悪役令嬢は求婚しない

東山りえる

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兄の来訪という嵐が過ぎ去った数日後。今度は、見るからに羽振りの良さそうな、恰幅の良い中年男性が館を訪れた。

彼は、一代で莫大な富を築いたとされる大富豪、モーゲン氏。その商売の手法は少々あくどいと噂だが、金の力で社交界にも影響力を持つ人物だ。

「これはこれは、ブリーナ様。お噂はかねがね」

応接室に通された彼は、品定めをするようなねっとりとした視線を私に向けた。その視線だけで、私は生理的な嫌悪感を覚える。

「モーゲン様。ご足労いただき恐縮です。して、本日のご用件は?」

私は、事務的な笑顔を顔に貼り付けて尋ねた。

彼はニヤリと笑うと、テーブルの上に、ずしりと重そうな革袋をいくつも置いた。中から、金貨のぶつかる音が聞こえる。

「単刀直入に申し上げましょう。ブリーナ様、私と結婚していただけませんか」

またか、と私は内心で深いため息をついた。これで求婚者は三人目だ。

「私は、あなた様が王太子に捨てられた哀れな令嬢だなどとは、これっぽっちも思っておりません。むしろ、今が好機だと考えております」

「好機、ですって?」

「ええ。あなたは、クライネルト公爵家という最高の血筋と、誰もが認める美貌をお持ちだ。しかし、今は婚約者もおらず、傷心の身。一方、私には金がある。この世の全てが買えるほどの金がね」

彼は、金貨の詰まった袋をポンと叩いた。

「私の財力と、あなた様の血筋が結びつけば、我々は王族すらも凌ぐ存在になれる!どうです、悪い話ではないでしょう?慰謝料なら、王太子が提示した額の100倍は差し上げますぞ」

彼の言葉は、自信に満ちていた。金さえあれば、人の心も、家柄も、全て手に入れられると信じているのだ。

私は、彼の顔をじっと見つめた。そして、静かに口を開いた。

「モーゲン様。大変申し訳ありませんが、そのお話、お受けすることはできませんわ」

「な、なぜですかな!?金が足りないとでも!?」

「いいえ、そういうことではございません」

私は、優雅に微笑んでみせた。

「確かに、あなた様のお金で買えるものはたくさんあるのでしょう。美しいドレスも、高価な宝石も、豪華な屋敷も。ですが」

私は、きっぱりとした口調で言い放った。

「あなた様のお金では、決して買えないものもございますの」

「買えないものだと…?」

「ええ。例えば、私が領地のハーブ畑を眺めながら過ごす穏やかな時間。例えば、新しい事業の成功を夢見て、パートナーと語り合う胸のときめき。そして何より」

私は、彼の目をまっすぐに見据えて告げた。

「私の心は、金貨では買えませんのよ」

私の言葉に、モーゲン氏は顔を醜く歪ませた。彼の人生で、金で手に入らなかったものなど無かったのだろう。

「…小娘が…!私の申し出を断るとは、後悔しますぞ!」

「後悔など、いたしませんわ。どうぞ、その素晴らしいお金で、ご自身の心を豊かにしてくれる何かをお探しくださいませ。ごきげんよう」

私が静かに退室を促すと、彼は屈辱に顔を染めながら、乱暴に金袋を掴んで部屋から出ていった。

一人になった応接室で、私は窓の外を眺める。

お金では買えない、胸のときめき。その言葉を口にした時、私の脳裏に浮かんでいたのは、ウルスラの太陽のような笑顔だった。
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