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第4章
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隣ですやすやと眠る沙樹の髪の毛に、崇弘は自分の指を絡ませている。あの後何度も沙樹を抱いたことに、後悔はないが申し訳なさもあった。
行為が終わった後に、沙樹に風呂に入るかと聞いたが、沙樹は首を横に振るだけだった。ぐったりとした沙樹はそのまま眠ってしまうくらい、崇弘は沙樹を抱いた。
(よく今まで耐えてたな)
以前の自分を褒めてやりたいと思う。そのくらい、沙樹を見ると性欲を抑えられなくなっている。
「……ん」
寝返りを打つ沙樹は、一向に起きる気配はなかった。
「好きだよ」
眠る沙樹にそう言って、掛け布団をかけ直すと自分も瞼を閉じた。
◇◇◇◇◇
目を覚ますと、崇弘はもう起きていて身支度を整えていた。
「あ。目、覚めた?」
沙樹の顔を覗き込むと、にっこりと笑った。
「これから仕事だからもう行くよ。沙樹は大学休みだろ」
「ん……」
「ゆっくり寝てな」
「でも……」
「身体、キツイだろ」
その言葉通りに、身体は怠くて仕方ない。
「鍵だけはしてな」
ちゅっと沙樹にキスをして、寝室を出ていこうとする。仕事が忙しいのは知ってる。デビューしてからずっと人気のバンド。忙しくないわけがなかった。
「タカちゃん……」
「ん?」
振り返ると、ファンの子が知らない崇弘の顔。こんなにも優しい顔の崇弘は、テレビ上では見られない。カッコいい顔の崇弘ならいつでも見られるが、こんな優しく甘い顔は、きっと沙樹にだけだろう。
「いってらっしゃい」
掛け布団を目のあたりまでかけてる沙樹が、堪らなく可愛いと感じる。そんな状態で言われちゃ、我慢が出来なくなる。
沙樹のところに戻り、もう一度キスをした。
「いってきます」
パタンと、寝室のドアが閉まり、更にリビングのドアの音が聞こえる。そして数秒遅れて玄関のガシャンという、金属音が響いた。その音を聞いて、起き上がった。
沙樹はなにも着けていない状態で、それがまた恥ずかしい。薄い掛け布団を身体に巻き付け、玄関まで行く。鍵をかけ、バスルームへ行くと湯船にお湯を溜める為に、スイッチを入れた。
◇◇◇◇◇
この日はバイトはなかった。ゆっくりとお風呂に入り、洗濯をして掃除をした。リビングに出しっぱなしになっていた教材を片付け、冷蔵庫の中を覗く。
「あ…、そっか」
なにも入ってないことに気付いて、なにか買って来ようとバッグを手にした。
実家からは充分な仕送りを貰っている。それに加えて、近くのコンビニでバイトをしている。
由紀子は沙樹が困らないようにと、多めに仕送りをしているのだが、沙樹も負担をかけないようにとバイトを始めていたのだ。
(お母さんは知らないだろうなぁ)
崇弘と付き合ってるということ。沙樹の相手が、まさか輝の友人だとは思わないだろう。知ったらどんな反応するか、不安で仕方ない。
マンションを出たところに、零士のファンらしき女性がいるのに気付く。
(ファンの子…)
このマンションに越してくる時に、柚子がカーテンは替えてと言ったのだ。さくらとまだ一歳にもならない奏多がいるから、引っ越しを手伝うことは出来なかった。
なぜカーテンを替えてと言ったのか、その時の沙樹は分かっていなかった。
買い物を済ませ、マンションに戻ってきた沙樹は、さっきの女性がまだマンションの前にいることに気付いた。不振に思ったが、ここに零士が住んでるとファンなら知っている。ただそれは数年前の話で、今はもう住んではいない。そのマンションを、沙樹が借りている。
マンション内に入ると、女性も着いてきた。
(……?)
沙樹は気付かないふりをして、エレベーターのボタンを押す。エレベーターが一階に到着し、ドアが開く。その中に女性は真っ先に入り、沙樹が入る前にドアを閉めた。
「なんなの?」
ドアが閉まったエレベーターを見て、呆気に取られる。エレベーターがどこに行くのかなんて、検討がつく。
じっとエレベーターの動きを、階を示すランプを見ていた。
「10階……」
10階は零士のマンションの部屋がある。
沙樹は不安を覚えながらも、もう一度エレベーターのボタンを押した。
沙樹が10階に着くと、あの女性がウロウロと表札を見て回っていた。
(探してる?)
分かっていたが、気付かないふりをして、その女性の横を通りすぎた。そして部屋の前に行くと鍵を出した。
ガシッ。
と、ふいに腕を掴まれた。振り返ると、女性が沙樹の腕を掴んでこっちを見ていた。
「な、なに?」
「ここ、REIJIのマンションよね?」
「え」
「だから、REIJIのマンション!」
沙樹は驚いて目を見開く。
「違います」
「違わない!」
女性は部屋を確信していたようで、沙樹に詰め寄る。
「REIJIに会わせて!」
「し、知りませんよ…」
女性の勢いに圧倒されて、恐怖を覚える。沙樹の腕を掴む力も強い。
「ここに住んでるのは分かってるの!」
「いません。ここは私が住んでるんです」
「違うわ!REIJIのマンションよ!」
このやり取りがずっと続いて、埒が明かない。それをたまたま帰宅してきた他の部屋の住民が、警察に電話を入れてくれた。
「災難だったわね」
ふたつ隣の住民は、キレイな大人の女性だった。
「前もあったの。その時はREIJIと奥さんが住んでて、奥さんはお腹が大きかったの」
「え」
「奥さん、それで怖くなったのか早めの里帰り出産で実家に帰っちゃったのよ」
(柚子ちゃん……)
「そのまま戻って来なくなって、REIJIもここに住むことなくなっちゃったのよ」
その話を聞いて合点がいく。柚子がなぜカーテンを替えてと言ったのか。カーテンが同じだと、そこにまだ零士がいると思われるからだ。
「これからもああいう人、来るかもよ」
女性はそう忠告して部屋に入って行った。その姿を見送って、沙樹も玄関を開けて入っていった。
行為が終わった後に、沙樹に風呂に入るかと聞いたが、沙樹は首を横に振るだけだった。ぐったりとした沙樹はそのまま眠ってしまうくらい、崇弘は沙樹を抱いた。
(よく今まで耐えてたな)
以前の自分を褒めてやりたいと思う。そのくらい、沙樹を見ると性欲を抑えられなくなっている。
「……ん」
寝返りを打つ沙樹は、一向に起きる気配はなかった。
「好きだよ」
眠る沙樹にそう言って、掛け布団をかけ直すと自分も瞼を閉じた。
◇◇◇◇◇
目を覚ますと、崇弘はもう起きていて身支度を整えていた。
「あ。目、覚めた?」
沙樹の顔を覗き込むと、にっこりと笑った。
「これから仕事だからもう行くよ。沙樹は大学休みだろ」
「ん……」
「ゆっくり寝てな」
「でも……」
「身体、キツイだろ」
その言葉通りに、身体は怠くて仕方ない。
「鍵だけはしてな」
ちゅっと沙樹にキスをして、寝室を出ていこうとする。仕事が忙しいのは知ってる。デビューしてからずっと人気のバンド。忙しくないわけがなかった。
「タカちゃん……」
「ん?」
振り返ると、ファンの子が知らない崇弘の顔。こんなにも優しい顔の崇弘は、テレビ上では見られない。カッコいい顔の崇弘ならいつでも見られるが、こんな優しく甘い顔は、きっと沙樹にだけだろう。
「いってらっしゃい」
掛け布団を目のあたりまでかけてる沙樹が、堪らなく可愛いと感じる。そんな状態で言われちゃ、我慢が出来なくなる。
沙樹のところに戻り、もう一度キスをした。
「いってきます」
パタンと、寝室のドアが閉まり、更にリビングのドアの音が聞こえる。そして数秒遅れて玄関のガシャンという、金属音が響いた。その音を聞いて、起き上がった。
沙樹はなにも着けていない状態で、それがまた恥ずかしい。薄い掛け布団を身体に巻き付け、玄関まで行く。鍵をかけ、バスルームへ行くと湯船にお湯を溜める為に、スイッチを入れた。
◇◇◇◇◇
この日はバイトはなかった。ゆっくりとお風呂に入り、洗濯をして掃除をした。リビングに出しっぱなしになっていた教材を片付け、冷蔵庫の中を覗く。
「あ…、そっか」
なにも入ってないことに気付いて、なにか買って来ようとバッグを手にした。
実家からは充分な仕送りを貰っている。それに加えて、近くのコンビニでバイトをしている。
由紀子は沙樹が困らないようにと、多めに仕送りをしているのだが、沙樹も負担をかけないようにとバイトを始めていたのだ。
(お母さんは知らないだろうなぁ)
崇弘と付き合ってるということ。沙樹の相手が、まさか輝の友人だとは思わないだろう。知ったらどんな反応するか、不安で仕方ない。
マンションを出たところに、零士のファンらしき女性がいるのに気付く。
(ファンの子…)
このマンションに越してくる時に、柚子がカーテンは替えてと言ったのだ。さくらとまだ一歳にもならない奏多がいるから、引っ越しを手伝うことは出来なかった。
なぜカーテンを替えてと言ったのか、その時の沙樹は分かっていなかった。
買い物を済ませ、マンションに戻ってきた沙樹は、さっきの女性がまだマンションの前にいることに気付いた。不振に思ったが、ここに零士が住んでるとファンなら知っている。ただそれは数年前の話で、今はもう住んではいない。そのマンションを、沙樹が借りている。
マンション内に入ると、女性も着いてきた。
(……?)
沙樹は気付かないふりをして、エレベーターのボタンを押す。エレベーターが一階に到着し、ドアが開く。その中に女性は真っ先に入り、沙樹が入る前にドアを閉めた。
「なんなの?」
ドアが閉まったエレベーターを見て、呆気に取られる。エレベーターがどこに行くのかなんて、検討がつく。
じっとエレベーターの動きを、階を示すランプを見ていた。
「10階……」
10階は零士のマンションの部屋がある。
沙樹は不安を覚えながらも、もう一度エレベーターのボタンを押した。
沙樹が10階に着くと、あの女性がウロウロと表札を見て回っていた。
(探してる?)
分かっていたが、気付かないふりをして、その女性の横を通りすぎた。そして部屋の前に行くと鍵を出した。
ガシッ。
と、ふいに腕を掴まれた。振り返ると、女性が沙樹の腕を掴んでこっちを見ていた。
「な、なに?」
「ここ、REIJIのマンションよね?」
「え」
「だから、REIJIのマンション!」
沙樹は驚いて目を見開く。
「違います」
「違わない!」
女性は部屋を確信していたようで、沙樹に詰め寄る。
「REIJIに会わせて!」
「し、知りませんよ…」
女性の勢いに圧倒されて、恐怖を覚える。沙樹の腕を掴む力も強い。
「ここに住んでるのは分かってるの!」
「いません。ここは私が住んでるんです」
「違うわ!REIJIのマンションよ!」
このやり取りがずっと続いて、埒が明かない。それをたまたま帰宅してきた他の部屋の住民が、警察に電話を入れてくれた。
「災難だったわね」
ふたつ隣の住民は、キレイな大人の女性だった。
「前もあったの。その時はREIJIと奥さんが住んでて、奥さんはお腹が大きかったの」
「え」
「奥さん、それで怖くなったのか早めの里帰り出産で実家に帰っちゃったのよ」
(柚子ちゃん……)
「そのまま戻って来なくなって、REIJIもここに住むことなくなっちゃったのよ」
その話を聞いて合点がいく。柚子がなぜカーテンを替えてと言ったのか。カーテンが同じだと、そこにまだ零士がいると思われるからだ。
「これからもああいう人、来るかもよ」
女性はそう忠告して部屋に入って行った。その姿を見送って、沙樹も玄関を開けて入っていった。
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