夕暮れ時には、雨が降る

上本琥珀

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3・偶然か

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「ごちそうさまでした」

 手を合わせた後、厨房に空になった食器が乗ったお盆を下げる。

「今日も美味しかったです」

 厨房に立っている智子さんは、お盆を受け取ると、「もぅ」って言って笑う。

「時子ちゃん、そんな急がなくて良いのに。ゆっくり、お茶でも飲んでて」
「はい」

 こう言われるのも、いつものことだ。
 スティックやティーバッグのお茶が置かれたバスケットから、いつも飲んでいる紅茶のティーバッグを一つ取り出し、置かせてもらっているマグカップに入れ、ケトルで沸かしたお湯も入れる。

「時子ちゃん、今日はうちでお風呂入ってく?」

 智子さんが、厨房で食器を洗いながら、話しかけてきた。

「今日はお父さん帰って来るので、家で沸かします」
「あら、そうなの。ご飯用意しよっか?」
「お願いします」
「はーい」

 智子さんが用意してくれるご飯を待ちながら、テレビが付いた食堂でゆっくりお茶を飲んでいると、「戻りましたー」玄関から、大きな声が聞こえる。
 誰かが帰ってきたんだろう。
 バタバタと、スリッパになれて無さそうなその足音は、ガラガラと食堂のドアを開ける。

「すみません、今帰りました……あ」

 聞き覚えがあるような声が、静かながらも驚いた様子を見せた。顔を挙げると、そこにいたのは、さっき会った男の人だった。

「大丈夫よー。今からご飯仕上げるから、手洗って待っててね」
「あ、はい。荷物置いてきます」

 ぺこり、智子さんに頭を下げると、彼は食堂を出て行った。
 あの人、ここのお客さんだったんだ。



「キミ、ここの民宿の子?」

 荷物を置いて食堂に来た彼は、私の前に座ると、不思議そうに聞いてきた。

「いえ、近所の子です。両親が共働きで夜遅かったりするので、ご飯だけ、ここでいただいているんです」
「なるほどねー」

 父は警察官、母は看護師。共に忙しく、夜勤もあったりする親の元に生まれたわたしは、幼い頃から、近所で父の親友夫婦が営むこの民宿に預けられることが多かった。
 高校生になった今もそれは変わらなくて、ご飯はここで食べる事が多い。

「貴方は、二、三日滞在予定ですか?」
「ううん。二週間」
「長いですね」

 思ったより長い。本気で会いに来ているなこの人。

「大学生だから、まだ夏休みは続いているんだ」
「なるほど。羨ましいです」
「そういうキミは、高校生?」
「はい」
「そっかー。いいな、高校生」

 彼は、目をじっと細め、羨望の眼差しでわたしを見た。対して年は変わらないと思うけど、わたしも数年後にはこんな目をするようになるのだろうか。……いや、わたしに限ってそれはありえないか。

「はーい、名瀬くん。ご飯できたよー」

 智子さんが、お盆に生姜焼きを載せて持ってくる。

「すみません。わざわざ」
「いいのよ。お話してたんでしょ。お友達?」

 智子さんが、わたしに尋ねる。

「さっき偶然会ったんです。名前も知らない方ですよ」
「あら、そうなの。2回も会うなんて、運命ね」
「偶然ですよ」

 きっぱりと言い切ったわたしに智子さんは、困ったように笑う。
 はっきりと言い過ぎて、強く聞こえてしがったのかもそれない。

「どちらかは分からないけど、仲良くね」

 厨房に戻る智子さんを見送って、彼の方を見る。まだ、手はつけていなかった。暗い澱んだ目で、時が止まってしまったみたいに動かない。
 声をかけようとして、止まる。
 名前を知らないから、なんで声をかければいいのか、分からないのだ。
 その間にも、どんどんご飯は冷めていってしまう。出来立てが一番美味しいのに……。
 カップを持ち上げ、残っていた紅茶を一気に飲み、立ち上がる。

「ごちそうさまでした。わたしは、これで失礼します。貴方も、どうぞお食べください」

 話しかけられたからか、彼の目に光が戻る。ぱちぱちと何度か瞬きをした後、彼はわたしを見た。

「そうだね。いただくことにするよ」

 優しく微笑んだのを見て、人に戻ったなと思う。

「ぜひそうしてください。ここのご飯は美味しいですから」

 マグカップを持ち立ち去ろうとして、その前にもう一度、彼を見た。

「わたしは、森川時子。死んでしまった幼なじみに会いたいと思っています。……自己紹介する必要があるかは分かりませんけど、貴方とはまた会うことがありそうなので」
「森川時子さん」

 彼は、覚えるようにわたしの名前を呟き頷くと、わたしを真正面から見た。
 彼の目には、揺るぎない信念、決意がこもっている。

「俺は、名瀬翔吾。この町には、彼女に会いにきたよ」
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