悪役令嬢は求婚しない

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私の登場が巻き起こした衝撃の余波は、パーティーの間、ずっとホールを支配していた。

主役であるはずのアルフォンス殿下とリリアーナ嬢は、完全に脇役へと追いやられていた。誰もが、遠巻きに、あるいはあからさまに、私とウルスラの動向に注目している。

アルフォンス殿下の視線は、何度も、何度も、ダンスの輪の中で楽しげに談笑する私へと注がれていた。その瞳に浮かんでいるのは、もはや怒りや侮蔑ではない。困惑、焦り、そして、彼自身も気づいていないであろう、後悔の色だった。

（なぜだ…？なぜ、あんな顔で笑える…？）

彼の頭の中は、疑問符で埋め尽くされていた。

婚約破棄を言い渡した時、彼女は表情一つ変えなかった。慰謝料の話をすれば、それを「愛の巣の足しに」と皮肉たっぷりに断ってきた。そして今、自分の結婚を祝うパーティーに、見たこともない男を連れて現れ、誰よりも輝いている。

俺の知っているブリーナ・クライネルトは、いつも不満げで、プライドが高く、冷たい女だったはずだ。それなのに、今、俺の目の前にいる彼女は、自信に満ちあふれ、生き生きと輝いて見える。まるで、別人だ。

いや、違う。あれが、彼女の本当の姿だったというのか？俺との婚約が、彼女をあの冷たい人形のようにさせていただけだったというのか？

（まさか…）

その考えに至った時、アルフォンスの背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。自分が手放したものの本当の価値に、今更ながら気づき始めてしまったのかもしれない。

「殿下…？どうか、なさいましたか？」

隣に立つリリアーナが、不安げな声で彼を見上げていた。彼女の可憐な顔は、ブリーナが登場してからずっと、青ざめたままだ。

「…いや、何でもない」

アルフォンスは、力なくそう答えたが、その視線は再び、深紅のドレスを翻して笑うブリーナへと引き寄せられてしまう。

リリアーナは、そんなアルフォンスの様子を、震える思いで見つめていた。

（殿下は、ブリーナ様のことばかり見ている…）

自分が、この国の王太子妃になるのだ。それなのに、人々の注目も、そして何より、夫となるはずの殿下の心さえも、あの悪役令嬢に奪われている。

ブリーナ様のあの堂々とした美しさ。それに比べて、自分はなんてちっぽけで、色あせた存在なのだろう。

可憐な花嫁の心には、幸せなはずのパーティーで、初めて明確な不安と嫉妬の棘が、深く突き刺さったのだった。二人の間に生まれた不協和音は、華やかな音楽の調べの中でも、決して消えることはなかった。