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私たちの商品が領地で評判になるにつれて、私の噂も様々な尾ひれがついて広まっていったらしい。
「婚約破棄の悲しみを乗り越え、領地改革に邁進する健気な令嬢」。どうやら、世間は私をそんな悲劇のヒロインに仕立て上げたいようだった。
そのせいで、また新たな求婚者が現れた。
今度の相手は、王家直属の騎士団で団長を務める、オスカー辺境伯。先のグライフ辺境伯とはまた違う家系の、生粋のエリート騎士だ。
彼は、まるで物語の王子様のように、純白の軍服に身を包んで私の前に現れた。
「ブリーナ嬢。あなたのお噂、かねがね」
彼は恭しく片膝をつくと、うっとりとした表情で私を見上げた。
「あなたのその気高さ、そして逆境に屈しない強いお心に、私は深く感銘を受けました。どうか、私の妻となり、その清らかな魂で、私の側を照らしてはいただけないでしょうか」
彼は、家柄でも金でもなく、私の「精神性」に求婚してきた。ある意味、これまでで一番厄介な相手かもしれない。
(気高さ、ですって…?ただ好きなことをしているだけなのだけれど…)
世間のイメージと、実際の私との間にある大きなズレに、私は内心苦笑するしかなかった。
「オスカー様。そのように私を高く評価してくださり、大変光栄ですわ」
まずは、当たり障りのない感謝を述べる。
「では…!」
期待に満ちた瞳で私を見る彼に、私は優しく、しかしきっぱりと告げた。
「ですが、お断りさせていただきます」
「な…なぜです!?私は、あなたの全てを受け入れる覚悟があります!あなたの心の傷も、私が必ず癒やしてみせます!」
彼は、私が婚約破棄で深く傷ついていると信じて疑わない様子だ。
「お心遣いには感謝いたします。ですが、オスカー様。どうやら少し誤解があるようですわ」
「誤解…?」
「ええ。私は、あなたが思っているような、清らかで気高い人間ではございませんの」
私は、悪戯っぽく微笑んでみせた。
「私はただ、退屈が嫌いで、面白いことが好きなだけの、我儘な女です。そして、何より…」
私は、彼の真っ直ぐな瞳を見つめて、はっきりと告げた。
「騎士様の掲げるような、崇高な正義や愛国心には、残念ながらあまり興味がございませんの。戦の話をされても、きっと退屈してしまうでしょう」
私の言葉に、彼は呆然と立ち尽くしていた。彼が思い描いていた「聖女ブリーナ」のイメージが、ガラガラと崩れ落ちる音が聞こえるようだった。
「ごきげんよう、オスカー様。あなた様のその気高さに相応しい、本当の聖女様が見つかりますよう、お祈りしておりますわ」
私がそう言って一礼すると、彼は何も言えないまま、夢遊病者のような足取りで館を去っていった。
その一部始終を、館の庭の木陰から、一人の男が見ていたことに、私はまだ気づいていなかった。
ウルスラは、私がまた求婚されているのを見て、いてもたってもいられずに様子を伺いに来ていたのだ。そして、私の鮮やかな断り文句を聞いて、安堵のため息をつくと同時に、どうしようもない焦りを覚えていた。
「…敵わねえな、本当…」
彼はそう呟くと、自分の気持ちに、そろそろ決着をつけなければならない時が来たことを悟ったのだった。
「婚約破棄の悲しみを乗り越え、領地改革に邁進する健気な令嬢」。どうやら、世間は私をそんな悲劇のヒロインに仕立て上げたいようだった。
そのせいで、また新たな求婚者が現れた。
今度の相手は、王家直属の騎士団で団長を務める、オスカー辺境伯。先のグライフ辺境伯とはまた違う家系の、生粋のエリート騎士だ。
彼は、まるで物語の王子様のように、純白の軍服に身を包んで私の前に現れた。
「ブリーナ嬢。あなたのお噂、かねがね」
彼は恭しく片膝をつくと、うっとりとした表情で私を見上げた。
「あなたのその気高さ、そして逆境に屈しない強いお心に、私は深く感銘を受けました。どうか、私の妻となり、その清らかな魂で、私の側を照らしてはいただけないでしょうか」
彼は、家柄でも金でもなく、私の「精神性」に求婚してきた。ある意味、これまでで一番厄介な相手かもしれない。
(気高さ、ですって…?ただ好きなことをしているだけなのだけれど…)
世間のイメージと、実際の私との間にある大きなズレに、私は内心苦笑するしかなかった。
「オスカー様。そのように私を高く評価してくださり、大変光栄ですわ」
まずは、当たり障りのない感謝を述べる。
「では…!」
期待に満ちた瞳で私を見る彼に、私は優しく、しかしきっぱりと告げた。
「ですが、お断りさせていただきます」
「な…なぜです!?私は、あなたの全てを受け入れる覚悟があります!あなたの心の傷も、私が必ず癒やしてみせます!」
彼は、私が婚約破棄で深く傷ついていると信じて疑わない様子だ。
「お心遣いには感謝いたします。ですが、オスカー様。どうやら少し誤解があるようですわ」
「誤解…?」
「ええ。私は、あなたが思っているような、清らかで気高い人間ではございませんの」
私は、悪戯っぽく微笑んでみせた。
「私はただ、退屈が嫌いで、面白いことが好きなだけの、我儘な女です。そして、何より…」
私は、彼の真っ直ぐな瞳を見つめて、はっきりと告げた。
「騎士様の掲げるような、崇高な正義や愛国心には、残念ながらあまり興味がございませんの。戦の話をされても、きっと退屈してしまうでしょう」
私の言葉に、彼は呆然と立ち尽くしていた。彼が思い描いていた「聖女ブリーナ」のイメージが、ガラガラと崩れ落ちる音が聞こえるようだった。
「ごきげんよう、オスカー様。あなた様のその気高さに相応しい、本当の聖女様が見つかりますよう、お祈りしておりますわ」
私がそう言って一礼すると、彼は何も言えないまま、夢遊病者のような足取りで館を去っていった。
その一部始終を、館の庭の木陰から、一人の男が見ていたことに、私はまだ気づいていなかった。
ウルスラは、私がまた求婚されているのを見て、いてもたってもいられずに様子を伺いに来ていたのだ。そして、私の鮮やかな断り文句を聞いて、安堵のため息をつくと同時に、どうしようもない焦りを覚えていた。
「…敵わねえな、本当…」
彼はそう呟くと、自分の気持ちに、そろそろ決着をつけなければならない時が来たことを悟ったのだった。
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