氷の令嬢は、婚約破棄の先で微笑う

東山りえる

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翌日、私の婚約破棄は瞬く間に社交界中に広まった。宮廷を出入りする若い女官たちや、噂好きの貴婦人たちによって語られるその内容は、まるで私が冷酷非道な悪役令嬢であるかのように脚色されているらしい。

「セレナ様が王太子殿下を苦しめていたとか」
「新しく近づいてきたソフィア様を嫌悪して、舞踏会で嫌がらせをしたのだとか」

事実無根の話が大手を振って歩いていると、侍女のエリスから小声で報告を受ける。

「おかしいですわ。セレナ様がそんなことをするはずがありません。ソフィア様がおかしな噂を流しているのでは……」

「いいのよ、エリス。どのみち、少し経てば次の話題に移るものだわ」

気にしていない――というのは嘘になる。けれど、社交界に生きる限り、噂話から逃れることは不可能。それならば、慌てて否定をして回るよりも、静観しているほうが身のためだ。そう学んできた。

「しかし、ソフィア様は子爵家の令嬢にしては妙に宮廷内での力が強いように感じます。人当たりは良さそうなのに、陰で何をしているのか……」

エリスが唇をかんで訴えてくるが、私はただ微笑むだけにとどめる。

「そうね。彼女が何を考えているか、いずれ明らかになるでしょう。そのとき私は、ただ事実を話すだけ。……エリス、あなたはいつも通りに私の側にいてくれればそれでいいわ」

エリスは私の言葉にうなずき、ほっとした表情を見せた。そこへ、客間の扉がノックされる音が響く。

「セレナ様、失礼します。――お客様がいらっしゃっています」

現れたのは騎士のサイラスだった。控えめな声とともに、私に向けて一礼する。

「セレナ様をお訪ねしたいと仰る方が、玄関でお待ちです。……それが、あの方でして」

サイラスは少し言いにくそうに口ごもる。私は小さく息をついた。

「レオナード殿下ですね?」

サイラスはうなずいた。まさか婚約破棄したばかりの相手が、こんなにも早く私の元を訪れるとは思っていなかった。何を求めているのだろうか。

「わかりました。お通しください」

エリスが驚いた顔をするのも無理はない。そう簡単に面会を許可するのは、変だと思われるかもしれない。けれど、ここで逃げ回ってはかえって噂を助長させるだけだ。

サイラスは敬礼すると、再び足音も軽やかに去っていった。エリスは気遣わしげに私を見る。

「セレナ様……本当に大丈夫ですか?」

「さあ、どうでしょう。でも、話してみるしかないわ。――行きましょう、エリス」

私は立ち上がり、扉の前で一度だけ深呼吸をする。婚約破棄を言い渡した当の相手と、この状況でどんな会話を交わすのか。少しだけ胸がざわめく。それでも、私は冷静さを失わずに向き合わなくてはならない。

“氷の令嬢”と呼ばれる自分の役割を思い出しながら、私は玄関ホールへ向かった。
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