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第1章

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『沙樹』
 夜。沙樹のスマホに電話が入った。
「お兄ちゃん」
『ただいま』
「え?もう帰って来たの?」
『音楽番組に出る予定があったから』
「そうなの?」
 中継にしないで戻って来て出演するのは珍しい。いつもレコーディングの間に出演依頼があると、中継にするかキャンセルをする。
 だけど帰国してまで出演するのは、きっと柚子の為なんだろうと、沙樹は感じていた。
「またすぐにアメリカ行くの?」
『一週間後に』
「そうなんだ」
『元気か』
「うん」
 沙樹の声を聞いて、安心したかのように輝は「そっか」と答えた。
『1日、オフあるけど』
「そうなの?」
『実家には顔出せねぇな』
「お母さん、心配してるよ」
『心配されるような歳じゃねぇや』
 困ったというような口ぶりで言う輝に、沙樹はほっとする。
 沙樹にとって輝は、幼い頃から心の拠り所だった。父親に連れてこられてやって来た高幡家。初めて見る屋敷に驚き、初めて見る兄貴たちに驚かない訳がない。母親に至っては、最初は父親に対して怒鳴っていた。それが沙樹のことが原因だと、幼い頃にはもう分かっていた。
 連れて来られたあの日。高幡の母親は、一度は他の部屋に籠っていたが、幼い女の子を放ってはおけなく世話を焼き始めた。沙樹はどうしたらいいのか分からないまま、世話を焼かれていた。
 その次の日には兄貴たちは沙樹を構い出していた。
 高幡家には女の子はいないから、物珍しかったのもあった。母親は女の子が欲しかったから、沙樹の為に走り回った。幼稚園にも通っていなかった沙樹の為に、急遽入園手続きをしてきた。半年足らずで卒園するのに、行かせない選択はなかった。沙樹の為の洋服や日用雑貨も必要となり、店を父親に押し付けて走り回って買いそろえた。
 父親が自由に使っていた部屋を奪い、沙樹の為の部屋を作った。父親が自由に使えていた部屋があったことに、沙樹は今となって驚いた。父親は高幡家の婿養子と聞いた時に「え!?」と叫んだくらいだった。
 高幡家は祖母も一緒に暮らしていた。姑がいる中でよく女遊びをしていたなと、沙樹は思ってる。それとも家にいたくなくて女遊びをしていたのだろうか。
 祖母は沙樹にも優しく接してくれた。祖母も女の子が欲しかったのだ。よく沙樹に昔の遊びを教えてくれていた。そんな祖母も今はもういない。

『学校の方はどうだ?』
「ん。楽しいよ」
 その言葉は輝を驚かせた。
『それは良かった』
 心底安心したように言う輝の声は、沙樹を包み込んだ。
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