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三周目

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 昼休憩時間だけあって食堂は非常に賑やかで、購買部の人気のパン争奪戦なども行われている。白液学園の男たちが男を漁るために互いにけん制し合い、気持ちの悪いフェロモンを垂れ流す姿に比べたら、なんと健全で爽やかな光景なのだろうと貴一は口元を緩める。

「おっと」

 よく前を見ずに走ってきたのだろうか、貴一の背に誰かがぶつかった。176㎝の決して小さいとは言えない貴一にぶつかってきたのは、身長は160㎝そこそこであろう華奢で小柄な男子生徒のようであった。もとい男子生徒だった。(だって嫌になるぐらい男子校なのだから)

「痛ってぇ、こらお前、ちゃんと前を向いて歩かないと危ないだろ!」

 相手の体格差をもろともせずに、人差し指を突き出してこちらに説教を垂れる小柄な男子生徒。その頭は不自然なもじゃもじゃした黒い髪の毛で覆われており、牛乳瓶の底のようなぶ厚い眼鏡をかけている。
 ぶつかって来たのはそっちだろうと一瞬思うが、社会に出たらその対応はいささか良くはない。こういう時に無難なのは

「ごめん、大丈夫? けがはない?」

 ひとまず相手の安否を気遣うことだ。異論や文句はその後と相場が決まっている。けれども貴一はそこそこ人格者なので「ごめんなぁ、考え事して歩いていたから、ぼんやりしてたかもしれない」と言葉を繋げた。

「何だそっか。気にすんなよ! 誰にでもそういう時あるからさ!」

 お前は気にしないのかよ、こういう時は俺も悪かったじゃないのかよと、貴一の目の前の男子生徒に対する好感度は早くも下がり始めている。軍隊のような強豪校の野球部に所属していた貴一は、礼儀知らず=死と教えられてきたのだ。

「お前、名前は?」

「……一宮」

「名字なんて堅苦しいなぁ、名前だよ! 俺は……」

「おい何やってるんだ? ユウ」

 後ろから貴一を牽制するようにやってきたのは、生徒会長の山久 明彦(やまひさ あきひこ)だ。白液学園の生徒会長にして、抱かれたい男ナンバー1の人気者だそうだ。
 無論くどいようではあるが、この学園は生粋の男子校である。
 ……もう、驚かない。ここはこういう世界観なんだからと貴一は早々にクソBLゲーの謎設定に順応することにした。

「騒がしいですね、どうかしたのですか、サイオンジさん?」

 6月も半ばだというのに、常に手の甲に3本線が入った白手袋を外さず潔癖症のケすら感じられる銀髪のスタイリッシュ眼鏡は、生徒会副会長樋山 忠信(ひやま ただのぶ)だ。
 どうやら生徒会長と生徒会副会長からの情報を統合させるに、目の前の牛乳瓶眼鏡の名はサイオンジ ユウという名前らしい。

「よう明彦、忠信ぅ! こいつは新しい俺の友達! 名前は……」

「貴一、なにユウにちょっかいかけているんだ!」

 ぬっと現れたのは非常に機嫌が悪そうな東頭だった。その隣で「ユウにわざとぶつかっていったように見えたが」と鋭い目線を隠そうともせずに睨み付けているのは、哀しいことに奥山風紀委員長だ。
前回はあんなに親身になってくれたのに、今回はどうやら貴一を敵認定しているらしい。

「何言ってんだよ! 貴一がそんなことするわけないだろ! 俺の友達に酷い事言うな!」

 お前の友達になった覚えはない。貴一の内なる声は誰にも届くことはなさそうだ。周囲の目線がユウという少年に移った隙に、貴一は薄目でメニュー画面を開き、それぞれの好感度を確認する。
今のところ東頭、奥山、山久生徒会長、樋山生徒会副会長の貴一に対する好感度は低といったところだ。

「……!」

 3週目でようやく気付いた機能とでもいうべきか、各キャラの「ほかのキャラへの」好感度を見ると、皆、ユウに対する好感度が非常に高くなっていた。

「なるほど」

 どうやら台風の目はサイオンジユウで間違いがないのだろう。そして何故か知らないが攻略対象キャラは皆、ユウと仲良くなりたくて仕方がないといったところだろうか。

「ユウ、君? もしかして転校生って君だったのか」

「ん、おう、そうだぜ! よろしくな貴一!」

 礼儀は知らないくせに握手をしようと手を伸ばしてくるユウの手を嫌々取ろうとしたら、パシリと何者かにその手を弾かれる。

「……ユウに、触るな」

 敵意丸出しでこちらを睨みつけてくるのは、生徒会書記の犬飼 修(いぬかい しゅう)だろう。伸びた前髪とたどたどしい口調から貴一はそう判断する。
 メニュー画面など開かなくても、貴一に対する好感度は最低値だろうと容易に想像できた。

「そもそも、俺は昼を買いに来ただけだ。アンタ達がここに留まってたら周囲に迷惑がかかる。席に着いたらどうだ?」

 生徒会、抱かれたい男ナンバー1やら2やら何故だか知らぬが容姿に特化した者たちのみが入れる謎の組織、そんな者たちが集結したのなら周囲も騒がしくなってしまうだろう。現に可愛らしい男の子たちの黄色い声援が、既に耳に刺さるレベルで五月蠅い。

「今のアンタ達は、生きてるだけで迷惑をかけている」

「な!?」

 情報通のフェイバリットヤマザキより、貴一は生徒会や風紀委員の一部の人間(この場合は奥山だ)が転校生の謎の魅力に勾引かされて、業務も疎かになっていると聞いていた。
 今は生徒会はほぼ機能しておらず、辛うじて会計や顧問が業務を回しているのがその現状だ。

 この学園には生徒会特権やら風紀委員の特権やらいろいろあるらしいが、それを転校生に対して余すことなく使ったり使わせたり、言ってしまえば職権乱用をしているらしい。
 さほど面識のない生徒会長共はどうでもよいが、前回の奥山を知っていた貴一は、ただただそれが悲しかった。

「勉強も遊びも恋愛も全力で打ち込めばいいと思う。でも公私混合で生徒会や風紀委員の仕事もなおざりなのは、駄目だろう人として。生徒として」

 逆上したのか、胸倉を掴み衝動的に殴り掛かって来た山久生徒会長を腰投げで返り討ちにすると、貴一は悲し気な表情を湛えたまま目の前の男たちと向き合う。
 そして、心の悲しみが癒えぬまま樋山生徒会副会長にアイアンクローを食らわせて沈黙させると、悲痛な面持ちで書記の犬飼に手刀を食らわせてその場に蹲らせる。

 怯え切った表情の東頭は、親愛の証に鯖折りを食らわせ、内心こいつが最も強いだろうと懸念していた奥山に対しては、禁じ手にはなるが軽く金的を食らわせたのちに、敬愛の念を込めた頭突きを食らわせた。

「……え、えぇ~……めちゃめちゃ悲しみ免罪符にするじゃん」

 貴一の悲しみとその言動が、まるで伴っていない。貴一VS生徒会+風紀委員長+東頭の連合軍の戦い、いや一方的なリンチを目撃した生徒会会計の上杉 綺羅(うえすぎ きら)は、食堂の柱の隅で、早くこの嵐が過ぎ去りますようにとただひたすらに祈っていた。
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