悪役令嬢は求婚しない

東山りえる

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「なあ、ブリーナ。そろそろ、俺たちも踊らないか?」

一曲のワルツが終わったタイミングで、ウルスラが私の耳元で囁いた。

「ええ、喜んで」

私は、彼の差し出す手を取った。

ウルスラに導かれて、ホールの中心へと進み出る。私たちの動きに、再び全ての視線が集中するのが分かった。

ウルスラのエスコートは、王都の貴族たちがするような、洗練されたものではないかもしれない。けれど、彼のリードは力強く、自信に満ちていて、私は安心して身を任せることができた。

くるり、とターンをするたびに、深紅のドレスの裾が、花のように広がる。

「…すごい注目度だな。まるで俺たちが主役みたいだ」

ウルスラが、楽しそうに笑う。

「ふふ、そうね。主役の座を、少しだけお借りしましょうか」

私も、悪戯っぽく笑い返した。

私たちの周りでは、貴族たちがひそひそと噂を交わしていた。

「あの男、何者なのだ?平民だと聞いたが…」
「立ち居振る舞いが、そこらの貴族より堂々としているぞ」
「ブリーナ様の隣にいても、全く見劣りしないわね…」
「もしかして、どこか外国の王族とか…?」

彼らの私に対する評価が、そしてウルスラに対する評価が、刻一刻と変わっていくのが面白い。人は、これほどまでに見た目と雰囲気で判断を変える生き物なのだ。

「楽しいか、ブリーナ?」

私の腰を支えるウルスラの腕に、少しだけ力がこもる。

「ええ。とても楽しいわ。あなたと、こうして一緒にいられるのが、何よりも」

素直な気持ちを口にすると、彼は一瞬驚いたように目を見開き、そして、とても優しい顔で微笑んだ。

「俺もだよ」

その短い一言に、彼の全ての気持ちが込められているような気がした。

音楽がクライマックスに達し、私たちのダンスも終わりを迎える。最後に優雅に一礼すると、どこからともなく、拍手が沸き起こった。最初はまばらだった拍手は、やがてホール全体に広がり、大きな喝采となった。

それは、私たちがこの場で、完全に認められた瞬間だった。

私は、ウルスラの腕の中で、満足げに微笑んだ。

壇上では、アルフォンス殿下が、まるで自分の手柄を横取りされたかのような、苦々しい顔で私たちを睨みつけていた。

その顔を見て、私は心の中でそっと呟く。

(殿下。私が欲しかったのは、あなたの隣で縮こまって咲く小さな花瓶の花ではありませんの。こうして、広い世界で、自分の足で立って踊ることのできる自由だったのですよ)

もう、あなたに未練はない。私の心は、この温かい腕の中にあるのだから。
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