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第5章
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「やっぱ、柊さん怖ぇ……」
沙樹の実家から崇弘のマンションへと戻って来た途端、崇弘はそう発した。崇弘からしたら、柊は相当怖い人で優しいとは思えなかったのだ。そのことが沙樹は不思議だった。
「柊兄、優しいのに」
「沙樹には優しいんだよ」
少し情けない顔をして、沙樹に振り返る。
「沙樹は妹だから」
(そういうもんかな)
沙樹にはよく分からないことだった。
「しかし……」
ソファーに座った崇弘は、沙樹を抱き寄せる。
「ほんと、輝はオフクロさん似だな」
輝は子供の頃から由紀子にそっくりだった。由紀子のようなはっきりとした目。由紀子のような白い肌。由紀子のような黒髪。そのすべてが母親にそっくりだった。
「それにしても」
崇弘は沙樹を抱き締めながら言う。
「お前の本当のお母さんの話が出ることに、驚いてるんだが」
「え」
「普通に話してるじゃん。それが不思議なんだが」
「高幡では当たり前のことなんだけど」
「そうなのか?」
「うん。私が高幡に来た時から、ずっとだよ」
高幡家の人たちは、沙樹が気を遣わないように、紗那の話をしてきた。最初は遠慮がちに話を返していた沙樹だったが、それが当たり前になっていった。
初めて紗那のことを聞かれたのは、「どんな人だったのか」ということ。それに対して沙樹は「やさしい」と答えた。でもまだ小さかった沙樹は、そのことを覚えていない。
「みんなには感謝してるんだ」
沙樹はそう呟く。
「高幡のお母さんは、私のことを恨むくらいの存在なのに、私を本当の娘のように育ててくれたの」
崇弘に抱かれたまま、沙樹は由紀子のことを話す。
「私にとって高幡のお母さんは、本当のお母さん以上の存在なの」
「じゃ沙樹にはふたりのお母さんがいるってことだな」
崇弘はそう言って、沙樹の頬にちゅっとキスをした。
◇◇◇◇◇
崇弘を家族に会わせてから暫くして、柊が沙樹が住む零士のマンションにまでやって来た。
不機嫌な顔をした柊は、マンションの中をキョロキョロと見る。
「なんでそんな風に見てるの」
呆れた沙樹は、柊に言う。
「アイツ、ここに来てるんじゃないだろうな」
柊だけは崇弘のことを認めていなくて、崇弘がマンションに来ていないか確認しに来たのだ。
「なんでそこまでタカちゃんのこと、毛嫌いするの」
「毛嫌いっていうか……」
モゴモゴと言う柊。そんな柊に顔を向けると、柊は困った顔をしていた。
「柊兄……」
「…アイツが嫌なんじゃねぇよ」
「じゃなんで」
「お前に男が出来たことが嫌なんだっ」
真っ赤になって言う柊は、誰を連れてきても納得しないのだろう。そんな柊の気持ちが、沙樹には理解出来なかった。
「ワケ分かんない」
プイッとそっぽを向いた沙樹に、柊は言った。
「なぁ、沙樹」
柊の呼び掛けに返事はしない沙樹に、柊は続ける。
「本当にアイツでいいのか?」
沙樹より13年上の兄は、心配そうに見る。その視線を感じながらも、沙樹は何も答えない。
「アイツは、輝のダチだ。けど、芸能人だ。この際、10離れてることはどうでもいい。アイツの周りには女がいっぱいいるだろ。そのことでお前が傷つくのは嫌なんだよ!」
沙樹の目の前に来て、顔をじっと見る柊は、本当に心配そうにしている。柊は、沙樹と崇弘が別れていた時のことを、後から聞かされその時の沙樹の様子を不思議に思うことなかった。その時の沙樹の様子に気付いてやれなかったことを、悔やんでいる。だからこそ、そう言うのだ。
「タカちゃんじゃなきゃ、嫌……」
そう言う沙樹に、柊は項垂れた。
◇◇◇◇◇
『柊、そっちに行ったって?』
電話の相手は糾。柊から話を聞いて電話をかけてきたのだ。
「ん……」
スマホをスピーカーにして、ローテーブルに置き、教材に目を通している沙樹は、気のない返事を返した。
『しょうがねぇな、アイツは』
弟の行動に呆れている糾は、ため息をひとつ吐いた。
『でも分かってやってくれ。アイツはお前を心配してんだよ』
糾はそう言う。それでも沙樹は、なぜ柊がそこまで言うのか、分からなかった。
『沙樹が心配だから、崇弘とのことに口出しすんだよ。ま、崇弘じゃなくても口出しするだろうけど』
「なんで」
『柊の中では、お前はまだ小さい女の子なんだよ』
「意味分かんない」
沙樹より16年上の兄は、電話の向こうであははっと笑う。年が離れすぎていて、ケンカすることはない。沙樹とケンカをするのはいつだって輝だった。
だから柊のことも糾のことも、兄というより親戚のお兄さんに近い感覚なのだ。
『沙樹。崇弘に言っとけ。沙樹を傷付けたら俺たちが黙ってないって』
「糾兄まで……」
『そのくらい、心配なんだよ』
糾の声は、本当に心配していた。
『じゃおやすみ』
糾はそう言って電話を切った。
切れた電話にため息を吐く沙樹は、教材に視線を落とした。
(やる気なくしちゃった)
パタンと教材を閉じて、バスルームへと向かった。
沙樹の実家から崇弘のマンションへと戻って来た途端、崇弘はそう発した。崇弘からしたら、柊は相当怖い人で優しいとは思えなかったのだ。そのことが沙樹は不思議だった。
「柊兄、優しいのに」
「沙樹には優しいんだよ」
少し情けない顔をして、沙樹に振り返る。
「沙樹は妹だから」
(そういうもんかな)
沙樹にはよく分からないことだった。
「しかし……」
ソファーに座った崇弘は、沙樹を抱き寄せる。
「ほんと、輝はオフクロさん似だな」
輝は子供の頃から由紀子にそっくりだった。由紀子のようなはっきりとした目。由紀子のような白い肌。由紀子のような黒髪。そのすべてが母親にそっくりだった。
「それにしても」
崇弘は沙樹を抱き締めながら言う。
「お前の本当のお母さんの話が出ることに、驚いてるんだが」
「え」
「普通に話してるじゃん。それが不思議なんだが」
「高幡では当たり前のことなんだけど」
「そうなのか?」
「うん。私が高幡に来た時から、ずっとだよ」
高幡家の人たちは、沙樹が気を遣わないように、紗那の話をしてきた。最初は遠慮がちに話を返していた沙樹だったが、それが当たり前になっていった。
初めて紗那のことを聞かれたのは、「どんな人だったのか」ということ。それに対して沙樹は「やさしい」と答えた。でもまだ小さかった沙樹は、そのことを覚えていない。
「みんなには感謝してるんだ」
沙樹はそう呟く。
「高幡のお母さんは、私のことを恨むくらいの存在なのに、私を本当の娘のように育ててくれたの」
崇弘に抱かれたまま、沙樹は由紀子のことを話す。
「私にとって高幡のお母さんは、本当のお母さん以上の存在なの」
「じゃ沙樹にはふたりのお母さんがいるってことだな」
崇弘はそう言って、沙樹の頬にちゅっとキスをした。
◇◇◇◇◇
崇弘を家族に会わせてから暫くして、柊が沙樹が住む零士のマンションにまでやって来た。
不機嫌な顔をした柊は、マンションの中をキョロキョロと見る。
「なんでそんな風に見てるの」
呆れた沙樹は、柊に言う。
「アイツ、ここに来てるんじゃないだろうな」
柊だけは崇弘のことを認めていなくて、崇弘がマンションに来ていないか確認しに来たのだ。
「なんでそこまでタカちゃんのこと、毛嫌いするの」
「毛嫌いっていうか……」
モゴモゴと言う柊。そんな柊に顔を向けると、柊は困った顔をしていた。
「柊兄……」
「…アイツが嫌なんじゃねぇよ」
「じゃなんで」
「お前に男が出来たことが嫌なんだっ」
真っ赤になって言う柊は、誰を連れてきても納得しないのだろう。そんな柊の気持ちが、沙樹には理解出来なかった。
「ワケ分かんない」
プイッとそっぽを向いた沙樹に、柊は言った。
「なぁ、沙樹」
柊の呼び掛けに返事はしない沙樹に、柊は続ける。
「本当にアイツでいいのか?」
沙樹より13年上の兄は、心配そうに見る。その視線を感じながらも、沙樹は何も答えない。
「アイツは、輝のダチだ。けど、芸能人だ。この際、10離れてることはどうでもいい。アイツの周りには女がいっぱいいるだろ。そのことでお前が傷つくのは嫌なんだよ!」
沙樹の目の前に来て、顔をじっと見る柊は、本当に心配そうにしている。柊は、沙樹と崇弘が別れていた時のことを、後から聞かされその時の沙樹の様子を不思議に思うことなかった。その時の沙樹の様子に気付いてやれなかったことを、悔やんでいる。だからこそ、そう言うのだ。
「タカちゃんじゃなきゃ、嫌……」
そう言う沙樹に、柊は項垂れた。
◇◇◇◇◇
『柊、そっちに行ったって?』
電話の相手は糾。柊から話を聞いて電話をかけてきたのだ。
「ん……」
スマホをスピーカーにして、ローテーブルに置き、教材に目を通している沙樹は、気のない返事を返した。
『しょうがねぇな、アイツは』
弟の行動に呆れている糾は、ため息をひとつ吐いた。
『でも分かってやってくれ。アイツはお前を心配してんだよ』
糾はそう言う。それでも沙樹は、なぜ柊がそこまで言うのか、分からなかった。
『沙樹が心配だから、崇弘とのことに口出しすんだよ。ま、崇弘じゃなくても口出しするだろうけど』
「なんで」
『柊の中では、お前はまだ小さい女の子なんだよ』
「意味分かんない」
沙樹より16年上の兄は、電話の向こうであははっと笑う。年が離れすぎていて、ケンカすることはない。沙樹とケンカをするのはいつだって輝だった。
だから柊のことも糾のことも、兄というより親戚のお兄さんに近い感覚なのだ。
『沙樹。崇弘に言っとけ。沙樹を傷付けたら俺たちが黙ってないって』
「糾兄まで……」
『そのくらい、心配なんだよ』
糾の声は、本当に心配していた。
『じゃおやすみ』
糾はそう言って電話を切った。
切れた電話にため息を吐く沙樹は、教材に視線を落とした。
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