虹瞳〜落ちているモノを拾って食べてはいけません〜

詩悠

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2 .旅路

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 目的地……と言っても、目的地を見つけることこそがこの旅の目的と言っても過言ではない。だから情報収集をしながら進むことになる。
 一番いいのは情報源である、森のかみに聞くことだが、彼らの拠点は誰もしらないし、この混乱した時代に彼らは飛行船で移動するため、追跡も困難なうえ、神出鬼没で、探して会えるというものでもない。

 初日の到着目的地は県の警察機動隊のある辺り。場所は山の中だが、あの地域の海岸沿いの道は津波に流され、ことごとく使えないし、他はトンネルの中だ。その先に進もうと思えば、山を越えるルートしか選択肢はなく、あとはどこまで進めるかだが、最初からあまり無理はしたくないのと、情報収集しながらというのを加味すると、警察機動隊がある辺りが無難だろうと結論が出た。 
 出発地点から目標到達地点までは約三十km。ちょっと少な目の目標に思えるが、最後はそれぞれが約ニ十kg近くの荷物を背負い登り坂が続く道を歩くことを思えば、そう容易い道のりでもないだろう。


「ふぅ、あれが機動隊の建物ですよね?」

 緩やかな坂を登り上がり、しばらく山沿いに進み、今日の目的とした建物が見えてきた。
 それぞれが野宿できる装備も持ってきているが、できればどこか屋根のある所がいい。なんて思っているのは自分だけではないはず、そう思い、樹は隣りを歩く翔に尋ねる。

「ああ、あれが機動隊だな。中で休ませてもらえるといいが……。とりあえず、聞いてみよう。」

 近くには何かの工場や採石場、運送会社があったからか、トラックが整然と並んでいる広場があり、放置されたまま砂埃を被ったトラックの列を横に見ながら三階建ての無機質な建物の入り口に差しかかる。
 
 翔たちが建物の玄関に入る前に、作業着を着崩した男が建物から出てきた。
 男は某耳の取れたネコ型ロボットみたいな色のくたびれた襟つき作業着を着ており、髪もボサボサで、何日かそのままにしてあるのか、不精ヒゲもモジャモジャと生えている。
 控えめに言ってもずいぶんと汚い。
 
 まだ、日が暮れ出す前の時間帯、空が夕焼けに染まり始めるまでもう少し、外は当然まだ明るいが、電気のない建物は薄暗く、そこから出てきた男の表情はよく見えない。
 よく見れば、ボサボサの髪の毛とモジャモジャのヒゲの間の皮膚は皺もなく、男が若いことが分かるのだが、日が余り入らないために薄暗い建物の影で翔たちには男の年代など判りもしなかった。
 ただ、男のやさぐれたような雰囲気と薄暗いなか、男が着ている作業着の両腕の上部と太腿、それに腰ベルトの黄色さがいやに目立って、それ以上、踏み込んでは行けないような、近づき難い雰囲気を醸し出していた。
 
 ーー明らかに、自分たちは拒絶されている。
 
 翔たちが建物に近づいたのに気付き出てきた男は、そう感じるには充分な出立ちだった。


「ナニかご用で?」

 そして、予感を裏切らないぶっきらぼうで面倒だといわんばかりの応対だ。
 
 これが県民の安全を守り、秩序を守るためにある組織のなれの果てなのか、それともとっくに放置された建物に別の者たちが入り込んでいるのか、判断も予想もつけられないまま、それでも精一杯の丁寧さで翔は目の前の男に話しかけた。

「私たちは森のかみが話していた、鬼を討伐する方法を教えてくれる町を探して旅をしています。 今夜一晩、ひと部屋でもいいので、泊まらせてもらえませんか。あと、もしご存知でしたら、その町の情報を少しでも教えていただきたいのですが……。」

「おー にぃちゃんらアオの町を探してんのか!」
 
「ご存知なんですか!?」

 奥からがっしりとした体格のやっぱり髭がはえ放題の男が出てきた。身長も肩幅も広いがそれでもラグビーをしていた翔ほどではない。自分の鼻までぐらいの背丈の男に思わず前のめりに訊ねる。
 今日はここまで来る道中に道すがら訊ねながらきたが、自分たち以上のことを知っている人には会えなかったのだ。
 初日だから仕方がないとは思いつつも、先の見えない旅に不安は当然ある。初日だからと誤魔化しつつ歩いてきたが、少しでも新しい情報が入りそうな話につい前のめりな態度になってしまうのは当然だった。

「ああ、知ってるって言えるほど知っちゃぁいねぇけどな。 まぁ、そんな慌てんなや。 雑魚寝でいいなら、部屋を提供するから、まずはゆっくりしたらどうだ?」

「! 雑魚寝で構いません! ありがとうございます!!」

「ええぇー、指方さんは相変わらず甘いんだから。」

 最初に応対に出た男が不機嫌さを隠そうともせずにぶつぶつと文句を言っている。

「見たところ"荒らし"でもなさそうだし……まぁ、侵入が目的の連中なら、わざわざにはこねぇだろ。 ぶつぶつ言ってねぇで、ほらフジ、第三会議室に案内してやりな。」

「はいはい。 あんたたちこっちへどうぞぉ。」


 フジと呼ばれた男がしぶしぶという態度丸出しで声をかけ、背後を気にするでもなくさっさと歩き出した。
 翔は後ろを気にしないフジの後を樹に追わせ、自分はその場にとどまったままの指方からもう少し、詳しく話しを聞くために、指方の横に立つ。

「にぃちゃん、デケェなぁ。柔道かなんかやってたの?」

 翔が何か言う前に指方から話しかけられた。縦も横もがっしりとした体型を話しの取っ掛かりに使われるのは翔にとってはよくあることだ。

「災害があるまでラグビーをずっとしてました。」

 なので、いつもと変わらない答えを返す。

「ああ! 言われて見ればラグビーの体つきだな! 頼もしいなぁ。」

 自分の体型が頼もしいと言われることも五年前の災害以降、増えたことだ。
 それ以前は大き過ぎて圧迫感を与えるのか、怖がられることもたまにあったが、災害後は安心されることが多い。
 見るからに大きいと守ってもらえそうだと思うらしい。
 嬉しくもあるが、期待された働きが出来るかと言えば……そうとばかりも言えない。
 期待された分だけ、がっかりされることもあり、勝手に期待しといて!……とつい文句を言いたくなるときも正直ある。
 まぁ、見てくれだけで安心感を与えることができるのは嬉しいことではあるのだが。

「ありがとうございます。 それで先程の町の話なのですが」

「まぁ、ちょっと荷物でも置いてゆっくりしてからでもいいだろ。食べ物なんかは分けてやれねぇが、水の出るところは案内してやるよ。話は落ち着いて、それからでもいいだろう。」

「……はい。よろしくお願いします。」

 自分の気がき過ぎているのか、なんとはなく、はぐらかされているように感じてしまう。
 すっきりしないものを抱えたまま翔はみんなの後に続き、案内された部屋まで進んで行く。




 
「俺、柳葉真司と言います。……えっと、フジさんとお呼びしても?」

「いいよー。」

 会議室と呼ばれた机も何も無い部屋に荷物を置いた後、水場を案内すると言われ樹と翔、それに森山勇太と柳葉真司の四人が一番最初に対応に出たフジの後をついて歩いて行く。
 後のメンバーは荷物を置いた会議室でそれぞれ休んでいた。

「ここは以前、警察の建物だったと思うのですが、こちらにいらっしゃる皆さんは機動隊の方なんですか?」

 柳葉はこの案内してくれているフジや指方と呼ばれた四十代前後の男が着ていた服は機動隊の作業着だったと記憶しているが、二人とも余りに雰囲気がやさぐれて見えるため、確信が持てずにいる。 

「ああー、元ね。」

「……もと……。」

「ねぇ、あんたら、税金払ってる?」

「いえ……」

 フジに話を振られて、柳葉たち四人は全員首を振る。
 隕石の飛来から五年、度重なる災害で銀行は機能していないし、市役所、県庁なども機能しているかどうか判らないありさまだ。
 そんな状況で、税金など納められるわけもなく、また、住所が変わった者、収入の途絶えた者、財産の全てを無くした者も多く、災害で犠牲となった人、避難していった人たちの混乱で現在の人口を正しく把握さえ出来ていないのではないかと思われた。
 そんな状況では税金を徴収するのは困難をきわめるていることだろう。

「だよねー。もともと、オレらの給料は税金から出てたわけ。隕石の降ってきた最初の年はさ、給料もだいぶカットされたけど、それでもちょびっとは出たんだよ。でも、次の年は途中で打ち切り、その次からはずっと給料ないわけ。 そこから、ずっっっとね。 」

 ずっっっとね、でフジは柳葉たちをチラッと見たあと、また前を向き、話し出した。

「確かに、オレらは災害派遣なんかが本職なんだけど、……そりゃぁ、給料ちょっとカットされたからって、仕事はサボんないけどさ、全然、給料が出なくなると話変わってくんじゃん? オレらはかすみって、生きてるわけじゃないからね。 
 当然だけど、家族抱えているのもいるしさ。義務を果たさないヤツらのためには働けないの。 わかる?」

 最後に柳葉たちの方をまたチラ見し、フジはズンズンと進んで行く。

「でも、ここに住んでるんですよね?」

 ますます気まずい雰囲気になる中、空気を読むことをしない森山がフジに声をかけた。
 
「……そう。オレの実家はもう無いし、給料出てなくても、この建物を維持、管理してるのはオレたちだからね。 何? 公共の建物を不当占拠してるとでも言いたいの?」

「!! まさかっ、そんなつもりは……。」

 樹は焦っている森山を勇者だなぁと思い眺める。フジに視線を向けると、口で言うほど森山の発言を気にしたふうではなかった。
 こんなことは言われ慣れているのかも知れない。
 
 なんとも気まずい雰囲気のまま、建物の裏手、山の側にある東屋に案内される。
 そこは湧水が山肌から染み出す場所らしく、山肌から、パイプが出ており、そこから水が絶えず流れ落ちていた。

 「ここは地震の後で、水が出るようになったんだよ。簡易水質調査では問題なし。この山のこれ以上、上には民家や、建物も何も無いからね。 生で飲んでも腹を壊したヤツは名乗り出て無いから、まぁ、生で飲んでも死ぬほどのことはないと思うよ。」

 
 柳葉は案内してくれたフジに礼を言い、水が湧き出しているパイプの前に立つ。豊富に湧き出し、流れている水を見るとホッとする。
 飲み水は当然として、お風呂は無理でも、体を拭く水も充分に確保できそうだ。
 食料はもちろん大事だが、水の確保は最優先事項だ。
 水の豊富なこの国で水には困ることのほうが少なかった。しかし、水道が止まってから久しく。その間に、安全な水の確保が意外と難しいことと、水の大切さを嫌と言うほど思い知らされていた。
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