悪役令嬢は求婚しない

東山りえる

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ウルスラとの共同事業が少しずつ形になり始めた、そんなある日のこと。

「ブリーーーーーナァァァ!!」

領主の館に、兄ジークフリートの絶叫が響き渡った。予告もなく王都からやってきた兄は、私の執務室に転がり込むなり、肩で息をしながら叫んだ。

「お兄様、どうかなさったの?館が揺れていますわよ」

「どうしたもこうしたもあるか!聞いたぞ!お前、最近、素性の知れん平民の商人と親しくしているそうじゃないか!」

どこから聞きつけたのか、兄はウルスラのことを知っていた。その顔は、娘の交際相手に不満を持つ父親のように、怒りと不安で歪んでいる。

「ええ、ベルク商会のウルスラのことね。とても優秀な商人よ。今度、彼と組んで新しい事業を始めるの」

「事業だと!?馬鹿を言え!あんな男に、公爵家の事業を任せられるわけがないだろう!」

兄は、身分でしか人を判断できない、典型的な貴族だった。悪人ではないのだが、いささか頭が固すぎる。

「お兄様。彼は平民ですが、その商才は本物ですわ。王都にいる、口先だけの商人たちよりよほど信頼できます」

「騙されているんだ、ブリーナ!そいつは、お前の純真な心とクライネルト家の財産を狙っているに決まっている!」

「純真な心、ですって?お兄様、私のことを何だと思っているの?」

私がジト目で睨むと、兄は「うっ…」と怯んだ。

「と、とにかく!俺は認めん!お前とそいつが会うことは、この俺が許さんぞ!」

ちょうどその時だった。

コンコン、と執務室の扉がノックされた。

「失礼するぜ。ブリーナ、例の件なんだが…」

入ってきたのは、噂の渦中にいるウルスラ本人だった。約束の時間に、企画書を持ってきたのだ。

そして、彼は室内にいるジークフリートの姿を認め、ピタリと足を止めた。

「……なんだ、あんたは?」

ウルスラが、怪訝な顔でジークフリートを見る。

一方のジークフリートは、ウルスラの姿を見るなり、敵意をむき出しにした。

「貴様がベルク商会の…!よくも抜け抜けと我が妹の前に姿を現したな!」

「妹…?ああ、あんたがブリーナの兄貴か」

ウルスラは状況を察すると、臆することなくジークフリートの前に立った。

「何の用だ、平民が。さっさと失せろ。ここはお前の来る場所ではない」

「おいおい、それはこっちのセリフだぜ、兄貴。俺たちは今、大事な商談の最中なんだ。邪魔しないでくれよ」

一触即発。二人の間に、バチバチと火花が散る。

「お兄様、ウルスラ。二人とも、そこまでになさい」

私が静かに、しかし有無を言わせぬ声で制した。

「ウルスラは私の大切なビジネスパートナーです。そしてお兄様、私はもう子供ではございません。誰と付き合うかくらい、自分で決められますわ」

私のきっぱりとした態度に、二人ともぐっと言葉に詰まる。

「…ちっ、覚えてろよ」

ジークフリートは捨て台詞を残して部屋から出て行ったが、廊下で聞き耳を立てているのは明らかだった。

「…すまないな、騒がしくて」

ウルスラが、気まずそうに頭を掻く。

「いいえ、こちらこそ。兄が失礼を働いたわね」

私は苦笑した。

「…大変なんだな、あんたも」

彼の同情するような視線が、なぜか少しだけ嬉しかった。兄の乱入というハプニングは、かえって私たちの間の奇妙な連帯感を強めたようだった。
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