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翌日の午後、評議会が開幕した。王宮の広大な会議室には、王家の一族や国内の主要貴族たちが集まり、にわかに熱気を帯びている。国王陛下が体調不良のため欠席となるのは既定の事実で、事実上、王太子レオナード殿下が議事を主導する形だ。
「セレナ、気を引き締めていこう」
隣に立つ兄フィリップが低く声をかけてくる。私もうなずき、視線を前に向ける。議場の中央で王太子が開会の宣言をし、貴族たちが一斉に着席した。第二王子アレクシス殿下も端のほうに席を取り、落ち着いた面持ちで兄の様子を見ている。
「……では早速、第一の議題に移る。国境付近の安全保障に関する問題だ」
王太子が手元の書類を確認しつつ、淡々と議題を進めていく。予定より急に開かれた評議会にもかかわらず、事前の準備は念入りらしく、議題の運びには大きな混乱は見られない。むしろ、レオナード殿下は以前よりも自信に満ちた態度を見せているようだ。
「セレナ様、王太子殿下がやる気を出しているように見えます。何か心境の変化でもあったのでしょうか」
エリスが後方で控えながら、私に耳打ちをする。私は小さく首を傾げた。
「おそらく、ソフィアがいなくなったことで、殿下自身が王家を支えねばならないと思い詰めているのかもしれない。あるいは、私に見直してほしいという意地か……」
どちらにせよ、王太子が王国の未来を真剣に考えているなら、それは悪いことではない。私の一存でどうこう言える問題ではないが、少なくとも婚約破棄による混乱から、殿下が一歩踏み出している証拠だろう。
やがて、議題の後半になり、宮廷内の不正や貴族同士の権力闘争に言及するセクションに差しかかる。私は背筋を伸ばし、ソフィア・エバンズの名前が出るのではと身構えた。しかし、王太子は意外にもその話題に触れない。
「さて、次に取り上げたいのは、王宮内の運営体制と財政の見直しである」
抑揚のない声で書類を読み上げる王太子に、周囲の貴族たちは訝しげな視線を向ける。これまでソフィアの不正疑惑や、子爵家の謎の資金操作が話題になるのではと噂されていたが、それは一切取り上げられないまま進行していく。
「なんだ、やけに穏便に終わらせようとしていないか」
兄フィリップが小声で呟く。私も同感だった。もしかすると王太子は、ソフィアの不正について公にしてしまうと、世間から厳しい批判を浴びると考えているのかもしれない。自分の判断の甘さを問われたくないがために、蓋をしようとしているのでは……。
「それは困りますね。私たちはせっかく情報を整理してきたのに」
エリスも心配そうだ。だが、評議会で王太子があえてソフィアの話を避けるならば、こちらから切り出すのは容易ではない。場を仕切るのは殿下であり、私たちには発言のタイミングが限られている。
「セレナ、様子を見よう。王太子が何を考えているのか、まだ読めない」
兄が言う通り、今は軽率に動くべきではない。アレクシス殿下も王太子を見つめたまま表情を変えず、機会を待っている様子がうかがえる。
しかし、そのとき議場の扉が大きく開き、衛兵らしき者が駆け込んできた。ざわつく場内をかき分けて、彼が王太子のもとへ近づき、何事かを耳打ちする。その言葉を聞いた瞬間、レオナード殿下の表情が強張った。
「……なんだと」
殿下は目を見開き、衛兵を振り払うようにして立ち上がる。まさか、こんな場所で王太子が動揺を露わにするとは思わなかった。周囲の貴族たちも立ち上がり、何が起きたのかと不安げなざわめきを広げている。
「失礼する。少し中断だ」
王太子はそれだけ言い残し、衛兵を伴って議場を後にした。訳も分からず立ち尽くす貴族たち。私は兄と目を合わせ、何やら不穏な空気を感じ取る。
「……やはり、ただでは終わらないのね」
胸の奥を嫌な予感が走る。まさか、ソフィアの派閥がこのタイミングで何かを仕掛けてきたのだろうか。王太子の動揺ぶりが、その可能性を否定できないまま、評議会は突然の休止となった。
「セレナ、気を引き締めていこう」
隣に立つ兄フィリップが低く声をかけてくる。私もうなずき、視線を前に向ける。議場の中央で王太子が開会の宣言をし、貴族たちが一斉に着席した。第二王子アレクシス殿下も端のほうに席を取り、落ち着いた面持ちで兄の様子を見ている。
「……では早速、第一の議題に移る。国境付近の安全保障に関する問題だ」
王太子が手元の書類を確認しつつ、淡々と議題を進めていく。予定より急に開かれた評議会にもかかわらず、事前の準備は念入りらしく、議題の運びには大きな混乱は見られない。むしろ、レオナード殿下は以前よりも自信に満ちた態度を見せているようだ。
「セレナ様、王太子殿下がやる気を出しているように見えます。何か心境の変化でもあったのでしょうか」
エリスが後方で控えながら、私に耳打ちをする。私は小さく首を傾げた。
「おそらく、ソフィアがいなくなったことで、殿下自身が王家を支えねばならないと思い詰めているのかもしれない。あるいは、私に見直してほしいという意地か……」
どちらにせよ、王太子が王国の未来を真剣に考えているなら、それは悪いことではない。私の一存でどうこう言える問題ではないが、少なくとも婚約破棄による混乱から、殿下が一歩踏み出している証拠だろう。
やがて、議題の後半になり、宮廷内の不正や貴族同士の権力闘争に言及するセクションに差しかかる。私は背筋を伸ばし、ソフィア・エバンズの名前が出るのではと身構えた。しかし、王太子は意外にもその話題に触れない。
「さて、次に取り上げたいのは、王宮内の運営体制と財政の見直しである」
抑揚のない声で書類を読み上げる王太子に、周囲の貴族たちは訝しげな視線を向ける。これまでソフィアの不正疑惑や、子爵家の謎の資金操作が話題になるのではと噂されていたが、それは一切取り上げられないまま進行していく。
「なんだ、やけに穏便に終わらせようとしていないか」
兄フィリップが小声で呟く。私も同感だった。もしかすると王太子は、ソフィアの不正について公にしてしまうと、世間から厳しい批判を浴びると考えているのかもしれない。自分の判断の甘さを問われたくないがために、蓋をしようとしているのでは……。
「それは困りますね。私たちはせっかく情報を整理してきたのに」
エリスも心配そうだ。だが、評議会で王太子があえてソフィアの話を避けるならば、こちらから切り出すのは容易ではない。場を仕切るのは殿下であり、私たちには発言のタイミングが限られている。
「セレナ、様子を見よう。王太子が何を考えているのか、まだ読めない」
兄が言う通り、今は軽率に動くべきではない。アレクシス殿下も王太子を見つめたまま表情を変えず、機会を待っている様子がうかがえる。
しかし、そのとき議場の扉が大きく開き、衛兵らしき者が駆け込んできた。ざわつく場内をかき分けて、彼が王太子のもとへ近づき、何事かを耳打ちする。その言葉を聞いた瞬間、レオナード殿下の表情が強張った。
「……なんだと」
殿下は目を見開き、衛兵を振り払うようにして立ち上がる。まさか、こんな場所で王太子が動揺を露わにするとは思わなかった。周囲の貴族たちも立ち上がり、何が起きたのかと不安げなざわめきを広げている。
「失礼する。少し中断だ」
王太子はそれだけ言い残し、衛兵を伴って議場を後にした。訳も分からず立ち尽くす貴族たち。私は兄と目を合わせ、何やら不穏な空気を感じ取る。
「……やはり、ただでは終わらないのね」
胸の奥を嫌な予感が走る。まさか、ソフィアの派閥がこのタイミングで何かを仕掛けてきたのだろうか。王太子の動揺ぶりが、その可能性を否定できないまま、評議会は突然の休止となった。
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