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第1章
第04話 記憶の弔い師アンティゴネ
しおりを挟む「おお!アンティゴネ様が、わざわざお声をおかけになられた。なのにお前のその態度はなんだ!」
従者が怒ったように吠える。
その様子はまさに忠実な飼い犬だった。
僕はこの二人の姿を激しく見比べた。
アンティゴネはドームで初めて会った時と余り印象は変わらない。
ただ今度は、真紅のケープを開けてまとっていたので、その下の服の様子が良く判った。
まるで裸みたいに見える黒いゴム製の服や、太股まで覆い隠す革製のブーツ、指先だけ穴のあいたゴム製の長手袋からは真っ赤な爪が伸びている。
それに人を威嚇するように蠍の尻尾みたいな股間にそそり立つディルドー。
ただしもっと異様なのは従者の方だった。
今度の従者は、マーロン・ブランドじゃない。
犬みたいに四つん這いなので正確な所は判りずらかったが、従者はゴム製のメイド服を着ているようだ。
それに四つん這いといっても、手足4本で身体を支えているのではなく、腕の方は幅の広い革布で一本の棒状にギチギチに纏められていて、それで四脚に見える。
ドラマなんかでもメイドは時々出てくるけれど、そのユニホームには色々な形があるようだった。
この従者が着ているのは、小さいエプロンと短いスカートのタイプで肩口には膨らみがあった。
そして犬の首輪にしてはネックが高すぎる革製の首輪を填められていた。
中でも一番異様だったのは、その首輪の上にある顔だった。
僕は、それがダッチワイフと呼ばれる等身大の大人の為の玩具の顔であることを知っている。
「アンティゴネ様を崇拝せよ!」
従者が又、吠えた。
アンティゴネ?
思い出した。
Wooによるとアンティゴネは"記憶の弔い師"と呼ばれているらしい。
………、 Woo曰く。
「面白いのはアンティゴネと云う渾名の由来だよ。なにやらギリシャ神話から来てるらしい。神様に"弔い"の心を説いた女らしいぞ。でそいつは、人間の記憶の改竄と意識の変革を自由自在にやってのけるらしい。」
「それは超能力なのか?」
「阿呆か、お前は。そんな人間がいるわけがないだろう。深層催眠の高度な応用、俺はそう睨んでる。」
「そんな人間と僕に何の関係があるんだ。」
「お前は本当に何も知らされてないんだな…。お前が向こうで受けるのは、戦闘術の訓練だけじゃないんだよ。男や女を身体でたらし込んだり、嘘を吹き込んでその心を操ったりする方法を、その身で学ぶのさ。あそこに送り込まれた奴は、戦闘訓練で根を上げるのと、アンティゴネに心を弄られて壊れるのと半々らしいぜ。」
今僕は目の前にいるのがアンティゴネである事と、従者がダッチワイフに改変された人間である事を、確信した。
あのドームの出来事は幻影だったのだ。
やっぱり人の皮を被った巨大な昆虫などいる筈がない。
そしてこのダッチワイフの顔はアンティゴネに似ていた。
いや、似ているというよりも、アンティゴネからエロチックな部分を抽出し、誇張して作り直したのがその顔なんだろう。
キスの為だけに造られたような唇や鼻、男を誘惑する眼球とそれを覆う柔らかな瞼と長い睫。
それに従者の顔の真っ赤な唇は、いつでも男のアレを銜えられるようにOの形に開いたままになっているのだ。
「お前、新しい身体は気に入ったかい。」
アンティゴネが、、いやその声はアンティゴネではなく従者の方から響いて来た。
アンティゴネの唇は動いていない。
じゃ先の怒声は誰のものだ?
僕は混乱した。
声のくぐもり具合からして、その声は何かを被った人間が出す声色だったし、方向からみてアンティゴネではなく従者が喋っているのは間違いない。
でも、僕の直感は、今喋っているのは目の前のアンティゴネだと言っていた。
つまりスピーカーから声が流れて来たって、スピーカーが自分の意志で喋ってるわけじゃないのと同じだ。
第一、従者は今、縛り上げられまがまがしい黒い大蛇のように見える腕を不器用に使いながら、アンティゴネの感じもしないペニスを懸命に愛撫している。
スピーカーを内蔵してる自動人形?
その様子は、まるでコントを観ているようだった。
その時、「腹話術」という単語が僕の脳裏をかすめ、いつか見た腹話術師が人形を抱えている映画のワンシーンが思い出された。
でも、なぜアンティゴネがそんな込み入った事をする必要があるんだろう。
僕は初めて出逢ったドームでのアンティゴネの様子を思い出した。
あの時、人々は「キーキーと鳴いては」いたけれど、誰一人として喋っているものはいなかったではないか。
もしかしたら人々は喋れないのではないのか?と思った。
いや彼らには言葉自身が必要ないのかも知れない。
言葉が必要なくなった人間達…?
まさか深層意識を弄り倒されて廃棄物になった人間たちなのか?
判らない。
でも今、アンティゴネはこの従者を使って、僕のため従者という別の人格としての言葉で、僕に喋りかけているんだ。
だとすると、このダッチワイフの仮面の下には、言葉を話せる僕と同じ人間が封じ込められている事になる。
「おや、返事がないねぇ、、。ああ、そうだったね。お前達はその口で喋るんだった。搾乳器を口に突っ込まれてちゃ、返事のしようがない訳だ。」
搾乳器?僕の口に押し込まれているアレは搾乳器なのか?
僕は近づいてくるアンティゴネの顔をまともに見つめて観察した。
その口元はぴくりとも動いていない。
そして動いていないのは口だけでなく瞼もそうなのだと気づいた。
アンティゴネは瞬きしないのだ。眼球も動かない。
アンティゴネの顔は信じられないほど精密に出来た仮面だった。
その仮面が僕にもっと近づいて来た。
長くて綺麗にカールした睫、その下の煌めくような瞳、だがその裏側に隠されているものを僕は想像したくなかった。
Wooのこんな言葉を思い出す。
アンティゴネは両性具有者とされているが元は女性だったそうだ。その肉体の変化はアンティゴネの体験してきた熾烈な諜報戦の結果だとか、なんとか…。
いやそうじゃない。
…いや、やっぱり、こいつらは昆虫人間だ!
こんな人間がこの世にいるものか!?
昆虫人間の方が、間抜けていてまだましだ。
アンティゴネはそんな僕の隠された恐怖心を嗅ぎ取りながら、もどかしげにアンティゴネが搾乳機といった僕のペニス型の猿ぐつわを外しにかかる。
アンティゴネはペニス型の猿ぐつわを両手で握るとそれを捻った。
亀頭のある部分のほうがカバーの役目を果たしていたらしい、それが外れると中から透明な小型のタンクが現れる。
その中を満たしているのは、いうまでもなく僕の唾液だ。
アンティゴネがクルリと背を向けて、そのタンクを口元に持っていく。
僕は、ドームで意識を失う瞬間に見た、アンティゴネの口から飛び出した昆虫に特有のモノを思い出した。
再び振り返ったアンティゴネは、何事もなかったような顔をして、手に持った猿ぐつわと、空になったタンクを彼女の足下の従者に投げ捨てた。
従者は直ぐにそれを口で咥えて拾い、搾乳機を元の状態にするために跪いて座った。
その姿は、両腕がバインドされているので、まるで「お座り」を命令された犬のようだった。
僕はそのお陰で、従者の前面をもう少し詳しく観察する事が出来た。
性別は一目見たときから、臀部が大きかったので女性だと思っていたが、それは間違いないようだった。
身体にぴったりと張り付いたゴムのメイド服の胸の部分が、女性の大きな乳房と小さな乳首をくっきり浮かび上がらせている、が、それは作り物だ。多分、お尻もだ。
今度は、ダッチワイフの口元を観察して見てみた。
あんなに大きく口を開けているのだ。
仮面を被っている人間が、口を閉じていたなら、その人間の本物の口が見える筈だ。
だがそれは見えなかった。ダッチワイフの口の中は飴色の薄いゴム皮膜で遮断されていたのだ。
どおりで先ほどから聞こえる声がくぐもっているはずだ。
「お返事は?搾乳器を外してやったんだ、もう喋れるだろう?」
そのゴム皮膜が震えて声を出した。
僕に言ったのだ。
僕は、ハッとして目の前のアンティゴネに顔を戻した。
声には表情がないのに、アンティゴネの身体全体からは、ハッキリとした苛立ちを表す波動が伝わってきた。
「あっ。はい。」
「その服、気に入った?」
腹話術だろうが何だろうが、"言葉が通じる"という事は、少しは人の心を安心させる。
僕は最初、そんな風に感じた。
だがそれは大きな間違いだった。
アンティゴネの疑問の投げかけは、僕が今まで見たどんな映画の台詞より、どんなWooの皮肉な言い回しより、冷たく支配的だった。
やっぱりアンティゴネは昆虫人間ではない。、、
でも人でもない。
それは絶対に違う。
「え、いや。訳が分かりません。」
「それ、私の好きだった服なのよ。元型はパメラ・アンダーソンっていったかしら、それを作るのに程度の良いのを2体潰したわ。気に入らないの?お前用に仕立て直すのに手間をかけたのに。髪の色だって金髪を赤毛に植え直したのよ。お前の識別色のイメージは、どう見ても金色じゃないもの。金色は美味しくないのよ。」
・・・程度の良いのを、2体潰した!
その時、従者が顔を僕に向けた。
まるで話を合わせておけといわんばかりに。
なんだコイツ、何処かで会った事があるのか?
だがしかし、僕はその視線受け止めた途端、自分も「犬」の仲間入りをした気分になった。
「気に入ってます。ただこういうのは始めてだから吃驚しただけです。」
少なくとも僕は、アンティゴネの言葉を信じるなら、僕自身の身体を直接改造された訳ではなさそうだった。
「そう、、それならいい。私、今度はお前の下の濃いのが飲みたい。たっぷりとね。すぐに戻ってくる。こいつを置いていくから用意をしておくんだね。下のも味が良ければ、お前はもう少しいい目が出来るよ。適合するならもっと良い。せいぜい頑張ることだね。」
「適合?それに用意って何を…。」
アンティゴネは動かない瞳を真正面にむけて、僕に自分の命令の念押しをした。
アンティゴネの動かない瞳から突如、光の針の様なものが飛び出して来るのが見えた。
それはまっすぐ飛んで僕の角膜に突き刺さるかに思えた。
続いて、この場とはなんの脈絡もないのに、あの糞爺の狂った長講釈が思い出された。
いや、爺から言われた言葉の意味を思い出した訳ではない。ただあの時の爺のパラノイアぶりとか恐怖感をまざまざと思い出したのだ。
それが今、僕を揺さぶっている。記憶のフラッシュカードのようなものだ。
そしてカードがフラッシュするたびに、僕の周囲の光景が消えて行った。
「タマキィ、娯楽に実証など必要ない。この世界の成り立ちを考えれば、実に簡単に証明できるよ。神々は嫉妬深いのさ。儂らは限られた狭い範囲の中に閉じこめられて飼われている。だが儂らの知性や情緒は、そんな閉じられた環境の中では、直ぐに崩壊を起こす、あるいは、お前らみたいに精神的に退化しちまうんだ。そこで神々は儂らの真の美に対する経験不足を補う為と、時間つぶしの為にある一部の人間を使う事によって映画を作った。安上がりだろう?その資源たるこの世の理自体は過去において無尽蔵にあるんだから。むかし浪費した石油みたいなものだな。文化石油ってところか。でも神々が見て本当に美味しいと思えるものは、我々に見せたくないんだ。それを省いて見せたって、映画はそれこそ嫌と言うほどあるし面白いわけだしな。つまり我々の神々は欲張りで、けちくさい奴らなのさ。」
世界が三たび暗転する。
眼の前に、地面に倒れ込んだ僕を覗きおろしてきる、痩せた爺の顔が見えた。
もうBBに似たアンティゴネは何処にもいなかった。
……キーワードは"映画"だ。
アンティゴネの世界の表面を形作っているのは僕の記憶なんだ。
爺が覚えいる古臭い映画の数々は、半ば脅されて僕が見たものだ。
「つまらんやつだ。スターシップ・トゥルーパーズ辺りが今のお前の脳味噌にお似合いだな。調べて今度の集中稽古までに見ておけ。」
これを言われた頃には、僕の腕前も相当上がっていたから、単に稽古中の痛みの脅しだけで、あの爺のつまらない命令に従う必要はなかったのだが、実はこの時の僕は、もう一つの秘密をこの爺に握られていた。
「タマキ、お前、儂から逃げられると思うなよ。儂に逆らったら、あのお友達の事、お前の大事にしてる父さん母さんにばらすぞ。あんな良い両親を今更悩ませるのか?」
糞爺!親父はお前の息子だろうが!!
我が子を利用するのか?
なんでそこまでしてを俺を強くする事に執着するんだ。
わざわざ、昔見捨てた家に戻って来てまで、何故お前のクソみたいな殺人技を血の繋がった僕に継承しようとするんだ?
そんなものが、何の役に立つ!?
お前の自己満足だろうが!
僕は文字通り"怒りの海"に沈んでいた。
僕はそこから浮かび上がる事を切望した。
せっかくメガマウスランドにやって来たんだ。
"新しい事"が始まっても良い筈だった。
『用意をするんだよ。』
アンティゴネの声が遠くで聴こえたような気がした。
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