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その日の午後、思わぬ来客を告げられた。王太子レオナード殿下が再び公爵邸を訪ねてきたのだ。先日の客間での会話からそう日も経っていないため、私は少しだけ胸騒ぎを覚える。
「また殿下がお越しに?」
エリスの報告に眉をひそめながら、私は手短に身支度を整える。兄フィリップが応対しようとするのを制し、ひとりで客間に向かった。
「……セレナ、よく来てくれた」
客間の扉を開けると、レオナード殿下が所在なさげに立っていた。前に見た時よりも疲弊した様子で、瞳には深い陰りがある。彼がこれほど追い詰められた表情を見せるのは珍しい。
「殿下、再びのお越しとは珍しいですね。何かご用でしょうか」
「……正直に言うと、助けを求めに来た」
思いがけない言葉に、私は眉を上げる。婚約破棄した相手に助けを求めるなど、普通であれば考えられない。だが、彼がこれほど必死な様子を見せるからには、よほどの事情があるに違いない。
「助け、ですか? どういう意味かしら」
「……ソフィアが、私に取り入ろうとする動きが激しくなっていてな。周囲もなぜかソフィアを支持する者が増えてきている。私の意見に対してことごとく口を出してきて、なんというか……私の思い描く王太子としての在り方を侵害されているような気がするんだ」
「それは、ソフィア様の策略の一端でしょうね」
私は淡々とそう答える。殿下は苦しい顔で視線を伏せた。
「わかっている。だが、私はどうにも身動きが取れなくて……。父上も体調が優れない日が多く、いずれは私が王位を継ぐことになるんだが、それを狙っている貴族派閥もある。ソフィアの背後に誰がいるのか、まだはっきりしない」
「それで、私に何を望むのです? すでに殿下との婚約は破棄された身。あなたが私に協力を求める理由がわかりません」
そう問いかけると、殿下は弱々しく首を振る。
「私も、正直わからない。けれど、セレナなら何かしら手立てを持っている気がしてしまうんだ。お前はいつも冷静で、社交界の裏を読むのが上手い。だから、こんな立場でも頼ってしまう……」
彼の言葉に苛立ちが沸き上がるのを感じる。私に助けを求めるのは勝手だが、何故もっと早く、私が王太子妃としてそばにいた頃にその思いを打ち明けてくれなかったのか。だが、その問いは口にしない。
「殿下、あなたは私の何を知っているのです? 冷たい、怖い、悪役令嬢――そういう世間の評価しか知らなかったのでしょう?」
「……すまない、セレナ。本当に、どうかしていた。お前の本当の姿を見ようともせず、ただ勝手な想像で拒絶していたんだ」
レオナード殿下は自嘲するように笑う。私の胸にかすかな痛みが走る。だが、私はあくまで冷徹に振る舞う。それが今の私の役割だから。
「謝罪は結構です。でも、これまで通りなら、私はあなたに協力する義理はありませんね」
「それは、わかっている。ただ……もし、今のお前が少しでも私を助けてくれる気持ちがあるなら……」
言葉を詰まらせる殿下の姿は、私の知っている王太子の気品からは程遠い。それだけ追い詰められているのだろう。
「検討しましょう。どうせ私も、ソフィア様のやり方は気に入りませんから。……ただし、あなたが私に指図するのはなしです。私は私のやり方で動く。それでよければ、少しくらいは力になるかもしれません」
「……ありがとう、セレナ」
消え入りそうな彼の声に、私は心のどこかで複雑な感情を覚えながら、小さく息をついた。
「お引き取りを。私もいろいろと調べなければならないことがあるので」
レオナード殿下はうなずき、何度か私を振り返りながら客間を出て行った。その背中を見送る私の胸に、言いようのない虚しさが広がっていく。
「私たちは、いつからこんなにも擦れ違ってしまったのかしら――」
そっと呟いたその言葉は、ひどく遠く感じられた。
「また殿下がお越しに?」
エリスの報告に眉をひそめながら、私は手短に身支度を整える。兄フィリップが応対しようとするのを制し、ひとりで客間に向かった。
「……セレナ、よく来てくれた」
客間の扉を開けると、レオナード殿下が所在なさげに立っていた。前に見た時よりも疲弊した様子で、瞳には深い陰りがある。彼がこれほど追い詰められた表情を見せるのは珍しい。
「殿下、再びのお越しとは珍しいですね。何かご用でしょうか」
「……正直に言うと、助けを求めに来た」
思いがけない言葉に、私は眉を上げる。婚約破棄した相手に助けを求めるなど、普通であれば考えられない。だが、彼がこれほど必死な様子を見せるからには、よほどの事情があるに違いない。
「助け、ですか? どういう意味かしら」
「……ソフィアが、私に取り入ろうとする動きが激しくなっていてな。周囲もなぜかソフィアを支持する者が増えてきている。私の意見に対してことごとく口を出してきて、なんというか……私の思い描く王太子としての在り方を侵害されているような気がするんだ」
「それは、ソフィア様の策略の一端でしょうね」
私は淡々とそう答える。殿下は苦しい顔で視線を伏せた。
「わかっている。だが、私はどうにも身動きが取れなくて……。父上も体調が優れない日が多く、いずれは私が王位を継ぐことになるんだが、それを狙っている貴族派閥もある。ソフィアの背後に誰がいるのか、まだはっきりしない」
「それで、私に何を望むのです? すでに殿下との婚約は破棄された身。あなたが私に協力を求める理由がわかりません」
そう問いかけると、殿下は弱々しく首を振る。
「私も、正直わからない。けれど、セレナなら何かしら手立てを持っている気がしてしまうんだ。お前はいつも冷静で、社交界の裏を読むのが上手い。だから、こんな立場でも頼ってしまう……」
彼の言葉に苛立ちが沸き上がるのを感じる。私に助けを求めるのは勝手だが、何故もっと早く、私が王太子妃としてそばにいた頃にその思いを打ち明けてくれなかったのか。だが、その問いは口にしない。
「殿下、あなたは私の何を知っているのです? 冷たい、怖い、悪役令嬢――そういう世間の評価しか知らなかったのでしょう?」
「……すまない、セレナ。本当に、どうかしていた。お前の本当の姿を見ようともせず、ただ勝手な想像で拒絶していたんだ」
レオナード殿下は自嘲するように笑う。私の胸にかすかな痛みが走る。だが、私はあくまで冷徹に振る舞う。それが今の私の役割だから。
「謝罪は結構です。でも、これまで通りなら、私はあなたに協力する義理はありませんね」
「それは、わかっている。ただ……もし、今のお前が少しでも私を助けてくれる気持ちがあるなら……」
言葉を詰まらせる殿下の姿は、私の知っている王太子の気品からは程遠い。それだけ追い詰められているのだろう。
「検討しましょう。どうせ私も、ソフィア様のやり方は気に入りませんから。……ただし、あなたが私に指図するのはなしです。私は私のやり方で動く。それでよければ、少しくらいは力になるかもしれません」
「……ありがとう、セレナ」
消え入りそうな彼の声に、私は心のどこかで複雑な感情を覚えながら、小さく息をついた。
「お引き取りを。私もいろいろと調べなければならないことがあるので」
レオナード殿下はうなずき、何度か私を振り返りながら客間を出て行った。その背中を見送る私の胸に、言いようのない虚しさが広がっていく。
「私たちは、いつからこんなにも擦れ違ってしまったのかしら――」
そっと呟いたその言葉は、ひどく遠く感じられた。
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