悪役令嬢は求婚しない

東山りえる

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王都への出発の日が、近づいていた。

父は約束通り、最高のドレスや馬車、宝飾品を手配してくれた。兄は、口では文句を言いながらも、腕利きの護衛騎士を何人も選りすぐってくれる。皆、それぞれのやり方で、私の戦いを応援してくれていた。

出発の前夜、私は一人、執務室で王都での立ち回りについて最終的な計画を練っていた。

コンコン、と扉がノックされる。

「ブリーナ、今、いいか?」

入ってきたのは、ウルスラだった。

「ええ、どうぞ。どうしたの?こんな時間に」

「いや…その…」

彼は、いつになく歯切れが悪かった。何か意を決したように、まっすぐに私の前に立つ。

「俺も、王都へ連れて行ってくれ」

「え…?」

予想外の申し出に、私は思わず聞き返した。

「あなたも…?どうして?」

「決まってるだろ。あんたを一人で行かせるわけにはいかねえよ」

彼の瞳は、真剣そのものだった。

「護衛なら、お兄様がつけてくれたわ。それに、あなたは商会の仕事があるでしょう?大事な時期なのに、大丈夫なの?」

「仕事なんざ、ゲオルグに任せておけば問題ねえ。それより、あんたの方が一大事だ」

彼は、私の肩にそっと手を置いた。その手は、少しだけ震えている。

「俺は、あんたのパートナーだろ?あんたが一人で戦いに行くってんなら、俺も一緒に行く。それが当然だ」

彼の言葉が、私の胸にじんわりと染み渡る。

彼は、私の決意を、私の戦いを、本当の意味で理解してくれていた。そして、その隣に立とうとしてくれている。

「…あなたが行っても、何の得にもならないのよ?むしろ、平民のあなたが公爵令嬢である私と一緒にいれば、好奇の目に晒されるだけだわ」

「上等じゃねえか。そんな視線、とっくの昔に慣れてるよ。それに、得になるかならないかで、一緒にいたいと思う相手を決めたりしねえよ、俺は」

その言葉は、まるでプロポーズのようだった。私の心臓が、ドキリと大きく音を立てる。

「…いいのね?本当に」

「ああ。俺は、あんたの隣にいたいんだ。王都のど真ん中で、あんたが胸を張って戦う姿を、一番近くで見ていたい」

その真っ直гуな瞳に見つめられて、断るなんて選択肢は、私にはなかった。

嬉しくて、心強くて、少しだけ泣きそうになるのを、私は必死でこらえた。

「…分かったわ。一緒に行きましょう、王都へ」

私がそう答えると、彼は心底安心したように、ふっと笑みを漏らした。

「ああ。任せとけ。最高の護衛になってやるよ」

彼が差し出してくれた、大きくて無骨な手。私は、その手を迷わずに握り返した。

一人ではない。その事実が、これからの戦いに向かう私に、何よりも強い力を与えてくれた。この手さえあれば、どこでだって戦える。そんな気がした。
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