名前を棄てた賞金首

天樹 一翔

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第7話 決戦

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 キッドのあとについていくホーク。下に降りて、サソリとムカデが保管されている通路
を通り、鋼鉄生物製造広場に辿り着く。

 土台のような機械に置かれている鋼鉄生物は、冷気で鋼鉄を纏った巨大なサソリやムカデの体を冷やしている。それが、縦にズラリと並べられていて、一つのオブジェのような扱いだ。そして中央には、それらを遥かに凌駕するほど大きな機械があり、人の形によく似ている。

 言葉が詰まるホーク。自分が見ているのは夢と現実どちらか分からないと錯覚するほど信じがたい光景。

「何――だいこれ――は?」

「驚くのも無理はない。これは保安官が長年の年月を費やして完成させた兵器だ。そしてこれを動かすのは貴様の持っているそれが必要だ」

 キッドはホークの持っている皮袋に視線を向けた。

「生憎だけどそれは出来ないね。カーリーがこのクリスタルを使って金儲けをしていることは知っている。それに、鋼鉄生物は水がエネルギーだそうじゃないか。だから世界の水は枯渇した。そして、この町だけが水が豊富になった。そういう事だろ?」

「なかなか調べているじゃないか。だが、保安官はそれを渡さない限り、あの女を引き渡してはくれないと思うがな」

 ホークはその言葉に俯き、握った拳が震えている。何か遠いものを見据えているようにも思える。

「ボクはアイツのために何もしてやれないのか」

 あまりにも小さい声で、キッドにその言葉は届いていない。しかし彼には何故か届いていた。

「誰のことは知らないがつまりそういうことだ。それを渡さなければこの女は渡さん。ホーク・ブラッド」

 白髪の保安官のカーリーは、縄で体を縛って身動きが取れないセシリアを連れている。そのセシリアがウォーカーの正体を知って驚いている。

「アナタ、大盗賊のホークだったの――? あのクリムゾンホークの元首領(ドン)」

 ホークは帽子を深く被り顔を隠し、そうだよと一言。

 それを聞いたセシリアは複雑そうな表情を浮かべていた。俯いてがっかりしているのが一目で分かる。

「早く逃げて、私は賞金首に助けられるなら死んだ方がマシよ。それにどうせ卑怯な手を使うんでしょ?」

「ボクはそんなことはしない!」

 ホークの言葉に、高らかに笑うカーリー。それが少し納まると拍手をしてホークに近付く。

「傑作だなホーク・ブラッド。帰ってもいいそうだぞ?」

 終始ニヤニヤした笑みを浮かべて、この状況を楽しんでいるようだ。ホークはカーリーを睨むが、それモロともせず、銃をセシリアの額に突き付けている。

「さあて、どうするホーク・ブラッド」

 皮袋を持っていた左手は緩み、曇った表情を浮かべながら仕方なくカーリーに差し出す。それを手に取り、口角を吊り上げながらセシリアを突き放す。

 その瞬間、銃声とともにセシリアは崩れ落ちていく。ホークは彼女を受け止めて様子を見てみると、背中を撃たれていたのだった。

「貴様アアアアア!」

 体全身に血管が浮かび上がり、目は鷹のように鋭く、裂けてしまうのではないのかと思うほど大きな口を開けて怒号を放った。

 銃を向けるも、過去の友の死が再びフラッシュバックして、引き金を引くことが出来ない。カーリーはそれをいいことに、昨日怪我をしていた足に向って発砲。

 全身の力が一気に抜けて、地面に崩れ落ちかけるが、何とかして堪える。するとカーリーはまた発砲。今度は右足が負傷し、両足がガクガクと震えて歩く自由を奪われる。セシリアを抱えたまま、ホークはとうとう地面に崩れ落ちる。

「私には――私には病に侵された十二になったばかりの弟がいるの……たくさんのお金が必要なの……」

 セシリアの体温は下がっていき、涙を浮かべている瞳はだんだん光を失いかけている。体全身が痙攣を起こしていて酷い状態だ。

 そんな状態でも、彼女は光を失いかけている瞳でホークを真っ直ぐ見る。

「喋らなくいい」

「し、死ぬわけにはいかないわ」

 首を異常なまでに左右に振りながら、泣きなが微笑む姿は見ていられない。ホークはセシリアの頬を撫でながら喋るなと言い続ける。

「骨のない奴だ」

 そう吐き捨てると、あの鋼鉄に覆われた人間の形をした機械に向っていく。チャンスはここしかない。そう思ったホークはゆっくりとカーリーにコルトを向けた。頭を狙って発砲しようとしたその時、ホークは背中に何かを刺されて激痛が走り、手からコルトがすり落ちて発砲を阻止された。

 苦しんでいるホークの前に現れたのは、鋼鉄の鎧を身に纏った四十ミリのムカデ。

「クッソ――」

 コルトをそのムカデに発砲してみたが全く効かず、弾は金属音を鳴らして落ちた。
 背中に刺された神経毒が血管中を駆け巡る。
 
 全ての五感が鈍っていく。目は霞み、セシリアに触れている手の感覚が無くなっていき、徐々にカーリーとキッドの会話が聞こえなくなっていく。ニオイを感じる事もできず、咄嗟に自分の血を舐めてみるが、血の独特な鉄の味がしない。

「……んな毒が……のか――」

 そして、自分の声すら聞こえない恐怖に陥れられるホーク。

「見ろ! 鋼鉄サソリに刺されて、あのホーク・ブラッドが恐怖で震えているぞ!」

 アクアクリスタルを持って高らかに笑うカーリー。それを見ているキッドは不服そうな表情を浮かべ俯いていた。

 それに気付いたカーリーはキッドを睨めつける。

「何だ? その顔は?」

「やはり違う。保安官、いやカーリー。貴様はやはり間違えている」

「ほう、私に口答えするのか」

「ああ。俺は貴様の世話などいらん」

 キッドが銃を心臓に突き付けると、カーリーは両手を挙げて降伏の意思表示をしているが、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。キッドはそれが不服で仕方ない。

「何がおかしい」

「貴様の負けだ」

 口角を吊り上げて不気味な笑みを浮かべるとともに、キッドは腹部から血を流して床に倒れ込む。

「よくやったガウス」

「勿論だ。ホークとキッドを殺すと、高額な懸賞金が貰えるしのう」

 相変わらず豪快に笑うガウスだが、どこか不気味さすら感じ取れる。カーリーは人型の巨大な機械の中に入って黒い革の椅子に座り、アクアクリスタルを窪みに嵌めこみ、中にある様々なボタンを押して起動させる。

『いい実験材料がある』

 右に九十度回転させえて、ホークのいる方向へ機械は動く。動きは遅いが動く気配がないホークには十分だ。カーリーはアルファベットの文字盤を叩き右腕を動かした。

『ガウス、操作方法はあっているな?』

 頷くガウス。そして、再びアルファベットの文字盤を叩くと右の掌をホークに向けた。

『最先端の科学技術を思い知るがいい』

 そのとき、目を瞑っているホークがフラフラになりながらも立ち上がった。カーリーはそれを見て舌打ちをする。

『何も見えない、何も聞こえない、何も感触がない、何も味がしない、何も臭わないのに何が出来ると言うんだ!』

 と、カーリーの守っているガラスのシールドにひびが入る。ホークのコルトから煙が出ていて、発砲したあとなのが分かる。視界が悪く撃ったことに全く気が付かなかったカーリーは眉間に皺を寄せて歯軋りをしていた。

『小癪な!』

 そう言ってボタンを押すが機械は何も作動しない。操作に戸惑っていると、ホークと倒れていたセシリアの姿なくなっていた。

『ガウス!』

 ガウスは名前を呼ばれて戸惑っていた。目の前に浮浪者のような足取りで、向ってくホークがいるのに、カーリーの方を優先するかどうか。そして、仕方なくカーリーの方に向った。

『これはどう動かせばいい?』

 保安官の表情は焦っていた。いつもと違い落ち着きがない。

「焦る必要はない。体を百八十度回転させて、アルファベットの文字盤の隣にある緑と赤のボタンを同時に押せばえんじゃ」

 カーリーはその指示通りにして再び掌を向けた。だが、ホークがこちらにコルトを向けている。そしてまた引き金を引き、弾丸がガラスを割った。そのガラスの破片がカーリーの体に刺さってしまう。

『もういい殺せ!』

 ガウスはその指示を待っていたかのように、パーカッション式シングルアクションの44口径リボルバー、コルトM1848をホークに向ける。

その瞬間、ガウスの頭は鮮血を噴射させながら吹き飛んだ。その頭は床についたと同時に、頭蓋を割る鈍い音を鳴らし床に転がった。

「さ、せ……ん」

 そう言ってガウスの頭を飛ばしたのは、コルトライトニングを持つキッドだった。これを見たカーリーはアルファベットの文字盤を拳で叩く。その拳から流れる血は、椅子にポタポタと落ちている。

 今度こそはと、痺れる手を我慢して先程と同じ要領で操作をし、掌を向けてホークに向けた。狙いが定まるとENTERと書かれた文字盤を押す。すると、赤いレーザーが発射され、それに直撃して宙を舞うホーク。

 頭を床に強打させて仰向けに倒れ込む。ゆっくりと近付き狂喜の笑みを浮かべるカーリー。

『しぶとい奴だ』

 その瞬間光が辺りを包んだ。数秒してそれが止むと、そこには直径三ヤードほどの穴が開いていた。空いた穴の周りから煙が出ている。底が深く、真っ暗で何も見えない。

『地獄の底に落ちていったぞ!』

 カーリーがそう喜んでいる間にも、その人型機械の、股の間に隠れていたホークが不敵な笑みを浮かべていた。

「ボクの勝ちだよカーリー」

 機械の下に潜んでいたホークが、機械の裏にあった赤いコアを発見して、そこにコルトの残りの三発の弾をコアに向ってぶっ放す。

 カーリーは喜んでいるのも束の間、嵐が吹き荒れたような轟音がこの機械の中で響いた。そして視界はみるみる傾いていく。全身の毛穴から噴き出る冷や汗。危険を察知して機械の中から脱出しようとしたがすでに遅かった。

 機械は前方に見えていた穴に迫る。そして、強い衝撃がカーリーを襲い、正面を向いたときの右側の鉄の扉に額を強打。ガラスが血塗られてしまった。

 機械は穴に埋まったまま抜けない状態になっていた。ホークはそこで倒れ込む。

「疲れた」

 ホークはゆっくり目を閉じた。
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