婚約破棄された悪役令嬢は何もかも失いました

東山りえる

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4話

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どれくらいの時間、そうしていたのだろう。

意識が朦朧とする中、窓の外が白み始めていることに気づいた。

夜が、明ける。

新しい一日が、始まってしまう。

絶望しかない一日が。

このまま部屋にいても、待っているのは両親からの詰問と、世間からの嘲笑だけ。

昨日までの私、マリアム・フォン・アイゼンは、もうどこにもいないのだ。

そう思った瞬間、衝動的にベッドから起き上がった。

クローゼットの中から、一番地味で動きやすい、侍女が着るような簡素なワンピースを引っ張り出す。

夜会で着ていた深紅のドレスは、床に脱ぎ捨てられたままだった。

まるで、昨日の私の抜け殻のようだ。

手早く着替えを済ませ、ドレッサーの引き出しの奥から、なけなしの金貨を数枚だけ握りしめる。

もう、ここにはいられない。

いる意味もない。

私は、誰にも気づかれないよう、猫のように足音を忍ばせて自室を抜け出した。

屋敷はまだ、深い眠りの中に静まり返っている。

使用人用の小さな裏口から、そっと外に出る。

ひやりとした早朝の空気が、火照った頬に心地よかった。

一度だけ、自分が生まれ育った屋敷を振り返る。

けれど、そこに未練は一欠片もなかった。

私は、あてどなく歩き始めた。

貴族たちが住む豪奢な屋敷が並ぶ地区を抜け、徐々に建物の様相が変わっていく。

活気のある商人たちの店が並ぶ通りを過ぎ、さらに奥へ。

そこは、私が今まで足を踏み入れたことのない、平民たちが暮らす雑多な地区だった。

石畳は所々剥がれ、路地は入り組んでいる。

行き交う人々の服装も、言葉遣いも、私が知っている世界とはまったく違った。

どこへ向かうという目的もない。

ただ、このままどこか遠くへ消えてしまいたかった。

昨日から何も食べていないせいか、お腹が空いて、力が入らない。

疲労で足が鉛のように重い。

ふらりとよろけた拍子に、道端の壁に手をついた。

(私、これから……どうなるんだろう)

生きる意味も、目的も、すべてを失った。

このまま、道端で倒れてしまうのかもしれない。

それでもいい、とさえ思った。

意識が遠のきかけた、その時だった。

どこからか、音楽が聞こえてきた。

陽気で、少しだけ物悲しい、不思議な音色。

トランペットのファンファーレに、アコーディオンのメロディ、そして力強い太鼓のリズム。

それは、私が今まで聞いたことのない、生命力に満ち溢れた音楽だった。

まるで、その音だけが、色を失った私の世界で輝いているようだった。

私は、何かに導かれるように、ふらふらと顔を上げた。

そして、その音が聞こえてくる方へ、無意識に足を踏み出していた。

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