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領地で一番大きな街、クライムの市場は、大勢の人でごった返していた。
「さあ、安いよ安いよ!今朝採れたての新鮮な野菜だよ!」
「うちの布は上等だぜ!王都の貴婦人方も御用達だ!」
威勢のいい呼び声が、あちこちから飛び交っている。色とりどりの野菜や果物、香ばしい匂いを漂わせる焼き立てのパン、手作りの工芸品。ただ見ているだけでも飽きない光景だ。
私は護衛の騎士に少し離れて待っているように言うと、エマだけを連れて市場の喧騒の中に足を踏み入れた。お忍びの視察なので、質素だが仕立ての良い街娘の服を着ている。
「すごい活気ですわね、お嬢様」
エマが、目を輝かせながら言う。
「ええ。この活気をもっと領地全体に広げたいものだわ」
私は様々な店を覗きながら、商品の質や値段、人々の流れを注意深く観察する。
(ふむ、この地方の特産であるリンゴは、ジャムや果実酒に加工すればもっと価値が上がるはず。でも、販路が領内に限られているのが問題ね…)
(あそこの織物は品質はいいけれど、デザインが古臭いわ。王都の流行を取り入れれば、高く売れるかもしれない)
そんなことを考えながら歩いていた、その時だった。
角を曲がった瞬間、私は前方から猛スピードで走ってきた誰かと、真正面からぶつかってしまった。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
私はバランスを崩し、後ろに倒れ込みそうになる。とっさにエマが支えてくれたおかげで、尻餅をつくのだけは免れた。
「いってて…大丈夫か、お嬢さん!」
ぶつかってきた相手、それは大きな荷物を抱えた、快活そうな印象の若い男だった。日に焼けた肌に、汗で額に張り付いた茶色い髪。その瞳は、力強い光を宿していた。
「こちらこそ、申し訳ありません。考え事をしていて…」
私がそう言うと、男は「いやいや!」と豪快に笑った。
「俺こそ、急いでたもんで前を見てなかった。怪我はないかい?」
彼は私の頭のてっぺんから爪先までをじろじろと見ると、安心したように息をついた。その遠慮のない視線に、私は少しだけ眉をひそめる。
「ええ、大丈夫ですわ」
「そうかい、そりゃよかった!じゃあ、俺はこれで!」
男はそう言うと、再び荷物を担ぎ直し、あっという間に人混みの中に消えていってしまった。嵐のような男だった。
「まあ、随分と威勢のいい方でしたわね」
エマが、呆気にとられたように言う。
「ええ、本当に…。でも」
私は、男が消えていった方角を見つめながら、小さく呟いた。
「なんだか、面白い人だったわ」
この時の私は、まだ知らなかった。
この嵐のような青年こそが、新進気鋭の商人、ウルスラ・ベルクであること。そして、この些細な出会いが、私の退屈だった人生に、大きな波乱と、そして今まで知らなかった喜びを運んでくることになるということを。
私はただ、彼の残した力強い眼差しが、なぜか妙に心に残っているのを感じていた。
「さあ、安いよ安いよ!今朝採れたての新鮮な野菜だよ!」
「うちの布は上等だぜ!王都の貴婦人方も御用達だ!」
威勢のいい呼び声が、あちこちから飛び交っている。色とりどりの野菜や果物、香ばしい匂いを漂わせる焼き立てのパン、手作りの工芸品。ただ見ているだけでも飽きない光景だ。
私は護衛の騎士に少し離れて待っているように言うと、エマだけを連れて市場の喧騒の中に足を踏み入れた。お忍びの視察なので、質素だが仕立ての良い街娘の服を着ている。
「すごい活気ですわね、お嬢様」
エマが、目を輝かせながら言う。
「ええ。この活気をもっと領地全体に広げたいものだわ」
私は様々な店を覗きながら、商品の質や値段、人々の流れを注意深く観察する。
(ふむ、この地方の特産であるリンゴは、ジャムや果実酒に加工すればもっと価値が上がるはず。でも、販路が領内に限られているのが問題ね…)
(あそこの織物は品質はいいけれど、デザインが古臭いわ。王都の流行を取り入れれば、高く売れるかもしれない)
そんなことを考えながら歩いていた、その時だった。
角を曲がった瞬間、私は前方から猛スピードで走ってきた誰かと、真正面からぶつかってしまった。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
私はバランスを崩し、後ろに倒れ込みそうになる。とっさにエマが支えてくれたおかげで、尻餅をつくのだけは免れた。
「いってて…大丈夫か、お嬢さん!」
ぶつかってきた相手、それは大きな荷物を抱えた、快活そうな印象の若い男だった。日に焼けた肌に、汗で額に張り付いた茶色い髪。その瞳は、力強い光を宿していた。
「こちらこそ、申し訳ありません。考え事をしていて…」
私がそう言うと、男は「いやいや!」と豪快に笑った。
「俺こそ、急いでたもんで前を見てなかった。怪我はないかい?」
彼は私の頭のてっぺんから爪先までをじろじろと見ると、安心したように息をついた。その遠慮のない視線に、私は少しだけ眉をひそめる。
「ええ、大丈夫ですわ」
「そうかい、そりゃよかった!じゃあ、俺はこれで!」
男はそう言うと、再び荷物を担ぎ直し、あっという間に人混みの中に消えていってしまった。嵐のような男だった。
「まあ、随分と威勢のいい方でしたわね」
エマが、呆気にとられたように言う。
「ええ、本当に…。でも」
私は、男が消えていった方角を見つめながら、小さく呟いた。
「なんだか、面白い人だったわ」
この時の私は、まだ知らなかった。
この嵐のような青年こそが、新進気鋭の商人、ウルスラ・ベルクであること。そして、この些細な出会いが、私の退屈だった人生に、大きな波乱と、そして今まで知らなかった喜びを運んでくることになるということを。
私はただ、彼の残した力強い眼差しが、なぜか妙に心に残っているのを感じていた。
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