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しおりを挟むその日の午後、アレクシス王子が、お忍びで屋敷を訪ねてきた。
貿易商の青年ではなく、隣国の王子として。
私は客間で、彼と向かい合っていた。
「先日の夜会では、多大なるご協力をいただき、心より感謝いたします、アレクシス殿下」
私が深く頭を下げると、彼は慌てたように手を振った。
「やめてください、ローズ嬢。頭を上げるのは、私のほうです。あなたの勇気と知略がなければ、我が国もヴォルグ家の不正を暴くことはできなかったでしょう」
「私は、私のなすべきことをしたまでですわ」
「その『なすべきこと』を成し遂げられる人間が、この世にどれほどいるか。……私は、あなたという方に、心から感服しております」
アレクシス殿下は、まっすぐに私を見つめて言った。
その熱のこもった視線に、どう反応していいか分からず、私はそっと目を伏せる。
「……それで、今後の裁判についてですが」
「ええ。私も証人として、法廷に立つつもりです。ヴォルグ家の罪は、断じて許されるものではありませんから」
彼のきっぱりとした口調に、安堵を覚える。
彼という強力な協力者がいることは、何よりも心強かった。
しばらく、沈黙が流れる。
気まずい沈黙ではなかった。互いの心中を探るような、穏やかな時間。
「ローズ嬢」
やがて、アレクシス殿下が口を開いた。
「この事件が、全て終わったら……改めて、ティール辺境伯家と、我がヴァイス王国との間で、正式な友好条約を結びたいと考えております」
「まあ、それは素晴らしいことですわ」
「ええ。そして……その友好の証として、何か形に残るものを、と」
殿下は、少しだけ言い淀んだ。その頬が、心なしか赤らんでいるように見える。
「……私と、あなたの間で、個人的な関係を築くことは、できないだろうか」
それは、あまりにも率直な申し出だった。
婚約が破棄されたばかりの私に、彼は隣国の王子という立場でありながら、真摯に気持ちを伝えてくれたのだ。
「殿下……」
「もちろん、急な話だとは分かっています。あなたの心が、まだ癒えていないことも。だから、今は答えを求めません。ただ、私のこの気持ちだけは、知っておいてほしかった」
彼の誠実な言葉が、私の心に温かく染み渡っていく。
長年、偽りの婚約と『悪役令嬢』の仮面に心を閉ざしてきた私にとって、それはあまりにも眩しい光だった。
「……光栄ですわ、アレクシス殿下。そのお言葉、心に留め置きます」
そう答えるのが、今の私には精一杯だった。
だが、私の心の中に、アイゼン様とは全く違う、確かな温かい感情が芽生え始めているのを、私ははっきりと自覚していた。
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