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王宮からアイゼン子爵家へと向かう馬車の中は、息が詰まるほどに静かだった。
窓の外を流れていく豪奢な貴族街の景色が、今の私にはひどく現実味のないものに思える。
先ほどまでの出来事が、まるで悪夢のよう。
けれど、指先が氷のように冷たいのも、心臓が鉛のように重いのも、紛れもない現実だった。
屋敷に到着すると、父と母が険しい表情で私を待っていた。
「マリアム! いったいどういうことなのだ! 夜会でのあの騒ぎは!」
父であるアイゼン子爵が、怒りを隠そうともせずに私を詰問する。
「リヒャルト様がおっしゃっていたことは、真実なのか? お前が、男爵令嬢に嫌がらせを?」
「ち、違います、お父様! 私ではありませ……」
「言い訳は聞きたくない!」
私の言葉は、父の一喝によって遮られた。
「真実かどうかなど、もはや問題ではない! 問題なのは、お前がヴァイス公爵家のご子息に、大勢の前で婚約を破棄されたという事実だ! 我が家の顔に泥を塗りおって!」
父の瞳に映るのは、娘を心配する色ではない。
家の名誉が傷つけられたことへの、怒りだけだった。
「あなた……」
隣では、母が青ざめた顔でハンカチを握りしめている。
「なんてことをしてくれたのです、マリアム。わたくしが、どれだけあなたに時間とお金をかけてきたと思っているの? 公爵家に嫁がせるため、最高の教育を施し、一流の作法を身につけさせてきたというのに……!」
母の嘆きは、まるで私の価値がなくなったとでも言うようだった。
ああ、そうか。
お父様にとっても、お母様にとっても、私は自慢の娘なんかじゃなかった。
アイゼン子爵家の価値を高めるための、ただの『駒』だったのだ。
公爵家に嫁ぐという役割を失った今、私には何の価値もない。
「お前のせいで、我が家の未来は閉ざされたも同然だ! これから他の貴族たちに、どう顔向けすればいい!」
「ヴァイス公爵家から、どのような報復があるか……考えただけでも恐ろしいわ……」
父と母が言い争うように、私を責め立てる。
聞いているのが、もう限界だった。
私は、何も言わずに二人に背を向け、自分の部屋へと続く階段を駆け上がった。
後ろから何かを叫ぶ声が聞こえたけれど、もう耳には入らなかった。
自室の扉を閉め、鍵をかける。
ようやく一人になれたはずなのに、息苦しさは増すばかり。
豪華な調度品も、美しいドレスが並ぶクローゼットも、今の私には何の意味もなさないガラクタに見えた。
ここは、私の家。私の部屋。
それなのに、どこにも私の居場所なんてなかった。
ベッドに倒れ込み、顔を枕にうずめる。
涙さえ、もう流れなかった。
ただ、深い、深い闇が、私を飲み込んでいくだけだった。
窓の外を流れていく豪奢な貴族街の景色が、今の私にはひどく現実味のないものに思える。
先ほどまでの出来事が、まるで悪夢のよう。
けれど、指先が氷のように冷たいのも、心臓が鉛のように重いのも、紛れもない現実だった。
屋敷に到着すると、父と母が険しい表情で私を待っていた。
「マリアム! いったいどういうことなのだ! 夜会でのあの騒ぎは!」
父であるアイゼン子爵が、怒りを隠そうともせずに私を詰問する。
「リヒャルト様がおっしゃっていたことは、真実なのか? お前が、男爵令嬢に嫌がらせを?」
「ち、違います、お父様! 私ではありませ……」
「言い訳は聞きたくない!」
私の言葉は、父の一喝によって遮られた。
「真実かどうかなど、もはや問題ではない! 問題なのは、お前がヴァイス公爵家のご子息に、大勢の前で婚約を破棄されたという事実だ! 我が家の顔に泥を塗りおって!」
父の瞳に映るのは、娘を心配する色ではない。
家の名誉が傷つけられたことへの、怒りだけだった。
「あなた……」
隣では、母が青ざめた顔でハンカチを握りしめている。
「なんてことをしてくれたのです、マリアム。わたくしが、どれだけあなたに時間とお金をかけてきたと思っているの? 公爵家に嫁がせるため、最高の教育を施し、一流の作法を身につけさせてきたというのに……!」
母の嘆きは、まるで私の価値がなくなったとでも言うようだった。
ああ、そうか。
お父様にとっても、お母様にとっても、私は自慢の娘なんかじゃなかった。
アイゼン子爵家の価値を高めるための、ただの『駒』だったのだ。
公爵家に嫁ぐという役割を失った今、私には何の価値もない。
「お前のせいで、我が家の未来は閉ざされたも同然だ! これから他の貴族たちに、どう顔向けすればいい!」
「ヴァイス公爵家から、どのような報復があるか……考えただけでも恐ろしいわ……」
父と母が言い争うように、私を責め立てる。
聞いているのが、もう限界だった。
私は、何も言わずに二人に背を向け、自分の部屋へと続く階段を駆け上がった。
後ろから何かを叫ぶ声が聞こえたけれど、もう耳には入らなかった。
自室の扉を閉め、鍵をかける。
ようやく一人になれたはずなのに、息苦しさは増すばかり。
豪華な調度品も、美しいドレスが並ぶクローゼットも、今の私には何の意味もなさないガラクタに見えた。
ここは、私の家。私の部屋。
それなのに、どこにも私の居場所なんてなかった。
ベッドに倒れ込み、顔を枕にうずめる。
涙さえ、もう流れなかった。
ただ、深い、深い闇が、私を飲み込んでいくだけだった。
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