氷の令嬢は、婚約破棄の先で微笑う

東山りえる

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ソフィアから得た手がかりをもとに、私たちは密かに情報収集を進めた。リリアンヌという仲介人の名前を手掛かりに、都の裏路地や貴族の社交場を探り回る。そんななか、私の傍にいてくれるサイラスの存在が大きくなりつつあった。

「セレナ様、リリアンヌは表向きは侯爵夫人の侍女長のようです。やはり、そこから先の情報は慎重に探る必要があります」

サイラスが報告書を手に私へ伝えてくる。二人きりの書斎で、私はそれに目を通しながら唇を引き結ぶ。

「侯爵夫人の侍女長……ということは、夫人が関わっている可能性も高いわね。夫人の旦那――つまり侯爵本人が黒幕という線も自然だけれど、証拠がなければ動けない」

「はい。リリアンヌが決定的な証言をするか、何らかの文書でも押さえないと難しい。ですが、ソフィアがいくら話しても、彼女自身が直接会ったわけではないという点がもどかしいですね」

私は深いため息をつく。まさに霧の中で手探りしているような状況だ。しかし、諦めるわけにはいかない。この陰謀を放置すれば、再び王太子や公爵家が混乱に巻き込まれるのは目に見えている。

「セレナ様……」

ふと、サイラスが私の名前を呼ぶ声がいつになく穏やかに聞こえた。顔を上げると、彼の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。

「こんなことを言うのは私の分際ではないかもしれませんが、無理はなさらないでください。あなたはどこまでも冷静で強く見えますが、きっと疲れもたまっているはずです」

私は少し笑って首を横に振る。

「あなたにそんな優しい言葉をかけられるなんて、少し意外ね。いつもは冷静なあなただけれど」

サイラスは照れたように目を伏せる。

「私はセレナ様に仕える騎士です。気遣いも私の務め……ですが、それだけではなく、あなたが本当はもっと人を頼りたいのではないか、そう思うのです」

その言葉に胸がきゅっとなる。幼い頃から貴族としての立ち振る舞いを叩き込まれ、感情をあまり表に出さないよう育てられた私。サイラスはそんな私をずっと近くで見てきたのだ。

「頼りたい、か……」

思わず呟くと、サイラスは小さくうなずく。

「ええ。婚約破棄になったときも、審問のときも、あなたは一人で立ち向かってきました。もちろん、フィリップ様が味方でいてくれたとはいえ、あなたの心の負担は大きかったと思います」

「そうかもしれないわ。でも、これが私の生き方だから。冷たく見えても、悪役令嬢と呼ばれても、私は折れない」

そう言い切る私の声は、どこか震えていたのかもしれない。サイラスはその肩に手を乗せ、優しい口調で続ける。

「セレナ様、あなたは悪役なんかじゃありません。むしろ、その強さと優しさで多くの人を救っている。……けれど、時には弱音を吐いていいのですよ」

その瞬間、私は胸の奥で何かが溶けるような感覚を覚えた。氷のような殻が少しだけ壊されていく。だが、私はそれを言葉にしないまま、サイラスの手のぬくもりを感じていた。

「ありがとう、サイラス。……もう少しだけ、頑張ってみるわ。あなたの言葉が私の心を温めてくれたから」

サイラスは安堵したように微笑む。その表情は、私が知っている無口で朴訥な騎士のそれとは違って見えるほど、優しさに満ちていた。

「セレナ様、私も最後まであなたをお守りします。どんな敵が現れようと、決して一人ではありません」

二人きりの書斎の空気が、ささやかながら甘く感じる。私が王太子妃になる道を外れたからこそ、こうしてサイラスとの関係が変化したのかもしれない。もしかしたら私は、この先の未来に新たな情熱を見いだすのかもしれない。

「……ありがとう。そろそろ捜査を進めましょう。リリアンヌの足取りを追わなくては」

私が立ち上がると、サイラスは力強くうなずく。氷を溶かす炎のような彼の優しさを感じながら、私は再び前を向いた。黒幕を炙り出す戦いは続くが、もう私は冷たさに閉じこもったままではいられない。サイラスの言葉が、新たな勇気を私に与えてくれたのだから。
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