悪役令嬢は求婚しない

東山りえる

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ウルスラとの共同事業は、驚くほど順調に進んでいった。

私たちが開発したハーブの化粧水は、まず領内の女性たちから絶大な支持を得た。「肌がすべすべになる」「香りが良くて癒やされる」と口コミで評判が広がり、ベルク商会が新しく開いた直営店には、連日行列ができるほどだった。

「やったな、ブリーナ!初月の売上、目標額を大幅に超えたぞ!」

報告に来たウルスラは、自分のことのように喜んでいた。その笑顔を見ていると、私の胸にも温かいものがこみ上げてくる。

「ええ、嬉しいわ。これも、あなたの販売戦略のおかげよ」

「何言ってんだよ。あんたの作った化粧水が、最高品質だからに決まってるだろ」

お互いを素直に称え合える関係が、とても心地よかった。

ある晩、私たちはワインの新しいラベルデザインについて、夜遅くまで議論を交わしていた。いくつもの候補の中から、なかなか決めきれずにいたのだ。

「うーん、これも素敵だけど、少しインパクトに欠けるかしら…」

「こっちは悪くないが、年配の客には受けが悪いかもしれねえな…」

次から次へと出てくる課題に、さすがの私も少し疲れてきていた。ふと、うつらうつらと舟を漕ぎ始めていると、肩にふわりと何かが掛けられた。

見ると、ウルスラが自分の上着を私の肩に掛けてくれていた。

「少し休めよ。顔に『疲れた』って書いてあるぜ」

彼は、呆れたような、それでいて優しい声で言った。ランプの光に照らされた彼の横顔が、やけに大人びて見える。

「…ありがとう。でも、あなたこそ疲れているでしょう?」

「俺は平気だ。これくらい、慣れてるからな」

彼はそう言うと、私の隣の椅子に腰掛け、静かに帳簿をめくり始めた。彼の存在がすぐそばにある。その安心感に包まれて、私はいつの間にか、深い眠りに落ちてしまっていた。

次に目を覚ました時、私は自分の執務室のソファで横になっていた。窓の外は、すでに白み始めている。

(私、眠ってしまって…)

体を起こすと、肩に掛かっていた彼の上着が、はらりと滑り落ちた。そこには、彼の匂いが微かに残っている。

テーブルの上には、新しいラベルのデザイン案と、一枚の書き置きが残されていた。

『こいつでどうだ?ゆっくり休めよ。 ウルスラ』

そこに描かれていたのは、クライネルト家の紋章である百合の花と、ブドウの蔓を組み合わせた、シンプルながらも気品のあるデザインだった。一目で、気に入った。

彼は、私が眠っている間に、一人で完成させてくれたのだ。

その不器用な優しさに、私の胸は、きゅうっと締め付けられるように痛んだ。

仕事のパートナーとして惹かれているだけではない。私は、ウルスラという一人の男性に、どうしようもなく惹かれているのだ。

その事実を、もう誤魔化すことはできなかった。夜明けの静かな執務室で、私は一人、頬の熱が冷めないのを感じていた。
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