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第一章
14ピレーネの夕べ 後編
しおりを挟むピレーネの夕べは大成功だった。
殆どのお客様はもう帰ったけど、コモン様、ザイード様、レンブラント様、ヒューイット様が残ってる。この方たちは宿泊するそうだ。
談話室にお酒が何種類か運ばれちょっとしたおつまみも出された。
皆さんさっきのピレーネの話で盛り上がってる。
「凄かったです、情感豊かで切なく美しい調べ…素敵すぎる! アリア様、あなたご自身も美しい……! 私はあなたのファンになりました!」
と、スツールに座っていた私の両手をザイード様が包み込むように両手で握った。私が困惑しているとレイジェス様がひょいっと私を抱き上げて長椅子に座り私を膝に乗っけた。
そしてぎゅうっと抱きしめて頬ずりをする。
「君みたいなオッサンにうちの子はやらんぞ。3人もいる婚約者候補からさっさと選べ」
とレイジェス様はご機嫌ななめだ。
「3人も候補がいるんですか?」
と驚く私。
「ザイードは同盟国であるギレス帝国の貴族なのだ。プリストン王国の学園に留学したまま居ついてしまって今ここにいるが、実家は公爵家だからな。婚約者を選ぶのは慎重にならないといかんのだ」
「その3人と会ったことはあるんですか?」
「いや、ありません。今はあなたのことで頭が一杯です、アリア様……」
唯一の女性であるヒューイット様が顔を顰める。
「ザイード? あなた大丈夫? アリア様はまずいでしょ。ほぼレイジェス様の物みたいな方なんだから」
うぇ!? いつ、そんなことに。
「アリアちゃん、俺も君の事が好きになっちゃった…。何この胸のときめき」
はぁっ?
レイジェス様がこめかみを押さえたあと呪文を唱えた。
「ルーム! ミドルキュア」
談話室が淡い緑の光に満たされてしゅわしゅわと泡になって消えていく。
「さぁ、酒でも飲むか」
とレイジェス様が笑った。
私は普段思ってたことで疑問を聞く。
「殿方は結婚適齢期とかないのですか? 行き遅れとか。リリーが言っていたんですけど、自分は15歳で成人だけど相手がいなくて行き遅れてるって。でも、レイジェス様もザイード様も結構お歳召されてますから。不思議に思ったのです」
「男に関してはうるさくないよなぁ~? 長男だったら子供の頃から婚約させられる家もあるだろうけど。俺の家も緩いよ? 一応伯爵家で俺、長男だけど婚約者いないし」
「では、女性に対してだけなんですね?」
「そうだね」
「あ、そういえば…」
とヒューイット様が険しい顔をする。
「レイジェス様、わたくし先日レンブラント様と舞踏会に出かけたんですが、その時変な話を聞いてしまって…」
「ん? なんだ?」
「エメラダ様がレイジェス様と寄りを戻したと吹聴してるようなんです。寄りなんて戻してないですよね?」
「エメラダ? 記憶にないな。誰だそれは?」
ヒューイット様がこめかみを押さえる。
「レイジェス様の元婚約者様ですが?」
「あれにはもう何年も会って無いぞ? 会ったのも婚約期間中に1度だけだし、化粧と香水の匂いで具合が悪くなってすぐ席を立った」
私がほんとに? って顔で覗き込むと頬ずりしてきた。ごまかしてない?
「それでは婚約者と言うよりも見知らぬ人ですね」
「であろう? 私が名前を言われて覚えてないのも無理はない」
レンブラント様が難しい顔をしてる。
「私と寄りを戻したと吹聴などして何か特なことがあるのか? 謎だな」
とレイジェスが言うとレンブラント様が一層険しい顔で話し始めた。
「それが、師長様と寄りを戻したことで婚約者になったと色々な者に吹聴するだけではなく金品も巻き上げているようなのです」
ヒューイットも続けて言う。
「結婚すれば公爵夫人ですから、そうしたら返すと、かなりの額を低位な貴族達から巻き上げているようで」
「ん? 彼女も公爵家の人間だろう? 何故そんな犯罪者紛いなことを。金ならあるだろう」
「レイジェス、君が婚約を破棄したことで彼女は傷物になったのさ。だから他に嫁げなくなって公爵家でもお荷物で財産も与えられずに僻地の領地に追いやられたと聞いてたけど、王都に戻ってきたんだね。金がなくてやってるのかもね? かなりの浪費家だし」
とコモン様が言う。
「そのまま結婚すればよかったのに?」
と私が言うと頭をこづかれた。
「まぁ、レイジェスが嫌うのもわかるよ? 俺も嫌いだもん、あの女。自分が公爵家令嬢だってのを鼻にかけて人を操ろうとするし、派手だし。浪費家で男好きで有名な女さ。傷物になっても貰い手がいる子もいるが、エメラダじゃ無理だろう。体が目当ての男くらいにしか相手にされないだろ」
とコモン様が言う。そんなに酷い人が婚約者だったんだと衝撃の事実。
レンブラント様が険しい顔で続けて言う。
「あの年齢でまだお一人ですから。婚約を破棄したレイジェス様のことをさぞ恨んでると存じます。身辺には気をつけた方がよろしいかと」
「ふむ。わかった。私は社交界など行かぬからな。情報感謝する」
「えっ…レイジェス様は社交界行かないんですか?わたくし一回行ってみたいなって思ったのに…」
「では私が連れて行きましょう! アリア様!」
とザイード様が胸を叩く。
「舞踏会は嫌だが、晩餐会なら行ってもいいぞ。だから私と一緒に行きなさい」
とコツンとおでこを合わされる。
「でも、8歳で行っても良いのですか? 天界では社交界デビューは16歳からなのですが?」
地球の某外国のことを言おうとしたら言の葉制限が作動したので天界と言い換えた。
「へぇ~天界にも社交界があるんだね? 16歳なんだ。面白っ!」
とコモン様が喜ぶ。
「プリストン王国では特に年齢は決まって無いな。行くときに、例えば私なら公爵家2名というような感じで招待状に返事を出すので、中には愛妾を連れて行く者もいる」
「よほどヘタしなきゃ大丈夫だよ! アリアちゃんなら全然平気!」
「レイジェス様が行くなら私も行きます!」
とザイード様が。
「ザイードが行くなら俺だっていくぅぅ!」
私は思わずくすくす笑った。
「根は悪いやつらじゃないんだ」
とレイジェス様が耳元に小声で囁いた。吐息が当たってくすぐったい。
「そういえば、さっきのピレーネの事で聞きたいんだけど」
「なんだ? コモン」
「すっごい幻想的で綺麗で呆然としたんだけど、あの花って何?」
「あれは、たぶん祝福の花だと思う。神話にあるだろ?」
「どの神話?」
「音楽の女神マティオン」
「あれかっ!」
コモン様の目がきらきらしてる。
「神話現象をこの目で見られるなんて! 感激だ!」
「あれって神話現象だったのですね…」
とヒューイット様が呆れてる。
「どうりで、とても美しくて幻想的な光景でした。私はあの夕べを決して忘れないでしょう…ああ、アリア様、私の女神!」
「ザイールだけミドルキュア!!」
とレイジェス様がザイール様にミドルキュアを掛けた。
レンブラント様が訝しげにレイジェス様を見て言った。
「先程から何回もミドルキュアを掛けてますが…何か問題でも?」
「ああ、これといると魅了にかかる」
と私の頭をぽんぽんする。
「はっ?」
皆が私を一斉に見る。
「レンブラント、君は大丈夫なようだな」
「はい。特に何も感じませんが」
「私が考察するに君はヒューイットのことを愛しているからな。だから掛からないのではないかと思う。ヒューイットも同性だから問題ないだろう。問題はこの二人だな。コモンとザイール。ザイールは今しがた解除したから大丈夫かと思うがコモンは自分のステータス欄を確認してみろ」
「何これ! 俺魅了されてる! 面白っ!!」
「これのは普通の魅了とは違う。特殊スキルなるものがあり、そこに無自覚の魅了と書いてあった。たぶん、自分でも止められない自動スキルだ。勝手に発動している」
「えっ! アリアちゃん、そんなのもあるの? すごいすごい! 俺の所にお嫁に来て!!」
レイジェス様が軽くコモン様をこづく。
「コモンにミドルキュア!!」
「あ~!俺の気持ちがしぼむぅぅぅ!!」
ヒューイット様が笑う。
「何やってんだか…!!」
私もつられて大笑いした。
時間がたつにつれみんなお酒が入って酔っていく。
「でも、この魅了にかかちゃうとアリアちゃん、モテモテになっちゃって大変だね!」
「大変所ではない。かかる相手によっては死に至る」
「え? どゆこと?」
「私もアリアの魅了のことはよくわからないのだが…今まで見てきた感じでは、レンブラントのように他に愛する者がいてかからない者。私やコモン、ザイードみたいにかかるが害の無い者の他に…かかると悪しき心になる者がいる。アリアが言うには悪しき者に変わると目の色が違うらしい」
レイジェス様が私の頭を撫でる。
「前回それで非常に危険な目にあった。そして、覚えてるか? 先程アリアに何かあったらアズライル様がこの地を滅ぼすと言ったことを」
「アリアちゃんを守らなきゃじゃん!!」
「そういうことだ」
「こういった件は王に相談しなければいけないのでは? 彼女を守らなければ国も大陸も全て無くなる……」
そこに居た誰もが深刻な顔になった。
「レンブラントの言うとおりだ。私もそう思い先日謁見して報告したが、アリアを連れて来いと言われた。神などいるわけないと言っているヤツにな」
「俺、それ聞いて最悪な展開しか想像できないよ! 俺も一緒に行く! アリアちゃんを守る!」
「私も嫌な予感しかしない。だが、連れて来いと言われては連れてゆかぬわけにも行くまいし頭の痛いところだ」
レイジェス様に抱っこされながらも話を聞いていた私は不穏な雰囲気に慄いた。
私を抱っこしてるレイジェス様がそれに気付いてぎゅっとする。
ザイード様がお酒をグラスに一杯注いでがぶがぶっと飲み干した。
「私は本当に魅了にかかっているからこんなにアリア様を愛しいと思うのでしょうか!?」
「ザイード? 魅了にかかってないで8歳児に愛してるとか言ったら君は幼女趣味だと世間から罵られるんだぞ? わかって言ってんのかな~? まぁ、俺は誰に罵られようとアリアちゃんが可愛ければいいけどね! 俺と結婚しよ? 俺まだ25歳だし! ザイードよりは若いよっ!」
「もう、お酒に酔ってるんだか、魅了にかかってるんだか分からなくなってきたわ?」
「騒がしすぎるんだ君達は。レイジェス様ささ、一杯どうぞ」
レイジェス様がグラスを出すとレンブラント様がとぷとぷとお酒を注いだ。
レイジェス様がお酒を飲むと喉元でごくりと音がした
「美味しいのですか? どんな味ですか?」
興味津々でレイジェス様を見てると「やらんぞ」と言われた。
「ちょっとだけ、ね?」
と顔を覗き込むと口付けされた。唇を割ってレイジェス様の舌先がするっと入ってくるとお酒の香りがふわっと広がった。ワインのような芳醇な香りと味。
レイジェス様が右手で空に呪文を書くといつものしゅわしゅわが押し寄せた。
でも、傍から見るとただのキスにしか見えない。
「ぎゃーーーーーー私のアリア様がああああああ!」とか
「レイジェス決闘だ! アリアちゃんのキスを奪うとは許せん!」とか
「レイジェス様……溺愛されてますね? わたくし、萌えを感じますわ!」とか
「師長様のイメージがああああああああああ!」とか
後ろから絶叫が聞こえた。
みんなの前でしちゃったのでもういいやって思ったのかレイジェス様は飲みかけのお酒をぐいっと空けてから
「私はこれともう寝るから君達ももう寝なさい。部屋はゼフィエルが用意している、それじゃあな」
と私を抱きかかえて部屋に向かった。
談話室ではまだドア越しに絶叫が聞こえていた。
部屋に入ってからアクアウォッシュをしてもらって、着替をどうしよって思ったらエンパイアドレスをさくっと脱がされた。
レイジェス様の寝巻きに着替えさせられて、私が上の下着を着てなかったのにびっくりして、下のショーツを見たときもぎょっとしてた。
私を着替えさせたあと自分もアクアウォッシュしてミドルキュアをかけてから一緒にお布団に入った。
「君のショーツは随分煽情的だな」
「紐で結ぶので締め付けなくて楽なんですよ」
と笑ってみる。
「面白い方達ですね」
「ああ、そうだな」
「私が君を大切な人だと言ったとき、君は起きていたのだろう?」
「……聞いてちゃ……いけなかったですか?」
「いや、君に聞いて欲しくて言った…」
「……はっ! やっぱり……レイジェス様は…」
「? 私がなんだ?」
「幼い女の子がお好きな人なのですか?」
「君は私のことを誤解しているようだが?」
とレイジェス様はイラっとして言う。
「誤解なのでしょうか? だって、わたくし色々されましたよ? レイジェス様に」
レイジェス様は自分を振り返って固まる。色々思い当たったっぽい。
「嫌だったら抵抗すればいいだろう!!」
と怒鳴られた。
私も負けずに言い返す。
「嫌じゃないから困ってるんです!!」
「……嫌じゃないのか?」
「嫌だったら抵抗しますってば。今ご自分でおっしゃってたじゃないですか」
レイジェス様は固まっていた。
「私は君を大切に思っている、君は色々されても私のことが嫌じゃない。合ってるか?」
「はい」
「じゃあ、問題ないな」
「……はい」
大人になった私も大切に思ってくださいますか? と言いそうになってやめた。
わからないって言われたら泣きそうだし。一緒にいられるだけでいいでしょ?
と何度も自分に言い聞かせる。
そしてまたしゅわしゅわのキスをされ、今日は首筋も舐められた。
首筋もしゅわしゅわした。このしゅわしゅわはどうやってやってるんだろう?
ぎゅっと抱きしめられていつもの通り眠りに付いた。
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