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第一部
第2話 空戦(dog fight)-2-
しおりを挟む飛は塗料弾に揺らめく機体を建て直し、唾を飲み込んだ。
「あのヤロ……入った、チクショ」
呟いた自分の声に、苛々した。
「ええわ、ついてこれるもんなら、ついてきてみぃ!」
グワンと翼を傾けると、空を切るように斜めに滑り降りた。
「邪魔や」
そう言うと、ダダダダと基地の端に立てられた時計塔に銃発を浴びせる。
ザンとその横をくぐり抜けると、小さな時計は風をもろに受け、ガタガタと揺れた。
後を行く瑛己は、その上を抜けたが、
「……掃除当番、決定ですね」
秀一が苦笑しながら呟いた。
時計塔は見るも無残に、腕の悪いペンキ塗りのおかげで、その美観をぶち壊しにされていた。
「さて」
ジンが腕の時計を見た。「そろそろか」
正午の時報まで、残り3分。
「フィナーレは、どちらが取るか」
磐木の、細い瞳が一層深く細められた。
海に出た所で、飛の動きが早さを増した。
「クッ」
ついていくので手一杯だった。これだけ動きが激しくては、撃った所で海を汚すだけだ。
と、一瞬の隙に、視界から機体が消えた。
認識するより早く、操縦桿を押し倒した。カッカッカという笑い声にも似た銃声がして、光が空を飛んでいった。
空を見上げた。いつの間にか、飛の艇影は高く高く空の向こうにあった。
その時、基地の方からウォーンというサイレンの音が鳴り響いた。
それを合図にしたかのように、キラと、飛の機体が太陽に反射した。
途端だった。飛が急降下を始めた。
(くる)
瑛己は操縦桿を手前に引いた。
降下する飛と、上昇する瑛己。
――勝負や。
飛が呟いたのが、瑛己には聞こえた。
空に、二つの鳥が、交差する。
ダダダダダダ
カツンカツンと塗料弾がかすめる中、激突間際、お互いの機体がギリギリをかわして抜けた。
サイレンが、静かに音を緩め始めていた。
そしてそれが本当に聞こえなくなった時、二人同時に大きく深呼吸したのは……ここだけの話。
◇ ◇ ◇
離陸時は真っ青だった機体。着陸した時、それは別の物となっていた。
被弾した塗料弾によって、きれいに染め上げられた機体に、瑛己は苦笑し、飛はカカカと笑った。
そして、陸《おか》に戻ったそんな2人を出迎えた磐木は。
まず、2人をぶっ飛ばした。
「……ッタタター!! な、何するんスか、磐木隊長!!」
情けない声を上げる飛を磐木は睨みつけ、そして瑛己を見据えた。
「誰が、基地の上を飛んでいいと言った」
「……」
瑛己はギクリと顔をしかめた。
「すいません……」
「せや! 海の上限定や言うとったのに! 俺は、お前が行くから仕方なく―――」
そんな事言う飛に、瑛己は嫌そうな顔をした。海に出てから始めろという命令を無視して、最初に撃ってきたのはどこのどいつだ。
「誰が、基地の設備に銃口を向けろと言った」
ギクリ。今度は飛が笑顔を引きつらせる番だった。
磐木がチラリと見た方向には、数年前、何かの記念で立てられたという時計塔が、物言わず訴えている……。
「せやかて」
「問答無用」
――結局。午後から二人は仲良く、施設の掃除、そして飛空艇を磨く作業にいそしむ事になった。
◇ ◇ ◇
「……はぁー、めっちゃ、疲れたわぁ」
運ばれてきた麦酒《ビール》にチビリと口をつけると、そのまま飛はテーブルに突っ伏した。
歓迎会という名目で、瑛己は飛と秀一に誘われ、昨日の酒場に赴いたのだが……。
「お疲れ様」
それを見て、秀一はニコニコと笑ってそう言った。
「しゅぅー、お前、どんだけハードやったかわかっとんのか? ノンキそうな顔しやがって……なぁ、瑛己ぃ!」
瑛己はそ知らぬ顔で麦酒を飲んでいたが……ポリポリと頭を掻いて呟いた。「確かに少し、疲れた」
「少しぃ? はぁ、俺繊細やで。超・うるとら・すーぱーに疲れたわ」
それにハハハと笑う秀一を、飛は睨みつけ、またテーブルに突っ伏した。
「だけど本当に凄かったです、聖さん!」
瑛己はチラリと秀一を見、そして気のない様子で麦酒を飲んだ。
だが秀一のその言葉に、突然飛が息を吹き返した。「せやせや!」と跳ね起きると、瑛己に向かって乗り出した。
「お前、中々やるやないか。まぁ、まだまだ俺には及ばんが……素質はあるわ。うん。気に入ったで」
「そりゃどーも」
瑛己は軽く返事をした。……ひょっとしたら、会話するのも億劫なくらい疲れていたのかもしれない……。
だが自称・繊細な空戦マニアは、麦酒には目もくれず、声を響かせ言った。
「【海蛇】3機抜けたっていうのも、あながちや思った。まぁ、これからもっと厄介な連中の相手してかなアカンで。下手な奴がきて、足引っ張られたらたまらんと思っとったトコや」
その言葉に、ピクリと瑛己と秀一の動きが止まった。
「ん?」それに気づいた飛が、眉をしかめた。「何や、急に神妙な顔しおって」
「飛。その話だけども」
「何や?」
秀一はチラリと瑛己を見た。瑛己はやれやれと大きく溜め息を吐くと、昨日の事を、秀一に言ったのと同じ台詞《セリフ》で話した。
「――何やて」
途端。瑛己の顔が変わった。
「会《お》うた……? 今何て言うた? 誰に会うたと」
瑛己は答える代わりに麦酒を飲んだ。
「空(ku_u)……!!」
自分で呟くと、ダンとテーブルを叩いた。
「で!!?? 戦《や》ったんか!? まさか、倒したんか!!??」
「落ち着いて、飛」
「秀! これが落ち着いていられるか!! 瑛己、答ろ!! 空(ku_u)と戦ったんか!!?? あの傷は、そん時のもんか!!??」
「……違う。あれは、空賊にやられたものだ。さっきも言っただろ」
だが、瑛己の言葉など耳に入らなかったように、飛は「ぐあぁぁ!」とうめいた。
「チクショ、ええなぁ……!! 俺かて、ずーっと飛んでるのに……何で会えへんのやろ? クソ、お前、マジで運がええなぁ」
「……」
運。瑛己は聞きたくない単語に、そっぽを向いた。冗談じゃない。
移動の途中空賊に遭い、命からがら基地に着いたと思ったら、翌日さっそく模擬とはいえ空戦をさせられる……これのどこが、運がいいと言えるのか。
「飛は、空(ku_u)と戦うのが夢なんですよ」
ニコニコと秀一が言った。それに飛が「お前が言うと、緊迫感がない」と嘆いた。
「それに、戦うのが夢やない。倒したる。それだけや」
空に生きるもんなら、誰もが思う事やろ。そう言って、ようやく飛は麦酒を手に取った。
「強いもんと戦いたい。俺が飛ぶ、唯一無二の理由《ワケ》や」
味など関係ないようにグイと飲むと、案外静かにテーブルに置いた。
「それで散ったら、悔いはない。空で死ねたら、本望や」
「……」
その時。ふっと、店内の音楽が変わった。
その曲に、瑛己はドキリと顔を上げた。
「お前は何で、飛ぼう思ったんや? どうして空軍に入ったん?」
飛に聞かれ、瑛己は少し驚いたように目を開いた。
「……」
小さく、別に、特に理由はないがと呟いた。
だが。瑛己は心の中で呟いた。
――〝空の果て〟が見たいだけだ。と
苦笑した。
ジンは、夜空を見ながら煙草を吹かしていた。
「……で?」
その隣には、磐木がいる。磐木は腕を組んで、睨むように明後日を見ていた。
「どう見ました、あいつの腕」
「……」
「確かに被弾数は聖の方が多い……が、」ジンは星から目を背けると、バージニアスリムを軽く噛んだ。「うまい事、急所を避けている」
もしもあれが実弾だったら。そこで言葉を切って、ジンは磐木の見つめる明後日に目を向けた。
「聖は、それでもどうにか飛べたかもしれない……『天海《てんかい》』からでも、基地に帰ったかもしれない」
「……」
「だが飛は。弾によっては―――最初の被弾で、飛の飛空艇はぶっ飛んでた」
「……」
「偶然だったのか、単に運がよかっただけなのか……どちらにしても」
そう言って、ジンは磐木を見た。
「最後の『七ツ』、見つかったみたいですね」
「……」
磐木はの表情は、何一つ変わらなかった。
ジンは煙草を吹かした。
そして再び、夜空を見上げた。
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