そしてBBは、目敏く、僕の唾がマーロン・ブランドの顔にまだ残っているのを見つけて彼に飛び掛かった。
 そうなんだ。
    まさに襲いかかったのだ。
    二人は床に倒れ込んだ。
 体力的にはマーロン・ブランドが勝る筈なのに、BBが圧倒的に優勢だった。
 そしてマーロン・ブランドの頬に付いた僕の唾を、せせり出すために、昆虫の口のようなものが、ブリジッド・バルドーの唇から飛び出しているのがちらりと見えた。


【 暗転 3 】


 頭の中が甘い痺れで混濁していた。
   三度目の昏睡と覚醒。
「刺された」という衝撃だけが意識の中でエコーのように鳴り響いている。
 それにそのエコーは随分長い間、僕の半覚醒夢の中に存在していたようで、それに対するうんざり感すら僕の中に「残滓」としてあった。

 もしかすると僕は「刺された」た後、随分長い間、眠っていたのかも知れない。
 「何に」刺されたかは覚えていない。
 「何処を」刺されたかも覚えていない。
 というより心が「それ」を思い出すことを拒否しているのだ。
 全身が熱かった。
 そして特に口の中に、違和感があった。
 でもそれは身体の変調のせいじゃなかった。

 僕は猿ぐつわを噛まされていたのだ。
 そう意識した途端、口腔の中に妙な味が広がって唾液が溢れるように出ているのが判った。
 徐々に意識が晴れてくる。

 僕の身体は、先ほどのドーム空間から、総壁面が鏡張りのような小部屋に場所を移動されていたようだ。
 まあ、鏡と言ってもそれほど綺麗なものじゃない。
 ガラスとは材質が違うのだろうか?
    全てが歪んだり、かすんだり、兎に角、表面が不潔に汚れている。
 全体としては緑青が吹き出たようなイメージの部屋で、間取りの柱などの凹凸が合わせ鏡の様に見える部分もあり、それが僕の中の混乱をさらに助長させていた。

 それに、この部屋にはもう一人、捕らわれ人がいるようだった。
 全裸の女性だった。
 でも僕が見ているのは、彼女の実体ではなく鏡像の方だという事は、彼女の細部が汚れの為にハッキリ確認出来ない事から直ぐに判った。
 その女性の両手首は高く持ち上げられ、天井から鎖で繋がれた金属のパイプに手枷のようなものでつなぎ止められている。

 鏡像は彼女の体側を映していたので、その平らで引き締まった感じの下腹部から彼女がまだ若い事が見て取れた。
 それに彼女は、口から飛び出た突起物を持つ猿ぐつわを填められているようだ。
 多分、僕も彼女と同じようにこの部屋に繋がれている筈だ。
 彼女の髪は長くて燃えるように赤い。

 僕は必死になって彼女の意識をこちらに向けさせようとした。
 同じ捕らわれ人なのだ。
    協力し合えば何とか、この戒めから逃れる道が開けるかも知れない。
 それに僕や彼女が繋がれている水平パイプと天井とのジョイントの鎖は二本しかなく、身体の回転は可能のように思えた。

 僕らは、互いの実像の位置を探り当てて、向かい合わせになる事が出来る!
 僕は口の中の硬質のゴムパイプみたいなものの存在を無視して、大きな声でモガモガと怒鳴った。
 意味なんて通じなくていい。僕が此処にいる事だけを知ってくれればいい。
 そんな気持ちが通じるのか、相手の女性も頭を振ってしきりと藻掻き始める。
 不謹慎だが、その姿はちょっとエロチックだった。

 だが、その瞬間、僕の意識の中に氷のような疑惑が忍び込んで来て、それはあっというまに膨れ上がった。
 僕は視線を自分の胸元に落とした。
 注意深く見ると、僕の鼻は見慣れたいつもの形より少し高くて上向きになっていた。

 そして口からは真っ黒な黒光りする太い生殖器が突き出ている。
 それはいい。
 それは一目で作り物だという事が判ったから、、。
 問題はその先に見える二つに隆起した僕の胸だった。
 それは完全な女性の乳房だった。
 そしてぼくの視野の片隅にいつもチラチラとある赤い影。
 深く肯いてみた。髪の毛がばさりと僕の顔に覆い被さる。
 赤毛だった。

 僕は、あの鏡に映った赤毛の女自身だったのである。
 僕は強烈な恐怖心に追い立てられ、両肩の関節が悲鳴を上げるのも構わず、自分の股間をビンボーダンスのように前に前に突き出した。
 両脚も思い切り広げた。そこには予想通り、僕のペニスはなかった、、。
    まさか性転換手術を施されたのか?
    いやどう考えてもそんなに時間が経っているとは思えない。
    それにペニスがなくなっているが切り取られたと云う感覚がない。それともそれは義肢感覚のようなものなのか?

「あらあら、恥ずかしい格好ね。」
 わざと鼻に掛けたような甘ったるい嗄れた声が突然、背後から聞こえた。
 僕は羞恥にかられて鎖をガチャガチャやりながら元の姿勢に急いで戻って、声の主の方に振り返った。
 そこには四つん這いになった従者を、まるで犬の散歩のごとく鎖で繋いで侍らしているブリジッド・バルドーがいた。 


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