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第2章 カブ、異郷大平原を行く

第6話 巨大岩山の麓で

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【 11: 虹蛇と月男 】

「すごいなここ、オーストラリアのエヤーズロックみたい。」
 大草原にポツンと現れた、その巨大すぎる岩山を見て花紅が言った。
 柳緑がヘルメットのバイザーを下ろして、その規模を確認すると、地上からおおよそ335m、ぐるっと回って9.4km程のケーキに似た形状が確認できた。

「みたいってお前、本物を見たことがあるのか?俺はないぞ。それにコラプスの後なんだ、あれが本物だっておかしくはない。、、よし、今夜はあの麓でテントを張ろう。岩山が絶好の遮蔽物になる。場所を選べば身を隠せるし安全性も高まるだろう。」
「やったね。やっとゆっくり眠れる。」

 柳緑達の前に現れた巨大岩山を形成する砂岩は、鉄分を多く含んでいるようで、その外観は鉄分が酸化した赤色を呈していた。

 そして今、急速に沈んでいく太陽の当たり方や、カブとの距離関係で巨大岩山の岩肌は同じ赤色でも微妙な変化を見せ続けていた。
 彼らが、巨大岩山の麓まで辿り着いた頃には、その赤色はより鮮やかになっている。
 「凄いなー!」
 花紅はテント設営を手伝いもせず、地層が表れ、地表からほぼ垂直に無数の縦じまを形成している巨大岩山の岩壁を見上げている。

「りゅうりー、よく見ると、岩肌にいろんな穴が空いてるよ!」
「本家のエヤーズロックならノッチって呼ばれてるやつだろ。そこに精霊が宿ってるって話だ。本家ならな。」
 柳緑は一旦岩陰に駐めたカブの停車位置が気になるのか、何度もその位置を微調整しながら花紅に応えてやる。

 テントを設営するのには、外敵の事を考えなくてはいけないから、位置決めなど、それなりに手間がかかる。
 もっとも実体のない花紅は、何一つとして掴むことも持ち上げることも出来ないのだから、柳緑は花紅の役立たず振りを何も気にしていない。
 それにテント設営の具体的な活動だけに限って言えば、野営用のテントは収納袋からそれを取り出して地面に置いてやるだけで、大まかな形は自動的に形成される。
 設営場所を決めた柳緑のやる事と言えば、そのテントを固定する為のペグを打ち込む事ぐらいなのだ。

「いつまで見てるんだ。メシにするぞ。」
 柳緑は先ほど張ったテントの前に、椅子と簡易コンロを設置した。
 この簡易コンロは、ファイアービーンズを燃料に使うことが出来る。
 もちろん市販品ではない。
 どこかの手先の器用な人間が作ったのものを柳緑が物々交換で手に入れたのだ。

 食事は豆の缶詰と干し肉、コーヒーそれだけだ。
 花紅と柳緑は、簡易コンロを囲むようにして椅子に座り込んだ。
 ただし花紅の座っている椅子は、柳緑の座っている椅子のデータを元にしたホロで実体はない。
 同じく、花紅が口にしているカップや缶詰もホロにしか過ぎない。
 それでもホロとして投影するための実体データが手元にある時、柳緑は必ずこの儀式を行う。
 花紅と一緒にメシを食いたいからだ。

「また、豆~っ。一度、あの親父さんの煮売り屋で、あんなのを食べた後じゃ、うんざりするね。」
「だったら、あの狐に騙されたベチョタレ雑炊の味でも思いだしとけ。こっちの方が、まだましだろ。」
「うげ~っ」
 それから二人は黙々と、煮豆をスプーンで缶詰から穿り出し、干し肉を噛み千切りモグモグし、熱いだけのコーヒーを啜った。

 食事と後片付けを終えた柳緑は、しばらく夜空を見上げていた。
 吃驚するほど、星の数が多い。
 コラプスが起こった後でも、星座の位置は変わっていない。
 つまりこの天変地異は、地球という星の地表上のみに起こったといういう事だった。

「かこう、本物のエアーズロックの地下に眠ってる精霊の親玉の話を知ってるかい?」
 もちろん柳緑が知っている事なら、花紅も知っているのだが、花紅はそんな無粋な反応はしない。
 柳緑の隣にいる花紅が、首を横に振った。

「エアーズロックの真下のはるか地下で、数百メートルもある体を横たえている蛇の話だ。この話は昔、アイツとキャンプをした時に教えて貰った。、、もちろん蛇と言っても、怪物みたいな蛇じゃない。あの化け物狐とは全然違う、もっと精神的なというか、超常的な存在だ。虹蛇と呼ばれているらしい。中でもエアーズロックのには名前があって、ワムナビっていうんだそうだ。同じ虹蛇の中でも格上で相当力が強かったらしいな。」

「ふーんさぞかし、人々に崇め立てられていたんだろうね。日本昔話なら龍神様だ。」

「崇める…な……所がそうでもなかったらしいぞ。ワムナビは、他の虹蛇達が"目覚めの世界"、つまり俺達人間が日常生活を送る普通の世界の事だが、それを作った事を快く思ってなかったんだ。ワムナビにとっては、精霊だけが暮らす夢の世界で充分だったって事さ。精霊と高い親和性を持った人間だって、自分たちが所属してる"目覚めの世界"を頭から完全否定されたら、困るだろう?崇めはするが、絶対支持ってわけにはいかん。」

「ふーん。色々あるんだね。」

「でも精霊は精霊だ。人間が自分の存在をわきまえていれば、精霊の存在の偉大さは判る。ワムナビは否定されるものじゃない。第一、この話の世界観で言えば、"夢の世界"と"目覚めの世界"、どちらが上位にあるかって言うと、諸元からあった"夢の世界"の方なんだからな。」

「、、、そうか、"夢の世界"って言い回しで、勘違いしちゃうんだね。ほんとはこの精霊の話って、もっと世界の存在に関わる大きな話なんだ。いかにも彼が、キャンプの夜に りゅうりに話しそうな内容だ。」
    二人は、"アイツ"の事も"彼"の事も具体的な名前で呼び表したりはしない。それはアイツも彼も、二人にとって共通の大切な人物だからだ。

「大きいと言えば、こんな話もあるな。虹蛇は、精霊たちの中でも特に月の精霊、月男と仲がいいと伝えられているんだ。月の明るい夜に、虹蛇の棲む所に月男が訪れることがあるそうだ。虹蛇は、睡蓮の根と貝で月男をもてなし、二人きりで世界の秘密について話し合う。月男は天から見える全てを、虹蛇は大地で起こった全てを話し、これから世界をどうするかについて相談するんだ。この2人の会話は、世界の根幹に関わるもので、生物は聞く事を許されていないらしい。もしこの会話を聞いてしまったら、呪いを受けて石の像にされてしまうんだとさ。」

「その月男とつき合ってたのが、虹蛇のワムナビ?」

「さあな、虹蛇には色々いるらしいぞ。この世界を造ったとされるウングトとかいう名のやつや、始祖蛇エインガナとかな。まあ俺の感覚じゃ、ワムナビは月男とはつき合ったりしないと思うぜ。」
「りゅうり の話聞いてると、虹蛇の性別って、女性みたいに聞こえるけど?、、あっ虹か、、、。…ゴメン…りゅうり。」
 柳緑はその花紅の言葉には答えず、目を瞑ってしばらく沈黙した。
    二人にとって"虹"の単語は特別な意味があるようだった。


「もう寝るのかい? りゅうり。」
「ああ、色んな事が立て続けに起こったからな。さすがに疲れた。」

「今夜もプロテクを着たまま寝るの?」
「どうした、何故聞く?いつもの事じゃないか?」

「いや、たまにはプロテクを脱いで、ゆっくり寝たいんじゃないかって思ってさ。」
 プロテクの内側、つまり柳緑の素肌に触れる部分では、スキンケア用のナノロボット達が必要に応じて稼働し、柳緑の汗や新陳代謝による老廃物などを処理しながら循環っている。
 つまり清潔さという価値観で見れば、プロテクを常時着用している方が良いのだが、”寛ぐ”と言う意味では、話は又違ってくる。

「何を今更、街を出たときに覚悟した事だろ。それにプロテクを外すと、目の前からお前がいなくなる。」
「、、、、。」
 花紅の顔が近くに置いてあったファイヤービーンズランプに赤らんだように見えた。

「何を照れてやがる。その代わり、今夜はお前に頼みがある。」
「僕に頼み?」
「そうだ。今夜、お前はテントの外で寝ずの番だ。」
「えーっ!」
「俺がぐっすり眠ればお前も寝た事になる。何が不服だ?一時だけ、お前の中から俺が抜けて、俺の治療プログラムとプロテク補正システムのハイブリッドというお前本来の姿に戻るだけだろ?監視はプロテクの機能に任せればいんだから、お前に負荷はかからない。いざという時に、俺に知らせてくれればいいんだ。判ったな、かこう。」
 そういうと柳緑はさっさとテントの中に潜り込んでしまった。
 しばらく花紅は、恨みがましい表情を浮かべていたが、その表情も、やがて柳緑が深い眠りに落ちると、人形のような平坦なものに変わっていった。



 朝が来た。
 巨大な岩山の岩肌は、夕陽の時そうだったように朝陽に輝いてその赤みを増していた。

「ふぁー、よく寝た。朝めし食ったら、十石のエンジンとバッテリーの付け替えをする。それから出発だ。」
 テントの中から這い出してきた柳緑が花紅に言った。
 花紅の顔には生気が戻っている。
 もちろん柳緑がよく眠ったからだ。

「えー、こんな所でやるの?危なくない?」
「そりゃ俺だって、どこか安全な場所で落ち着いてやりたいさ。けどこの世界に、そんな場所が何処にある?一晩、無事に眠れたんだ。ここが最善なんだろうさ。もしかして、ここの精霊のご加護があったのかもな。、、何かが起こったら、起こった時の事だ。いつもの事だろ?さあメシだ!」

「メシって、今日は何?」
「乾パンと昨日の残りのコーヒー」
「うげー」
「乾パンをコーヒーに浸して食うと結構いけるぜ、」
「砂糖は?」
「そんなものあるか、、ほしけりゃ、頭の中で味を想像しろ。お前、そうゆーの得意だろ。」


 カブへのエンジンの付け替えとバッテリー装着は40分もかからず完成した。
 プロテク内蔵の万能マニピュレーターのお陰もあるが、何より、柳緑の工作技術力が高い事が、その理由だ。
 柳緑はこの技術を、ジョン・カイルング・クリアというプロテク工房マスターから仕込まれている。

「さあ乗れ、行くぞ。」
 テントを撤収しカブのサイドカーに収納した柳緑が言った。

「以前のエンジンと、バッテリーはどうするの?まだ使えるよ。」
「このまま、ここに置いていく。持って移動したって、大した取引になる代物じゃない。それより、それで浮いたスペースに新しい獲物を積んだ方がいい。」
 アクセルを開けると、カブは前の状態より数倍上の加速で前進し始めた。
 カブの穏やかで、やや間抜けな擬装音と、そのスピードがまったく合っていない。

「くそ、いいのに乗ってやがったんだな。奴らどこでこんなの奪ってきやがったんだ。」
「奪ってきたとは限らないだろ?りゅうり だって、このカブを旅の餞別代わりに友達から貰ったんじゃないか。」
 柳緑は髭面男の首に掛かっていたロケットの写真を一瞬思い出した。

「、、、昔はどうだったか知らないが、俺はコイツらに襲われた。やりかえしていなければ、やられてた。それが全てだよ。」
 新しいエンジンを得た柳緑のカブは素晴らしいスピードで巨大な岩山から遠ざかって行く。

 柳緑は前を向き、花紅はいつまでもサイドカーのフロントに逆向きに座り込み、名残惜しげにエヤーズロックに似た不思議な岩山を眺めていた。



【 12: 幻野のポストマン 】

 柳緑がその男と出逢ったのは、巨大岩山を出て3日後の昼過ぎだった。
 プロテクのアナライザーは早い時点で、男の乗る巨大3輪バギーの後方に備え付けてある機関砲についての警告を柳緑に送っていた。
 ただ一方でアナライザーは、「闘気」などの肉体の特徴については男の身体から検知しなかったし、なによりもバギーのチョッパーハンドルに取り付けてある金属ポールに、はためいているのは白旗だった。

 したがって、柳緑は自分の進行方向に、右手側から物凄い勢いで突っ込んで来るこの巨大3輪バギーに対して迂回行動を取るのを躊躇っていた。
 というよりも、「なぜ俺が避けないといけないのか」という、ちょっとした意地が働いたのである。

 サイドカーの座席には、弾が一発残った対物ライフルが突っ込んである。
 先の闘いで、ライフルは完全に柳緑のプロテクとシンクロしているから、次の使用では残弾が一発でも充分だった。
 3輪バギーがいくら大きくても、一回の射撃で大穴を開けられる。
 それに射程距離は、機関砲にくらべてこちらの方が遙かに長い。
 つまり対物ライフルの射程距離から相手の機関砲の射程を引いた差が、柳緑にとっての安全距離と言えた。

「ちっ、イライラするな。白旗上げてるくせにチキンレースのつもりかよ!一向にスピードを落とす気配がない。一体、何のつもりだ!?」
 柳緑はカブを平原のど真ん中に駐めて、サイドカーから対物ライフルを抜き出し、それを肩付けで構えた。

「まさか、それで撃ったりしないよね?」
 柳緑の横で花紅が怯えたように言った。

「相手次第だろ、、。けど、なんで減速しないんだ?こっちに狙われてるのは、もう見えてる筈だ。馬鹿なのか?」
「逆に敵意がないからじゃない?ほら、あの機関砲、銃口が上向いたままだよ。あれって銃座が回転式になってて、それを動かすモーターまでついてるよ。たぶん、やろうと思ったら運転したままでもリモートで機関砲が使えるやつだ。」
 花紅はプロテクのアナライザーと繋がっているから、その程度の分析は簡単にやってのける。

「それか、いきなり、ズドドドだな。かこう君、プロテクの闘気アナライズは、あまり信用するなよ。中にはニコニコ笑いながら、平気で人を殺すやつだっている。」
 柳緑はライフルの銃口を下げずに言った。

 しかし、その『いきなり、ズドドド』は、いくら経っても始まらず、そして柳緑の構えるライフルの射程にとうに入り込んでも、この男の運転する巨大三輪バギーは減速することなく突っ込んできて、柳緑達のカブの前で急停止したのだ。
 柳緑は、呆気に取られる形で、この男の接近を許したのである。


「よう!旅の人!」
 三輪バギーが停止する時に起こした土煙の中で、シートにふんぞり返って今までバギーの運転をしていた男が片手を上げた。
 見れば、目の回りを覆っている飛行眼鏡以外は、土や埃などで相当汚れた顔をしている。
 頭頂が禿げ上がっている代わりに伸ばしているといった感じの側頭部の髪や口髭や顎髭は、元は白かったのだろうが今は灰色だ。

 男は飛行眼鏡を額に上げながらバギーを降りて、柳緑達に近づいてきた。
 ユニバーサルフォース言語ブリッジが働く「ゲ」の字の気配もなかった。
 完全な同郷の人間のようだ。
 そうとう腹も出ていて、肥満体といって良かったが、その動きは意外に機敏だった。
 柳緑は対物ライフルを、しぶしぶ肩から外した。

「なんだよ、おっさん!そこで止まれ!おしかけて来たのはそっちだろ?馴れ馴れしく、こっちに来る前に、そこで名を名乗れ。そこで用件を言え!」
「やれやれ、忙しいお人だな。儂はポストマン3号だ。用件は、、まあ営業活動ってところかな。儂らはこうやって事業を拡張するんだ。」

「ポストマン3号?俺は名前を聞いているんだ。」
「だからポストマン3号だよ。姓はポストマン、名は3号。コラプスの世の中、元の人の名を名乗ってなんの意味があるんだ?」
 男はそう楽しそうに言った。

「3号って事は、1号も2号もいるんだよね?」
 花紅がいつものように二人の会話に割り込んでくる。

「ああ、いるな。今の所、十五号までいる。儂らは、その十五人で郵便業務をやってる。」
「この幻野でか?この幻野で、手紙とかを届けて回っているのか?」
 柳緑が呆れたように言った。
『多元宇宙の並行世界だぞ、それを宛名に従って移動出来る筈がないだろ』と、口まで出かかっている。

「ああ、そうだ。手紙が主だが、時々は小包程度のものなら、それも請け負う事がある。今もある手紙を届けてる最中だ。」
「あちこち、動き回っているんだな?地図は?まさか、『マルチバースコラプス(破綻)マップ』を使ってるんじゃないだろうな?」
「まさかまさか、あんなポンコツを使うわけがないだろう。いや儂も、始めて一人で放浪をし始めた時は、あれにご厄介になったから、そう足蹴には出来ないがね。」

「ふーん、だったら、どうやって郵便ネットワークみたいなのを作ったの?あるんでしょ、そういうの?」
    花紅が云う。
「こちらの人は?旅の人。あんたの弟さんかね?あんたと違って、随分、頭が良さそうだ。」
 ポストマン3号と名乗った男は、花紅の可愛らしい姿に相好を崩して言った。

「、、てめ!」
 そう言いながら柳緑は、自分の指が、ずっと下に銃口を下げた対物ライフルの引き金にかかっている事に気づいた。
 柳緑はそれを相手に気取られぬように、そっと指を離した。
     挑発にのってどうする、『短気は損気』、柳緑も少しは成長していた。


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