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20・答え
しおりを挟む「じゃあねー」
「はい。また」
日奈子ちゃんに一緒に帰るか誘われたけど、手を振って別れる。
駅を出た時はまだ夕暮れ時とは言えないけど、歩いているうちにだんだん夕暮れ時になっていく。
久しぶりだな、一人なの。
空の赤さも、不思議な雲も、変な道を見つけても、話す人はいない。
この町って、こんなに暗かったっけ?
でも、これでいいんだ。楽しいなんて感じない、一人でいいんだ。
それを改めて確認しよう。
日奈子ちゃんに言われた、時間を進めなくても生きていけるか確認する方法を考えて、思いついたのだ。
諒太郎との楽しかった思い出を改めて思い返して、なぞってみて、その思い出だけで生きていると実感するんだって。
マンションの隣の公園だから、一回荷物を置きに行ったっていいのに、買ったものとかバッグはベンチに置いた。
まだ明るいうちに、四葉のクローバー探しを始める。
四葉のクローバーは何度も諒太郎と探した。見つかれば願いが叶うと思って、誕生日に渡したくて、なんとなくの気分で。
当時は、とにかく見つけたいって気持ちだけだったけど、今は厚底のサンダルもロングスカートもしゃがむのに向いてないって思ってしまう。
なんかコツあったっけ? なでなでと撫でるように、三つ葉のクローバーに触れていって、四葉のクローバーを探す。
探すのは大変だけど、諒太郎と一緒なら、探している最中だって楽しくて、見つかるとすごい嬉しかった。
諒太郎は、意外にも粘り強く、わたしの方がすぐに飽きてた気がする。しおりにしたクローバーってまだ持ってるっけ?
少しずつ移動しながら四葉を探しているけど、見つからない。そりゃ、すぐ見つかるものじゃ無いけど、どんどん暗くなっていくのに、ちっとも見つからない。
だから、思ってしまった。この公園に無いことってあるのかな?
昔は、無いなんて思わなかった。絶対に有るって思ってたけど、無い可能性もあるよね。……いつまでもないものを探し続けるんだ。
そう考えちゃって、一気に嫌な気分になる。やってることが色褪せてくる。
はぁ、四葉クローバー探すのって、楽しくないな。
諒太郎との思い出があれば、一人で四葉のクローバーを探すのだって、楽しいと思えると思ったのに。そしたら、生きていけると思ったのに、わたし楽しく思えないんだ。
感じてしまった感情に項垂れてしまいそうになり、首を横に振る。
いやでもこれは、四葉が見つからないから楽しくないだけ。別のことをしよう。
立ち上がり、ブランコの元へ向かう。
鎖がだいぶ錆びているブランコは、二つ並んでいるタイプだ。
囲う柵がないから、靴を飛ばしたり、ジャンプして飛び降りたり、近くの木に足が届ように高くまでこいだりしたな。一番は、漕がないでゆらゆらしながら喋ったかな。楽しかったあの時が簡単に思い出せる。
近くにあるのに、ブランコを漕ぐことなんてなかったから、久しぶりのブランコはだいぶ低く感じる。足を曲げたら、擦りむきそうでちょっと怖い。
それでも、立ってブランコにお尻を乗せ後ろに引い状態から、地面を蹴ると前に向かうから足を伸ばす。引いたタイミングで、足を曲げブランコを漕いでいく。
やっぱ低く感じるし、ロングでもスカートでやるものじゃないなと思う。
夕日は落ちて、暗くなっていく。暑いから、風を切るのは気持ち良かった。
でも、それだけだ。
諒太郎と一緒にブランコをした時の楽しさは、今はない。つまらない。
それだけなら、昔はあんなに楽しかったのに大人になったのかなって思えるけど、今はもういない諒太郎がいる姿が思い出せて、今いない事に寂しさを感じるのが嫌だ。
わたしは、この寂しさと一生生きていけるのかな。
名瀬さんと会う前なら、いけたかもしれない。でも、名瀬さんと会って楽しいをまた知って、それでも? それでも、わたしは楽しさを感じないようにして、生きていける?
ブランコを漕ぐ足は止まっていた。
どんどん暗くなっていく、時間が経っていくのがわかるのに、体は動かない。
「時子ちゃん?」
ぎくり。心臓が飛び跳ねた。顔を上げると、名瀬さんがいた。
夕方の散歩に行って、帰ってきたところかな。
胸がむずむずと動いたのがわかる。
名瀬さんはいつものように、にこやかに話しかけてくる。
朝会ったのに、随分と久しぶりに感じた。
「ごめんね、話しかけちゃって。用事は終わった? 今は一人?」
「はい」
「可愛い服着ているね、誰かとおでかけ? どうだった?」
名瀬さんは喋りながら、空いている隣のブランコに座る。
「一人でしたよ。でも、面白い映画でしたし、美味しいご飯でしたよ」
「そっか。良かったね」
名瀬さんの優しい顔に、優しい声に、なぜか泣きそうになって俯いた。
「ブランコ、久しぶりだな」
隣から、ブランコを漕ぐ音が聞こえる。
名瀬さんを見ると、楽しそうに漕いでいた。
「……名瀬さんは、今、楽しいですか?」
「うん、楽しいよ」
「ブランコが?」
「ブランコももちろん。時子ちゃんと話せるのが嬉しくて楽しいんだ」
無邪気に認める言葉に、胸が苦しくなる。
……認めたくなかったけど、わたしも、名瀬さんが来て嬉しいと思ってしまったんだ。
寂しかった心が、満たされたんだ。
なら、それなら……。
「名瀬さん、わたし、さっきも言ったけど、ご飯は美味しかったし、映画は面白かったです」
「うん?」
俯きながらのわたしの告白に、名瀬さんは足を止めたみたいだった。不思議そうに、こちらを見ているのが分かる。
「でも、でも、一人はつまらなかったんです」
「つまらなかったんだ」
泣くのを我慢しながら、頷いた。
「名瀬さんと一緒だったら、面白くない映画でも、おいしくもないご飯でも、楽しかったと思います」
「そうかなぁ? でも、そう言ってもらえるのは嬉しいな」
優しい声に、また胸が苦しくなる。
口に出して、思ってしまったことを認めなきゃって思う。
「名瀬さんと一緒にいると、楽しいんです」
「うん」
「それが嫌です。楽しいなんて思いたくない。ぜんぶ、諒太郎にあげたいのに」
「うーんと、楽しいって、時子ちゃんが経験した事を思い出をあげるのは、ダメなの?」
突然で訳もわからないだろうに、名瀬さんは、考え提案してくれる。
「諒太郎と楽しいじゃないとだめです」
「それじゃあ、一生楽しいって思えないかもよ」
「それでよかったんです。思い出で生きていけると思ったけど、つまらないって思っちゃったんです。それだけじゃ、寂しいって分かったんです」
「そっかぁ。俺、時子ちゃんが寂しいのは嫌だな」
その言葉に、また胸が締め付けられる。
「楽しいを思い出しました。楽しいと笑えるし、嬉しくなるんです。わたしは、もう戻れないです。楽しい人生を歩みたいです」
わたしは、はっきりと口に出した。楽しい人生を歩みたいと、言ってしまった。
ああ、一方的なものだけど、約束を破ってしまった。わたしは、もう諒太郎の思い出を見ちゃいけないんだ。
あの優しさや感情に触れてはいけないんだ。
そう思って、涙が止まらなくなる。
悲しいけど、わたしは悲しむだけの人生ではいられなくなった。
「俺はさ、時子ちゃんがどうしてそんなに苦しく感じているかは分かってないけど、少しでも楽になる手助けしたいな」
いつのまにか、名瀬さんは、私の前でしゃがんでいた。
下から、わたしを見上げ、わたしの目を見て、優しく笑っていた。
その優しさにまた、甘えてしまう。
「わたしは、名瀬さんといると楽しいです」
「うん」
「だから、また明日、一緒に散歩してください。それだけで、楽しいから」
「いいよ。お散歩しようね」
優しく笑ってくれるのが、嬉しかった。
ごめんね、諒太郎。
全部あげるって言ったのに。
諒太郎に会いたい気持ちも、好きだった感情も、申し訳ない気持ちも忘れていない。
それでも、楽しいを、時間を進めること選んでしまった。
諒太郎に会えたら、言わなきゃいけないことが一つ増えたな。
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