氷の令嬢は、婚約破棄の先で微笑う

東山りえる

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ソフィアが身柄を拘束された翌日、私は兄フィリップと共に王宮の一室へ向かった。そこには厳重な警戒の下、ソフィアが滞在させられている。面会の許可は下りたものの、護衛の騎士たちが目を光らせており、気軽に言葉を交わす雰囲気ではなかった。

「……セレナ様」

ソフィアは椅子に座り、憔悴しきった顔で私を見つめる。かつてのあの勝ち気な笑顔は影を潜め、目の下にはクマができていた。私は一礼して近づく。

「お久しぶりですね、ソフィア様。あの審問以来……でしたでしょうか」

「ええ、そうなりますね」

弱々しい声だが、彼女はなおも視線をそらさない。私も意を決して問いかける。

「殿下から聞きました。あなたは大貴族の策略に巻き込まれ、一時は私を貶めることで地位を手に入れようとしていた、と」

ソフィアは唇を震わせてうつむく。少しして、意を決したように顔を上げた。

「……事実です。でも、私が最初からそのつもりだったわけじゃない。子爵家は資金難で、父は常に焦っていました。そんなとき、大貴族の仲介人が救いの手を差し伸べてきたのです。気づけば、私も抜けられない泥沼に――」

悔しそうに拳を握りしめるソフィア。私はその言葉を黙って聞くしかなかった。彼女が犯した罪が消えるわけではないが、そこに至る経緯には同情の余地があるのかもしれない。

「……私も、最初は殿下を心から慕っていました。けれど、私の後ろ盾には彼らがいて、いつの間にか“王太子を手に入れろ”と迫られていた。もし失敗すれば、子爵家を立ち行かなくするような脅迫も受けていたのです」

ソフィアは涙を浮かべながら、必死に言葉を紡ぐ。その瞳には、もう以前の高慢さなど微塵も残っていない。

「だからといって、私を貶めていい理由にはなりません」

私が静かに言い放つと、ソフィアははっと息をのんで目を伏せる。

「……わかっています。私はあなたに酷いことをした。それは本当にごめんなさい。あのときは、王太子殿下とあなたの仲を引き裂き、私が代わりに幸せを手に入れればいいと思った。それが結局、こうして最悪の形で返ってきたのですものね」

初めて聞く彼女の心からの謝罪に、私の胸は微かに痛む。氷のように冷たく生きてきた私が、いつしか彼女と同じ舞台で争っていた。この国の中で、私たちは同じように時代の流れに翻弄されていたのかもしれない。

「あなたを操っていたという大貴族について、何か手がかりはありませんか。名は知らないと殿下には言ったそうですが、少しでも特徴がわかれば――」

ソフィアは沈黙する。彼女の目の奥にかすかな恐怖が宿る。その沈黙が何より事態の深刻さを物語っていた。やがて、細い声で答える。

「仲介人の名はリリアンヌ。彼女が言うには、“侯爵”の肩書を持つ方だと。でも、それ以上は私も……下手に名前を口にすれば、子爵家がさらに報復を受ける。たぶん、まだ監視の目があるんです」

侯爵――王家や公爵家に次ぐ高い地位を持つ貴族は限られている。だが、その中で不正を働き資金を回せる人物となると、さらに絞られるはずだ。私はひとつ頷き、ソフィアに向かって言葉をかける。

「あなたが話してくれたことは重要な手がかりになりそうです。ありがとう」

「セレナ様、私はもうどうすれば……」

ソフィアはすがるような目を向ける。私は彼女の手をそっと握りしめた。その頬に伝う涙は、今まで“悪役令嬢”である私を陥れた人物のものだとは思えないほど弱々しい。

「王太子殿下があなたを保護するそうです。罪を償わなければならないのは事実ですが、それでもあなたの命と子爵家が消えるようなことはないでしょう。……もう二度と、嘘で誰かを傷つけるのはやめて」

ソフィアは震えながら小さく頷く。それが真の反省かはわからないが、少なくとも、これまでの彼女とは違う何かが伝わってくる。

「ありがとう、セレナ様。あなたこそ、本当は“氷”なんかじゃないのですね」

その言葉に、私はかすかに微笑む。兄フィリップが声をかけるまで、私たちはしばし無言のまま手を握り合っていた。何度もいがみ合ったライバルのはずが、今は奇妙な形で同じ敵を見据えている――そう思うと、皮肉な運命を感じずにはいられなかった。

部屋を出ると、廊下に待っていた騎士サイラスが心配そうにこちらを見る。私は短く息をつき、決意を新たにする。

「……さあ、あとはリリアンヌという仲介人、そして背後の“侯爵”を探し出さないといけないわね。ここからが本当の勝負よ」

そう言葉を交わしながら、私たちは公爵邸へ戻るため王宮を後にする。その背中には、王宮動乱の予感が冷たい空気となってまとわりついていた。
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