4 / 37
3・偶然か
しおりを挟む「ごちそうさまでした」
手を合わせた後、厨房に空になった食器が乗ったお盆を下げる。
「今日も美味しかったです」
厨房に立っている智子さんは、お盆を受け取ると、「もぅ」って言って笑う。
「時子ちゃん、そんな急がなくて良いのに。ゆっくり、お茶でも飲んでて」
「はい」
こう言われるのも、いつものことだ。
スティックやティーバッグのお茶が置かれたバスケットから、いつも飲んでいる紅茶のティーバッグを一つ取り出し、置かせてもらっているマグカップに入れ、ケトルで沸かしたお湯も入れる。
「時子ちゃん、今日はうちでお風呂入ってく?」
智子さんが、厨房で食器を洗いながら、話しかけてきた。
「今日はお父さん帰って来るので、家で沸かします」
「あら、そうなの。ご飯用意しよっか?」
「お願いします」
「はーい」
智子さんが用意してくれるご飯を待ちながら、テレビが付いた食堂でゆっくりお茶を飲んでいると、「戻りましたー」玄関から、大きな声が聞こえる。
誰かが帰ってきたんだろう。
バタバタと、スリッパになれて無さそうなその足音は、ガラガラと食堂のドアを開ける。
「すみません、今帰りました……あ」
聞き覚えがあるような声が、静かながらも驚いた様子を見せた。顔を挙げると、そこにいたのは、さっき会った男の人だった。
「大丈夫よー。今からご飯仕上げるから、手洗って待っててね」
「あ、はい。荷物置いてきます」
ぺこり、智子さんに頭を下げると、彼は食堂を出て行った。
あの人、ここのお客さんだったんだ。
「キミ、ここの民宿の子?」
荷物を置いて食堂に来た彼は、私の前に座ると、不思議そうに聞いてきた。
「いえ、近所の子です。両親が共働きで夜遅かったりするので、ご飯だけ、ここでいただいているんです」
「なるほどねー」
父は警察官、母は看護師。共に忙しく、夜勤もあったりする親の元に生まれたわたしは、幼い頃から、近所で父の親友夫婦が営むこの民宿に預けられることが多かった。
高校生になった今もそれは変わらなくて、ご飯はここで食べる事が多い。
「貴方は、二、三日滞在予定ですか?」
「ううん。二週間」
「長いですね」
思ったより長い。本気で会いに来ているなこの人。
「大学生だから、まだ夏休みは続いているんだ」
「なるほど。羨ましいです」
「そういうキミは、高校生?」
「はい」
「そっかー。いいな、高校生」
彼は、目をじっと細め、羨望の眼差しでわたしを見た。対して年は変わらないと思うけど、わたしも数年後にはこんな目をするようになるのだろうか。……いや、わたしに限ってそれはありえないか。
「はーい、名瀬くん。ご飯できたよー」
智子さんが、お盆に生姜焼きを載せて持ってくる。
「すみません。わざわざ」
「いいのよ。お話してたんでしょ。お友達?」
智子さんが、わたしに尋ねる。
「さっき偶然会ったんです。名前も知らない方ですよ」
「あら、そうなの。2回も会うなんて、運命ね」
「偶然ですよ」
きっぱりと言い切ったわたしに智子さんは、困ったように笑う。
はっきりと言い過ぎて、強く聞こえてしがったのかもそれない。
「どちらかは分からないけど、仲良くね」
厨房に戻る智子さんを見送って、彼の方を見る。まだ、手はつけていなかった。暗い澱んだ目で、時が止まってしまったみたいに動かない。
声をかけようとして、止まる。
名前を知らないから、なんで声をかければいいのか、分からないのだ。
その間にも、どんどんご飯は冷めていってしまう。出来立てが一番美味しいのに……。
カップを持ち上げ、残っていた紅茶を一気に飲み、立ち上がる。
「ごちそうさまでした。わたしは、これで失礼します。貴方も、どうぞお食べください」
話しかけられたからか、彼の目に光が戻る。ぱちぱちと何度か瞬きをした後、彼はわたしを見た。
「そうだね。いただくことにするよ」
優しく微笑んだのを見て、人に戻ったなと思う。
「ぜひそうしてください。ここのご飯は美味しいですから」
マグカップを持ち立ち去ろうとして、その前にもう一度、彼を見た。
「わたしは、森川時子。死んでしまった幼なじみに会いたいと思っています。……自己紹介する必要があるかは分かりませんけど、貴方とはまた会うことがありそうなので」
「森川時子さん」
彼は、覚えるようにわたしの名前を呟き頷くと、わたしを真正面から見た。
彼の目には、揺るぎない信念、決意がこもっている。
「俺は、名瀬翔吾。この町には、彼女に会いにきたよ」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
2025.5.1~
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
→📚️賛否分かれる面白いショートストーリー(1分以内で読了限定)
ノアキ光
大衆娯楽
(▶アプリ無しでも読めます。 目次の下から読めます)
見ていただきありがとうございます。
1分前後で読めるショートストーリーを投稿しています。
不思議なことに賛否分かれる作品で、意外なオチのラストです。
ジャンルはほとんど現代で、ほのぼの、感動、恋愛、日常、サスペンス、意外なオチ、皮肉、オカルト、ヒネリのある展開などです。
日ごとに違うジャンルを書いていきますので、そのときごとに、何が出るか楽しみにしていただければ嬉しいです。
(作品のもくじの並びは、上から順番に下っています。最新話は下になります。読んだところでしおりを挟めば、一番下までスクロールする手間が省けます)
また、好みのジャンルだけ読みたい方は、各タイトル横にジャンル名を入れますので、参考にしていただければ、と思います。
短いながら、よくできた作品のみ投稿していきますので、よろしくお願いします。
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる