悪役令嬢は求婚しない

東山りえる

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私の正体を知ってもなお、ウルスラの態度は何も変わらなかった。いや、むしろ、以前にも増して遠慮なく、対等なパートナーとして私に接してくるようになった。

「よし、ブリーナ!このワインの販売契約、正式に結ぼうぜ!」

「ええ、望むところよ。契約書はこちらで用意するわ。あなたに不利な条件にはしないから、安心して」

「ははっ、頼りにしてるぜ、先生!」

私たちは正式にビジネスパートナーとなり、領地の特産品開発は本格的に軌道に乗り始めた。

まずは、懸案だったワイン造り。私たちは何度も試作を重ねた。領内の醸造所に二人で通い詰め、樽の材質や熟成期間について、職人たちと夜遅くまで議論することも珍しくなかった。

「うーん、今年のブドウは日照りが続いたせいか、少し酸味が強いな」

「でしたら、糖度の高い別の品種を少しブレンドしてみましょうか。まろやかさが出るかもしれません」

作業着で粉塵にまみれながら、真剣な顔で語り合う。そんな時間が、私には何よりも楽しかった。

ある日、試飲用のワインを樽から移し替える作業をしている時、重い器具を持とうとした私の手が、ウルスラの手と偶然触れ合った。

「あ…」

「わ、悪い…」

触れた部分から、彼の熱が伝わってくる。ほんの一瞬の出来事だったのに、私の心臓は大きく跳ねた。顔が熱くなるのを感じ、私は慌てて彼から視線を逸らした。ウルスラも、どこか気まずそうに顔を赤らめている。

ただの仕事仲間。そう思っていたはずなのに、お互いを異性として意識してしまった、気まずくも、甘酸っぱい瞬間だった。

ワイン開発と並行して、ハーブを使った化粧品の開発も進んでいた。

「このカモミールの抽出液は、肌の炎症を抑える効果が期待できるわ。これを元に、まずは化粧水から試作してみましょう」

「なるほどな。じゃあ、容器のデザインは俺に任せろ。女性が思わず手に取りたくなるような、お洒落なやつを考えてやるよ」

私の専門知識と、彼の商売人としてのセンス。二つの歯車が噛み合うように、プロジェクトは順調に進んでいく。

領主の館の工房で、二人きりで試作品を作る時間が増えた。薬草をすり潰す私の隣で、ウルスラが帳簿をつけながら、時折、面白い市場の噂話をしてくれる。

その穏やかで、満たされた時間。それは、私が王都にいた頃には想像もできなかった、かけがえのない宝物だった。

彼と一緒にいると、私はただの「ブリーナ」でいられた。公爵令嬢でも、元王太子妃候補でもない、一人の人間として。

この信頼できるパートナーに対する気持ちが、単なる仕事仲間への好意だけではないことに、私はもう気づかないふりをすることはできなかった。

そしてそれは、きっと彼も同じはずだ。時折私に向けられる、熱を帯びた優しい眼差しが、それを物語っていたから。
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