悪役令嬢は求婚しない

東山りえる

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数日後、私たちの馬車は、ついに王都の城門をくぐった。

領地ののどかな風景とは全く違う、ひしめき合う建物、行き交う人々の喧騒、そしてどこか張り詰めたような空気。久しぶりに訪れた王都は、以前と何も変わっていなかった。

クライネルト公爵家の王都屋敷に到着すると、残っていた使用人たちが、深々と頭を下げて私たちを迎えた。

「お嬢様、お帰りなさいませ!」

「ええ、ただいま。ウルスラ、ここが王都での私たちの拠点よ」

私がウルスラにそう言うと、彼は巨大な屋敷を見上げて、「こりゃまた、すげえな…」と感嘆の声を漏らした。

私の帰還の噂は、あっという間に王都の社交界を駆け巡った。

『クライネルトの令嬢が、王都に戻られたそうだ!』
『まあ!あの婚約破棄された…』
『なんでも、見たこともないような平民の男を連れているとか…』

街へ買い物に出かけるだけで、あちこちから好奇の視線が突き刺さる。貴族たちは、遠巻きに私たちを眺め、ひそひそと噂話を交わしていた。

「大人気だな、俺たち」

ウルスラが、面白そうに言う。彼は、そんな視線を全く意に介していない。その堂々とした態度が、私にはとても頼もしかった。

「ええ、注目の的ね。パーティー本番が楽しみだわ」

私は、わざと聞こえよがしにそう言って、微笑んでみせた。私の余裕ある態度に、噂話をしていた令嬢たちが、気まずそうに顔を伏せる。

パーティー前日。私は、侍女のエマと共に、戦いのための準備をしていた。

「エマ、ドレスはあれにするわ。一番、派手なやつを」

私が選んだのは、深紅のシルクをふんだんに使った、燃えるような色のドレスだった。肩を大胆に露出し、スカートには黒いレースが幾重にも重ねられている。それは、かつての私なら決して選ばない、情熱的で挑発的なデザインだった。

「まあ、ブリーナお嬢様…。とても、お似合いですわ」

エマは、鏡に映る私の姿を見て、うっとりとため息をついた。

「宝飾品は、ルビーのセットで決まりね。中途半端な感傷は不要よ。私は、悪役令嬢らしく、毒々しいほどに美しく着飾って、彼らの前に現れるの」

私の瞳には、決意の炎が燃えていた。

これは、単なる復讐ではない。新しい私を、幸せな私を、彼らに見せつけるためのパフォーマンスだ。

「ウルスラ、準備はできたかしら?」

支度を終えた私が声をかけると、隣の部屋から、見違えるような姿のウルスラが現れた。

彼は、クライネルト家が用意した、最高級の生地で仕立てられた黒の礼服に身を包んでいた。いつもは無造作な髪も整えられ、その姿はどこかの国の王子のようだ。

「……すごいな、あんた」

彼は、私のドレス姿を見て、言葉を失っていた。

「あなたこそ、とても素敵よ。まるで本物の貴族みたい」

「よせやい、柄にもねえ」

彼は照れくさそうに頭を掻いたが、その顔は満更でもなさそうだ。

「さあ、行きましょうか。私たちの舞台へ」

私は、ウルスラが差し出してくれた腕に、そっと自分の手を絡ませた。

二人の準備は、整った。後は、主役たちが待つパーティー会場へと乗り込むだけだ。王都の夜が、静かに始まろうとしていた。
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