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第5話 パーティ
8 深い意味はないんだ
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「この女の記憶からいくと、おまえはこの男に弱いらしいな。今にしてもそうだ。おまえなら、こんな男の命など惜しむにもあたるまいに、顔色を変えて止めた。つまり、この女なら死んでも痛くも痒くもないが、この男だと困るわけだ」
雅美は無言のまま、得意げに笑う令子――影食いを睨みつけた。
元が凄まじい美貌の持ち主であるだけに、その迫力は常人のそれをはるかに上回っている。しかし、令子の表情は変わらない。
「ふふ、いい提供者ができたわ。嬉しかろう、男」
「――涙が出ますね」
「ほう、この状態でまだそんな冗談が言えるか? なかなか頼もしいわい」
令子は赤い唇の両端を吊り上げた。その体の下に落ちていた影が、すっと鬼頭のそれと重なる。
数秒後。
令子が糸の切れた人形のように地表に倒れ伏す。鬼頭は膝をついていたが、ゆっくりと立ち上がった。
「思ったとおりだ。この女とは比べものにならんほど居心地がよいわ」
鬼頭の声で影食いは言った。
雅美は眉の一筋も動かさなかった。
「短いつきあいだったな」
鬼頭の顔に動揺が湧いた。
「貴様……この男でも殺す気か?」
「仕方あるまい。自業自得だ」
「――血も涙もないとは貴様のことだな」
「おまえに俺のことは言えないと思うが」
雅美は右手の開閉を何度か繰り返した。
奥村の首を落とし、美津子を燃やした右手。そして今、鬼頭までも殺そうとしている。
そのとき、鬼頭の影が揺らめいた。そこから陽炎のようなものが立ちのぼる。
雅美はそれを見逃さず、右手を真一文字に払った。
「それが貴様の正体か?」
倒れ崩れる鬼頭を左腕一本で支えながら、雅美は地面を見下ろした。
そこには水アメ状のものが張りついていて、何か物言いたげにぶるぶると震えていた。
「ほう。声が出ないか? 人の影なしには?」
楽しげに雅美は目を細める。
「じき夜も明ける。夜だけしか活動できないということは、貴様も日の光は苦手だろう。そんな奴がまともに日干しにされたら、さて、どうなるか?」
水アメは抗議でもするように小刻みに体を震わせた。
――恐怖かもしれなかった。
「起きろ、ナルシシスト」
雅美はやはり左手で、鬼頭の右頬を二、三度叩いた。
「……わざわざ痛いほうのを叩くな。まだ痛いんだぞ。腫れてるんじゃないか?」
右目を開けて睨んでから、鬼頭は身を起こす。
「そんなものは、しばらく冷やしておけば治る。だが、死ねば人間それまでだぞ」
鬼頭は目を丸くして雅美を見た。
雅美のその言い方と態度は、まるで憤懣やるかたないというふうだったのである。
「怒ってるのか?」
「あんたは運が強い」
「運?」
「あいつがあんたから離れなかったら、俺はあんたを殺さなきゃならなかった」
何となく、雅美の顔を見ているのが面映ゆくなった鬼頭は、頭を掻きながらあさってのほうを向いた。
東の空はすでに明るくなってきていたが、影たちはまだダンス・パーティを続けている。
(ほんとにこいつ、俺を殺したのかな)
地表のどこかを見つめている雅美を、鬼頭はこっそり盗み見た。
影食いに体を乗っとられていた間の記憶はない。だから、その間に何が起こったのか、鬼頭には知る由もないのだが、雅美にぶたれた右頬が今でも妙に痛いなと思う。
「霧河……」
鬼頭がそう声をかけたときだった。
「ちょっとーっ、ここどこよーっ?」
令子の間の抜けた声が、二人の背後で上がった。
「羽鳥さん。――大丈夫?」
「大丈夫って? それより私、どうしてこんなところで寝てるの? 確か、霧河くんに言われて窓の前に立ったら、突然気が遠くなって……ねえ、何があったの?」
真剣にそう問う令子に、鬼頭は苦笑し、雅美は仏頂面をした。
「まあ、話せば長くなるけど……確かなのは、じきこの馬鹿げたパーティも終わるってこと」
「ふうん……? あら、あれ何?」
鬼頭が差し出した手につかまって立ち上がった令子は、例の影の集団を指さした。
すぐにその下の実体の〝影〟のほうにも気づき、息を呑む。
「こいつらが、一瞬のうちに消え失せたように見えたのは、そこにいる奴が影を食らったからだ。影がなければ、この世のものではない」
鬼頭の代わりに、雅美がいつもの無愛想な声で答えた。
「そこにいる奴って?」
雅美は顎で影食いを指した。一目見て、令子は眉をひそめる。
「ただの水たまりじゃないの?」
「そうだと思うなら触ってみるがいい。責任はとらんが」
令子は肩をすくめると、鬼頭に小さく舌を出してみせた。
「で、あの人たち、どうするの?」
「そいつが死ねば自由になる。――見ろ。夜明けだ」
雅美の声に、鬼頭と令子は朝焼けの空を見上げた。
太陽がゆっくりと地平線から昇ってくる。
周りにあるのは、もう夜の生ぬるい空気ではない。清涼な朝のそれだ。
眩い朝日を浴びた影食いは、いよいよ激しく体を痙攣させた。
「ねえ、こっちも見て」
令子に言われて目を巡らせると、あの影人たちがまだ踊りつづけていた。
いくらか薄らいできたとはいえ、月光の下とはまた違った美しさと気品とが彼らにはある。
「綺麗ね」
陶然と令子が呟く。それに雅美がすげなく応じた。
「なまじ影のほうが見栄えがいいな」
「またそんなこと言って……う。林さんのあれ、唐突に思い出しちゃった」
あわてて令子は自分の口を押さえたが、そんな彼女をもちろん雅美が気遣うはずもない。
「どうだ。これでもまだ取材がしたいか?」
「もーっ、たくさん! しないわ! 頼まれたってしないわよ!」
そう怒鳴り返してから、今度は鬼頭に向き直る。
「それより鬼頭さん。ついでだから、あの人たちに交じって一緒に踊らない?」
「へ?」
突然そんなことを言い出され、鬼頭は目を白黒させた。
「踊るって……俺、フォーク・ダンスくらいしかできないよ?」
「あんなもの、適当でいいのよ。ほら、早くしてよ。でないとあの人たち、消えちゃうじゃないの!」
「影なんだけどなあ」
雅美は何も言わず、地表を見やった。
その視線の先には、すでにその存在を忘れられている影食いがいたが、大きさは最初の半分くらいまで縮んでいた。
「あーっ、消えちゃう! もーこの際、霧河少年でもいいわ! 元華族ならダンスくらいたしなんでるでしょ!」
「え?」
一人物思いにふけっていた雅美は、急に自分に矛先を向けられて、珍しくたじろいだ。
「俺は駄目だ」
「私が相手だとやなわけね? だったら鬼頭さんと踊れば!」
令子は勝手に癇癪を起こしてそっぽを向く。
鬼頭と雅美は呆れて顔を見合わせた。
「どうしてそうなるんだ?」
そうこうしているうちに、影は完全に消失してしまい、芝生の上には疲労しきった紳士淑女が、魚河岸のマグロのごとく転がっていた。
「あーあ。とうとう消えちゃったじゃないの」
いかにも残念そうに令子は頬を膨らませる。地表に残っている本体には興味はないようだ。
「落ち着くべきところに落ち着いただけだ。ついでに奴も消えたぞ」
影食いは日光に蒸発でもしたか、それこそ、影も形もなかった。
それを少しの間見つめてから、鬼頭は口を開いた。
「霧河。一つだけ、どうしてもしっくりこないことがあるんだが」
「何だ?」
「どうして、奴はこんなことをしたんだろう? 一応理由らしきことは言っていたが、あれは俺にはとってつけたように聞こえた。霧河。おまえはどう思う?」
雅美はすぐには答えなかった。神々しい朝日を全身に受けながら、どこか遠くを見ていた。
そういえば、今初めて日の下の雅美を見ていることに、鬼頭はこのとき気がついた。
太陽の下でも、やはり雅美は美しかった。
「たぶん……」
雅美は静かに口を切った。
「奴も、夢を見たかったんだろう」
――夢。
そんな言葉が雅美の口から出ようとは、それこそ夢にも思わなかった。
だが、その答えは何より正解に近いのではないかと鬼頭は思った。
影が影ではない光景を、あの影食い自身が見たかったのだろう。自らもまた影であるがゆえに。
「そうか。夢か」
鬼頭は笑った。
「傍迷惑な夢だったな」
「まったくだ」
「あーっ、また二人だけでわかる話して!」
憤然と、令子が鬼頭と雅美の間に割りこんでくる。
「私にも、ちゃんと最初から説明してちょうだい。記事にできないじゃないの」
再び、鬼頭は雅美と顔を見合わせ、口の中で呟いた。
「げにたくましきは女なり」
「何か言った?」
「いえ、別に」
「俺はもう帰ってもいいな」
雅美はさっさと身を翻し、立ち去ろうとした。
「あ、雅美――」
言ってしまってから、自分で驚いた。
雅美も驚いたような顔をして鬼頭を見ている。
「いや、その、おまえの名前何だったっけなあ、なんて考えてたら、名字より先に名前が出てきて……別に深い意味はないんだ、深い意味は」
周囲が白けていると、ごまかし笑いもむなしいだけだった。
「かまわないが」
「え?」
「〝雅美〟でかまわないと言っている」
妙な間があいてしまった。脇で令子がにやにや笑っている。
「で? 何か俺に用があったんじゃなかったのか?」
「あ、ああ、帰るんなら、俺、自分の車で来てるから、一緒にどうかと思って……」
「もちろん、私も乗せていってくれるわよね?」
令子が鬼頭の腕に手をかけて、妖艶な流し目を投げてよこす。
「はいはい。もちろんです」
令子の手に目をやりつつ鬼頭は答えた。
この手で首を絞められたことを思い出しながら。
「だから……どうする? ――雅美」
雅美は二人が想像もしなかった行動に出た。
冷笑でもなく、嘲笑でもなく、にこやかに微笑んだのだ。
辺りが光とともに茫洋と霞んでしまうほど超絶した美しさに、鬼頭も令子も言葉を失った。
「その前に、警察に通報したらどうだ?」
そうと知ってか知らずか、雅美の声音は普段とまったく変わりなかった。
***
その後、この夜の怪事は、謎の猟奇殺人として世間の注目を浴びた。が、事件の関係者がいっさいの記憶を失っていたため――鬼頭たちも通報はしたが、記憶はないふりをした――謎のままに終わった。
令子は絶対記事にするんだと張り切っていたが、後日、真相が真相だけにどこへ持ちこんでもボツにされると、鬼頭に愚痴だらけのメールを送りつけてきた。
メールアドレス交換などしなければよかったと後悔しつつも、当たり障りのない返信をしたが、仕事で忙しいのか、再返信はなかった。
そして、当然のことながら、あの屋敷でパーティが行われることも二度となかったのである。
―END―
雅美は無言のまま、得意げに笑う令子――影食いを睨みつけた。
元が凄まじい美貌の持ち主であるだけに、その迫力は常人のそれをはるかに上回っている。しかし、令子の表情は変わらない。
「ふふ、いい提供者ができたわ。嬉しかろう、男」
「――涙が出ますね」
「ほう、この状態でまだそんな冗談が言えるか? なかなか頼もしいわい」
令子は赤い唇の両端を吊り上げた。その体の下に落ちていた影が、すっと鬼頭のそれと重なる。
数秒後。
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「思ったとおりだ。この女とは比べものにならんほど居心地がよいわ」
鬼頭の声で影食いは言った。
雅美は眉の一筋も動かさなかった。
「短いつきあいだったな」
鬼頭の顔に動揺が湧いた。
「貴様……この男でも殺す気か?」
「仕方あるまい。自業自得だ」
「――血も涙もないとは貴様のことだな」
「おまえに俺のことは言えないと思うが」
雅美は右手の開閉を何度か繰り返した。
奥村の首を落とし、美津子を燃やした右手。そして今、鬼頭までも殺そうとしている。
そのとき、鬼頭の影が揺らめいた。そこから陽炎のようなものが立ちのぼる。
雅美はそれを見逃さず、右手を真一文字に払った。
「それが貴様の正体か?」
倒れ崩れる鬼頭を左腕一本で支えながら、雅美は地面を見下ろした。
そこには水アメ状のものが張りついていて、何か物言いたげにぶるぶると震えていた。
「ほう。声が出ないか? 人の影なしには?」
楽しげに雅美は目を細める。
「じき夜も明ける。夜だけしか活動できないということは、貴様も日の光は苦手だろう。そんな奴がまともに日干しにされたら、さて、どうなるか?」
水アメは抗議でもするように小刻みに体を震わせた。
――恐怖かもしれなかった。
「起きろ、ナルシシスト」
雅美はやはり左手で、鬼頭の右頬を二、三度叩いた。
「……わざわざ痛いほうのを叩くな。まだ痛いんだぞ。腫れてるんじゃないか?」
右目を開けて睨んでから、鬼頭は身を起こす。
「そんなものは、しばらく冷やしておけば治る。だが、死ねば人間それまでだぞ」
鬼頭は目を丸くして雅美を見た。
雅美のその言い方と態度は、まるで憤懣やるかたないというふうだったのである。
「怒ってるのか?」
「あんたは運が強い」
「運?」
「あいつがあんたから離れなかったら、俺はあんたを殺さなきゃならなかった」
何となく、雅美の顔を見ているのが面映ゆくなった鬼頭は、頭を掻きながらあさってのほうを向いた。
東の空はすでに明るくなってきていたが、影たちはまだダンス・パーティを続けている。
(ほんとにこいつ、俺を殺したのかな)
地表のどこかを見つめている雅美を、鬼頭はこっそり盗み見た。
影食いに体を乗っとられていた間の記憶はない。だから、その間に何が起こったのか、鬼頭には知る由もないのだが、雅美にぶたれた右頬が今でも妙に痛いなと思う。
「霧河……」
鬼頭がそう声をかけたときだった。
「ちょっとーっ、ここどこよーっ?」
令子の間の抜けた声が、二人の背後で上がった。
「羽鳥さん。――大丈夫?」
「大丈夫って? それより私、どうしてこんなところで寝てるの? 確か、霧河くんに言われて窓の前に立ったら、突然気が遠くなって……ねえ、何があったの?」
真剣にそう問う令子に、鬼頭は苦笑し、雅美は仏頂面をした。
「まあ、話せば長くなるけど……確かなのは、じきこの馬鹿げたパーティも終わるってこと」
「ふうん……? あら、あれ何?」
鬼頭が差し出した手につかまって立ち上がった令子は、例の影の集団を指さした。
すぐにその下の実体の〝影〟のほうにも気づき、息を呑む。
「こいつらが、一瞬のうちに消え失せたように見えたのは、そこにいる奴が影を食らったからだ。影がなければ、この世のものではない」
鬼頭の代わりに、雅美がいつもの無愛想な声で答えた。
「そこにいる奴って?」
雅美は顎で影食いを指した。一目見て、令子は眉をひそめる。
「ただの水たまりじゃないの?」
「そうだと思うなら触ってみるがいい。責任はとらんが」
令子は肩をすくめると、鬼頭に小さく舌を出してみせた。
「で、あの人たち、どうするの?」
「そいつが死ねば自由になる。――見ろ。夜明けだ」
雅美の声に、鬼頭と令子は朝焼けの空を見上げた。
太陽がゆっくりと地平線から昇ってくる。
周りにあるのは、もう夜の生ぬるい空気ではない。清涼な朝のそれだ。
眩い朝日を浴びた影食いは、いよいよ激しく体を痙攣させた。
「ねえ、こっちも見て」
令子に言われて目を巡らせると、あの影人たちがまだ踊りつづけていた。
いくらか薄らいできたとはいえ、月光の下とはまた違った美しさと気品とが彼らにはある。
「綺麗ね」
陶然と令子が呟く。それに雅美がすげなく応じた。
「なまじ影のほうが見栄えがいいな」
「またそんなこと言って……う。林さんのあれ、唐突に思い出しちゃった」
あわてて令子は自分の口を押さえたが、そんな彼女をもちろん雅美が気遣うはずもない。
「どうだ。これでもまだ取材がしたいか?」
「もーっ、たくさん! しないわ! 頼まれたってしないわよ!」
そう怒鳴り返してから、今度は鬼頭に向き直る。
「それより鬼頭さん。ついでだから、あの人たちに交じって一緒に踊らない?」
「へ?」
突然そんなことを言い出され、鬼頭は目を白黒させた。
「踊るって……俺、フォーク・ダンスくらいしかできないよ?」
「あんなもの、適当でいいのよ。ほら、早くしてよ。でないとあの人たち、消えちゃうじゃないの!」
「影なんだけどなあ」
雅美は何も言わず、地表を見やった。
その視線の先には、すでにその存在を忘れられている影食いがいたが、大きさは最初の半分くらいまで縮んでいた。
「あーっ、消えちゃう! もーこの際、霧河少年でもいいわ! 元華族ならダンスくらいたしなんでるでしょ!」
「え?」
一人物思いにふけっていた雅美は、急に自分に矛先を向けられて、珍しくたじろいだ。
「俺は駄目だ」
「私が相手だとやなわけね? だったら鬼頭さんと踊れば!」
令子は勝手に癇癪を起こしてそっぽを向く。
鬼頭と雅美は呆れて顔を見合わせた。
「どうしてそうなるんだ?」
そうこうしているうちに、影は完全に消失してしまい、芝生の上には疲労しきった紳士淑女が、魚河岸のマグロのごとく転がっていた。
「あーあ。とうとう消えちゃったじゃないの」
いかにも残念そうに令子は頬を膨らませる。地表に残っている本体には興味はないようだ。
「落ち着くべきところに落ち着いただけだ。ついでに奴も消えたぞ」
影食いは日光に蒸発でもしたか、それこそ、影も形もなかった。
それを少しの間見つめてから、鬼頭は口を開いた。
「霧河。一つだけ、どうしてもしっくりこないことがあるんだが」
「何だ?」
「どうして、奴はこんなことをしたんだろう? 一応理由らしきことは言っていたが、あれは俺にはとってつけたように聞こえた。霧河。おまえはどう思う?」
雅美はすぐには答えなかった。神々しい朝日を全身に受けながら、どこか遠くを見ていた。
そういえば、今初めて日の下の雅美を見ていることに、鬼頭はこのとき気がついた。
太陽の下でも、やはり雅美は美しかった。
「たぶん……」
雅美は静かに口を切った。
「奴も、夢を見たかったんだろう」
――夢。
そんな言葉が雅美の口から出ようとは、それこそ夢にも思わなかった。
だが、その答えは何より正解に近いのではないかと鬼頭は思った。
影が影ではない光景を、あの影食い自身が見たかったのだろう。自らもまた影であるがゆえに。
「そうか。夢か」
鬼頭は笑った。
「傍迷惑な夢だったな」
「まったくだ」
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憤然と、令子が鬼頭と雅美の間に割りこんでくる。
「私にも、ちゃんと最初から説明してちょうだい。記事にできないじゃないの」
再び、鬼頭は雅美と顔を見合わせ、口の中で呟いた。
「げにたくましきは女なり」
「何か言った?」
「いえ、別に」
「俺はもう帰ってもいいな」
雅美はさっさと身を翻し、立ち去ろうとした。
「あ、雅美――」
言ってしまってから、自分で驚いた。
雅美も驚いたような顔をして鬼頭を見ている。
「いや、その、おまえの名前何だったっけなあ、なんて考えてたら、名字より先に名前が出てきて……別に深い意味はないんだ、深い意味は」
周囲が白けていると、ごまかし笑いもむなしいだけだった。
「かまわないが」
「え?」
「〝雅美〟でかまわないと言っている」
妙な間があいてしまった。脇で令子がにやにや笑っている。
「で? 何か俺に用があったんじゃなかったのか?」
「あ、ああ、帰るんなら、俺、自分の車で来てるから、一緒にどうかと思って……」
「もちろん、私も乗せていってくれるわよね?」
令子が鬼頭の腕に手をかけて、妖艶な流し目を投げてよこす。
「はいはい。もちろんです」
令子の手に目をやりつつ鬼頭は答えた。
この手で首を絞められたことを思い出しながら。
「だから……どうする? ――雅美」
雅美は二人が想像もしなかった行動に出た。
冷笑でもなく、嘲笑でもなく、にこやかに微笑んだのだ。
辺りが光とともに茫洋と霞んでしまうほど超絶した美しさに、鬼頭も令子も言葉を失った。
「その前に、警察に通報したらどうだ?」
そうと知ってか知らずか、雅美の声音は普段とまったく変わりなかった。
***
その後、この夜の怪事は、謎の猟奇殺人として世間の注目を浴びた。が、事件の関係者がいっさいの記憶を失っていたため――鬼頭たちも通報はしたが、記憶はないふりをした――謎のままに終わった。
令子は絶対記事にするんだと張り切っていたが、後日、真相が真相だけにどこへ持ちこんでもボツにされると、鬼頭に愚痴だらけのメールを送りつけてきた。
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