氷の令嬢は、婚約破棄の先で微笑う

東山りえる

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翌朝。晴れ渡る空を見上げながら、私は公爵邸の庭を散策していた。手入れの行き届いた花壇が目に優しく、足元に広がる芝生は陽光を受けて輝いている。こんなに穏やかな景色なのに、私の周囲は騒がしさを増すばかりだ。

「セレナ様、失礼します」

物静かな声で私を呼んだのは、サイラスだった。彼は庭の奥からやってきて、騎士らしく背筋を伸ばして一礼する。

「おはようございます、サイラス。今日はどうなさいました?」

「実は……エバンズ子爵家の周辺で、少々気になる動きがあると耳にしまして。城下町でも、ソフィア様に不審な影がつきまとっているとの噂が」

「ソフィア様自身が、何か企んでいるということかしら?」

「はっきりしたことはわかりません。ただ、彼女の父であるエバンズ子爵も、最近になって急激に資金を集めているようです。事業か投資か……もしくは、別の目的があるのかもしれません」

私は静かに思案する。エバンズ子爵家といえば、以前はそこまで目立った存在ではなかった。それがソフィアの出世とともに、宮廷内での影響力を少しずつ拡大しているという話は聞いていた。

「ソフィア様は王太子殿下との関係を深めながら、同時に子爵家の地位を強化しているのかもしれない。もしそうなら、私を陥れる噂を流すのも手段の一つなのでしょうね」

サイラスは視線を鋭くしてうなずく。

「はい。セレナ様を悪役令嬢として仕立て上げれば、ソフィア様の立場はますます盤石になるのでしょう」

「ええ。……だけど、彼女は何故、そこまで上り詰めたいのかしら。王太子妃になるというだけじゃ満足しないのか?」

サイラスは少し躊躇したように言葉を選ぶ。

「……宮廷の権力争いには、さまざまな思惑があります。彼女がどこかの貴族派閥と手を結んでいる可能性もある。いずれにしても、セレナ様への風当たりが強くなることは間違いありません」

「わかりました。サイラス、ありがとう。引き続き情報を集めてちょうだい」

私がそう命じると、サイラスは深々と頭を下げて庭の奥へと去っていく。私は再び空を仰ぐ。雲ひとつない澄み渡った青。それとは対照的に、私の立場はますます孤立する運命にある。

「ソフィア・エバンズ……。いったい、あなたの本当の狙いは何?」

問いかけても、答えは風に消えるだけ。私は庭の花を眺めながら、冷たい外面の裏で小さく息を吐く。こうしている間にも、あちらでは次の策が進行しているのだろう。私の世界がまるで少しずつ崩されていくような、そんな不安が胸にわだかまる。

けれど、それに負けるわけにはいかない。私は婚約破棄によってすでに多くを失ったが、それは同時に私の自由を得る機会でもある。公爵家を守り抜き、真実を暴き、自分の道を切り開く。例え“悪役令嬢”と呼ばれようとも、それが私の選んだ生き方なら、胸を張って進むしかないのだ。

「私を甘く見ると痛い目を見る――かもしれないわね」

小さくそう呟き、私は庭を後にした。
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