25 / 30
25
しおりを挟む
アルフォンス殿下とリリアーナ嬢の結婚を祝う前夜祭パーティー。会場となった王宮のホールは、まばゆい光と人で埋め尽くされていた。
誰もが、今夜の主役である王太子と、その新しい花嫁に祝福の言葉を述べようと列をなしている。
その時だった。
ホールの巨大な扉が、ゆっくりと開かれた。そして、そこに現れた二つの人影に、会場にいた全ての人間が息を呑んだ。
一人は、燃えるような深紅のドレスに身を包んだ、絶世の美女。そして、その隣には、彼女をエスコートする、黒の礼服がよく似合う長身の青年。
「……ブリーナ・クライネルト…!」
誰かが、そう呟いた。
会場が、水を打ったように静まり返る。音楽さえも、止まってしまったかのようだった。
私、ブリーナ・クライネルトと、私のパートナーであるウルスラ・ベルクの登場は、それほどまでに衝撃的だったのだ。
私は、周囲の視線を一身に浴びながら、少しも臆することなく、背筋を伸ばしてホールを歩いた。隣にいるウルスラの、力強く、温かい手が、私を支えてくれている。
『まあ、なんて美しい…』
『隣の男は誰だ?見たこともない顔だが…』
『とても平民には見えないわ…』
『あのドレス…挑発しているのかしら…』
人々のひそひそ話が、波のように押し寄せてくる。
私は、そんな雑音には一切耳を貸さず、まっすぐに壇上を見据えた。そこには、今日の主役である、アルフォンス殿下とリリアーナ嬢が、呆然とした顔で立ち尽くしていた。
アルフォンス殿下は、私の姿を認めるなり、目に見えて動揺していた。彼の青い瞳が、信じられないものを見るように、大きく見開かれている。
リリアーナ嬢に至っては、顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうだった。彼女が身につけている純白のドレスが、私の深紅のドレスの前では、まるで色褪せて見えた。
私は、ゆっくりと彼らの前まで進み出ると、優雅にカーテシーをしてみせた。
「アルフォンス殿下、リリアーナ様。この度は、誠におめでとうございます」
私の声は、静まり返ったホールによく響いた。
「…ブリーナ。き、来てくれたのか…」
アルフォンス殿下が、ようやく絞り出した声は、ひどくかすれていた。
「ええ、もちろんですわ。お二人の晴れやかなお顔を、ぜひ拝見しとうございましたもの」
私は、にっこりと完璧な笑みを浮かべる。
「リリアーナ様、そのドレス、とてもよくお似合いですわ。まるで天使のよう。殿下がお選びになったのですか?さすがのセンスですわね」
私の言葉に、リリアーナ嬢はびくりと肩を震わせた。彼女は、私がてっきり自分に嫌味の一つでも言うと思っていたのだろう。
「殿下も、一段と凛々しくなられて。明日の結婚式が、今から楽しみでなりませんわ」
私は、心からの祝福を、笑顔で贈った。そこには、一片の憎しみも、未練も、嫉妬もなかった。
私のあまりにも余裕のある態度に、アルフォンス殿下は言葉を失っていた。彼は、私が惨めに打ちひしがれている姿を想像していたに違いない。その期待が外れ、彼のプライドは、今ごろズタズタになっていることだろう。
「さあ、皆様!堅苦しい挨拶はこれくらいにして、今宵は存分に楽しみましょう!新しい王太子妃の誕生を祝して!」
私がそう高らかに言うと、我に返った楽団が、慌ててワルツの演奏を再開した。
私は、立ち尽くす二人にもう一礼すると、ウルスラと共に、ホールの輪の中へと消えていった。
私の、完全な勝利だった。
誰もが、今夜の主役である王太子と、その新しい花嫁に祝福の言葉を述べようと列をなしている。
その時だった。
ホールの巨大な扉が、ゆっくりと開かれた。そして、そこに現れた二つの人影に、会場にいた全ての人間が息を呑んだ。
一人は、燃えるような深紅のドレスに身を包んだ、絶世の美女。そして、その隣には、彼女をエスコートする、黒の礼服がよく似合う長身の青年。
「……ブリーナ・クライネルト…!」
誰かが、そう呟いた。
会場が、水を打ったように静まり返る。音楽さえも、止まってしまったかのようだった。
私、ブリーナ・クライネルトと、私のパートナーであるウルスラ・ベルクの登場は、それほどまでに衝撃的だったのだ。
私は、周囲の視線を一身に浴びながら、少しも臆することなく、背筋を伸ばしてホールを歩いた。隣にいるウルスラの、力強く、温かい手が、私を支えてくれている。
『まあ、なんて美しい…』
『隣の男は誰だ?見たこともない顔だが…』
『とても平民には見えないわ…』
『あのドレス…挑発しているのかしら…』
人々のひそひそ話が、波のように押し寄せてくる。
私は、そんな雑音には一切耳を貸さず、まっすぐに壇上を見据えた。そこには、今日の主役である、アルフォンス殿下とリリアーナ嬢が、呆然とした顔で立ち尽くしていた。
アルフォンス殿下は、私の姿を認めるなり、目に見えて動揺していた。彼の青い瞳が、信じられないものを見るように、大きく見開かれている。
リリアーナ嬢に至っては、顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうだった。彼女が身につけている純白のドレスが、私の深紅のドレスの前では、まるで色褪せて見えた。
私は、ゆっくりと彼らの前まで進み出ると、優雅にカーテシーをしてみせた。
「アルフォンス殿下、リリアーナ様。この度は、誠におめでとうございます」
私の声は、静まり返ったホールによく響いた。
「…ブリーナ。き、来てくれたのか…」
アルフォンス殿下が、ようやく絞り出した声は、ひどくかすれていた。
「ええ、もちろんですわ。お二人の晴れやかなお顔を、ぜひ拝見しとうございましたもの」
私は、にっこりと完璧な笑みを浮かべる。
「リリアーナ様、そのドレス、とてもよくお似合いですわ。まるで天使のよう。殿下がお選びになったのですか?さすがのセンスですわね」
私の言葉に、リリアーナ嬢はびくりと肩を震わせた。彼女は、私がてっきり自分に嫌味の一つでも言うと思っていたのだろう。
「殿下も、一段と凛々しくなられて。明日の結婚式が、今から楽しみでなりませんわ」
私は、心からの祝福を、笑顔で贈った。そこには、一片の憎しみも、未練も、嫉妬もなかった。
私のあまりにも余裕のある態度に、アルフォンス殿下は言葉を失っていた。彼は、私が惨めに打ちひしがれている姿を想像していたに違いない。その期待が外れ、彼のプライドは、今ごろズタズタになっていることだろう。
「さあ、皆様!堅苦しい挨拶はこれくらいにして、今宵は存分に楽しみましょう!新しい王太子妃の誕生を祝して!」
私がそう高らかに言うと、我に返った楽団が、慌ててワルツの演奏を再開した。
私は、立ち尽くす二人にもう一礼すると、ウルスラと共に、ホールの輪の中へと消えていった。
私の、完全な勝利だった。
10
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
貴方の幸せの為ならば
缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。
いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。
後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……
婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。
aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます
・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。
気が付くと闇の世界にいた。
そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。
この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。
そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを――
全てを知った彼女は決意した。
「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」
※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪
※よくある悪役令嬢設定です。
※頭空っぽにして読んでね!
※ご都合主義です。
※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる