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王都までの道のりは、数日を要した。
クライネルト家の紋章が入った豪華な馬車は、護衛の騎士たちに囲まれながら、街道を滑るように進んでいく。
馬車の中は、私とウルスラの二人きりだった。
最初は、少しだけ気まずい空気が流れていた。けれど、それもすぐに、いつものような心地よい沈黙に変わっていった。
「…なあ、ブリーナ」
窓の外を流れる景色を眺めていたウルスラが、不意に口を開いた。
「王都には、いい思い出、ねえのか?」
「そうね…。あまりない、かしら。私にとって王都は、義務と退屈をこなすだけの場所だったから」
私は、正直に答えた。
「妃教育、夜会、貴族たちとの腹の探り合い。楽しかったことなんて、一つも思い出せないわ」
「…そうか」
「でも」と、私は言葉を続けた。「あなたと出会ってから、毎日がとても楽しかった。領地での日々は、私の宝物よ」
私の素直な言葉に、ウルスラは少し照れたように視線を逸らした。
「俺もだよ。あんたと一緒に仕事を始めてから、毎日が嵐みたいだったが、面白くて仕方がなかった」
そんな他愛のない会話を重ねるうちに、私たちの心は、ゆっくりと近づいていく。
「ねえ、ウルスラ」
今度は、私から彼に問いかけた。
「なぜ、あなたは私についてきてくれたの?本当の理由を聞かせて」
彼は、少しの間ためらった後、意を決したように、私をまっすぐに見つめた。
「…心配だったんだ。あんたが、俺たちのいない場所で、また一人で泣いてるんじゃないかと思ってな」
「泣く?」
「ああ。あんたは、いつも気丈に振る舞ってるが、本当は無理してるんじゃないか、ってな。俺の前でくらいは、弱音を吐いてもいいんだぜ」
彼の不器用な優しさが、胸に沁みる。
「…ありがとう。でも、私はもう泣かないわ。だって、あなたは私の隣にいてくれるのでしょう?」
私が微笑むと、彼は「当たり前だ」とぶっきらぼうに答えた。その耳が、少し赤くなっている。
馬車が、夕暮れの宿場町に到着した。
その夜、宿の一室で、私たちは窓辺に並んで月を眺めていた。
「もしも」と、私が切り出した。「もしも、私が公爵令嬢ではなくて、ただの村娘だったら、あなたはどうしていたかしら?」
それは、ずっと聞いてみたかった質問だった。
彼は、私の問いに驚いたようだったが、すぐに真剣な顔で答えた。
「そうだな…。市場で出会った、ちょっと気の強そうな可愛い娘、ってところか。きっと、何度もアプローチして、飯に誘って、強引に口説き落としてただろうな」
「まあ、強引だこと」
「あんたくらいの女を落とすには、それくらいしねえと無理だろ」
彼は笑って、そして続けた。
「身分なんて、関係ねえよ。俺は、ブリーナ、あんた自身に惚れたんだからな」
それは、ほとんど告白だった。
私の心臓が、大きく高鳴る。月明かりに照らされた彼の横顔から、目が離せない。
「…私も、あなたが好きよ、ウルスラ」
自然と、言葉が零れ落ちた。
時が止まったかのような沈黙の後、彼はゆっくりと私の手を握った。その温かさが、私の全ての不安を溶かしていくようだった。
王都への道中、私たちは、ただのパートナーから、かけがえのない大切な人へと、確かな一歩を踏み出したのだった。
クライネルト家の紋章が入った豪華な馬車は、護衛の騎士たちに囲まれながら、街道を滑るように進んでいく。
馬車の中は、私とウルスラの二人きりだった。
最初は、少しだけ気まずい空気が流れていた。けれど、それもすぐに、いつものような心地よい沈黙に変わっていった。
「…なあ、ブリーナ」
窓の外を流れる景色を眺めていたウルスラが、不意に口を開いた。
「王都には、いい思い出、ねえのか?」
「そうね…。あまりない、かしら。私にとって王都は、義務と退屈をこなすだけの場所だったから」
私は、正直に答えた。
「妃教育、夜会、貴族たちとの腹の探り合い。楽しかったことなんて、一つも思い出せないわ」
「…そうか」
「でも」と、私は言葉を続けた。「あなたと出会ってから、毎日がとても楽しかった。領地での日々は、私の宝物よ」
私の素直な言葉に、ウルスラは少し照れたように視線を逸らした。
「俺もだよ。あんたと一緒に仕事を始めてから、毎日が嵐みたいだったが、面白くて仕方がなかった」
そんな他愛のない会話を重ねるうちに、私たちの心は、ゆっくりと近づいていく。
「ねえ、ウルスラ」
今度は、私から彼に問いかけた。
「なぜ、あなたは私についてきてくれたの?本当の理由を聞かせて」
彼は、少しの間ためらった後、意を決したように、私をまっすぐに見つめた。
「…心配だったんだ。あんたが、俺たちのいない場所で、また一人で泣いてるんじゃないかと思ってな」
「泣く?」
「ああ。あんたは、いつも気丈に振る舞ってるが、本当は無理してるんじゃないか、ってな。俺の前でくらいは、弱音を吐いてもいいんだぜ」
彼の不器用な優しさが、胸に沁みる。
「…ありがとう。でも、私はもう泣かないわ。だって、あなたは私の隣にいてくれるのでしょう?」
私が微笑むと、彼は「当たり前だ」とぶっきらぼうに答えた。その耳が、少し赤くなっている。
馬車が、夕暮れの宿場町に到着した。
その夜、宿の一室で、私たちは窓辺に並んで月を眺めていた。
「もしも」と、私が切り出した。「もしも、私が公爵令嬢ではなくて、ただの村娘だったら、あなたはどうしていたかしら?」
それは、ずっと聞いてみたかった質問だった。
彼は、私の問いに驚いたようだったが、すぐに真剣な顔で答えた。
「そうだな…。市場で出会った、ちょっと気の強そうな可愛い娘、ってところか。きっと、何度もアプローチして、飯に誘って、強引に口説き落としてただろうな」
「まあ、強引だこと」
「あんたくらいの女を落とすには、それくらいしねえと無理だろ」
彼は笑って、そして続けた。
「身分なんて、関係ねえよ。俺は、ブリーナ、あんた自身に惚れたんだからな」
それは、ほとんど告白だった。
私の心臓が、大きく高鳴る。月明かりに照らされた彼の横顔から、目が離せない。
「…私も、あなたが好きよ、ウルスラ」
自然と、言葉が零れ落ちた。
時が止まったかのような沈黙の後、彼はゆっくりと私の手を握った。その温かさが、私の全ての不安を溶かしていくようだった。
王都への道中、私たちは、ただのパートナーから、かけがえのない大切な人へと、確かな一歩を踏み出したのだった。
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