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しおりを挟むあの衝撃的な夜会から数日。王都はヴォルグ侯爵家の話題で持ちきりだった。
私はティール家の屋敷に滞在し、兄のカイと共に、事後処理に関する報告を待っていた。
「ローズ、少し良いか」
書斎で資料を整理していると、兄が神妙な顔で入ってきた。
「お兄様、どうかなさいましたの?」
「ヴォルグ侯爵と繋がりがあった貴族たちのリストだ。騎士団が押収した帳簿から判明した」
兄が差し出した羊皮紙には、数多くの貴族の名前が連なっていた。
中には、王家の中枢にいる人物の名前も含まれている。
「……これほどまでに」
私は息を呑んだ。
ヴォルグ家の腐敗は、まるで大樹の根のように、国の深くまで張り巡らされていたのだ。
「彼らは今、蜘蛛の子を散らすようにヴォルグ家との関係を否定している。だが、中にはまだ、侯爵の復権を信じて、水面下で動いている者たちもいるようだ」
「まだ、終わったわけではないのですね」
「ああ。主犯は捕らえたが、残党狩りはこれからだ。決して油断はできない」
兄の言葉に、私は気を引き締める。
婚約破棄と告発は、あくまで戦いの始まりに過ぎなかった。
この国に巣食う闇を完全に浄化するまで、私たちの戦いは続くのだ。
「それと、もう一つ気になることがある」
「なんでしょう?」
「リリアナ・スチュワート嬢のことだ。彼女は早々に実家である男爵家に身柄を戻されたが、どうも様子がおかしいらしい」
「様子がおかしい、と申しますと?」
「あれだけの騒ぎを起こしたにもかかわらず、男爵家は何の咎めも受けていない。それどころか、父親であるスチュワート男爵が、最近、頻繁に財務省の官僚と接触しているとの報告がある」
その報告は、私の胸に小さな棘のように引っかかった。
あのリリアナ様が、このまま大人しく引き下がるとは思えない。
彼女は、あの可憐な仮面の下に、私とは違う種類の、底知れない野心を隠している。
「……わかりました。リリアナ様の動向については、私も注意しておきますわ」
「頼む。お前は、人の本質を見抜く力があるからな」
兄は私の肩を軽く叩いて、部屋を出ていった。
一人残された書斎で、私は窓の外を見つめる。
王都の空は、あの日以来、どんよりとした曇り空が続いていた。
まるで、まだ晴れきらぬ、この国の未来を暗示しているかのように。
(私たちは、巨大な竜の首を刎ねたのかもしれない。けれど、その体はまだ動き、毒を撒き散らそうとしている)
本当の勝利を掴むまで、私の『沈黙』は、まだ完全には終わらないのだと悟った。
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