もう離さない……【もう一度抱きしめて……】スピンオフ作品

星河琉嘩

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第1章

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「輝!」
 家の目の前にバス停には、湊がいた。自分の家の方にもバス停があるのに、そこにいるってことは、栞とのことが気になってるからだろう。
「湊。お前なぁ…」
 呆れる輝の後ろから、小さな女の子がピンクのランドセルを背負って出てきた。
「沙樹」
 湊は沙樹に声をかける。すると微かに沙樹は笑った。この小さな女の子は、輝の父親の愛人の子だった。母親と暮らしていたが、その母親が亡くなり高幡家にやってきた、輝の妹だった。
「気をつけて行っておいで」
 湊はそう沙樹に声をかける。だが沙樹は小さく頷くだけだった。
「まだ慣れてくれないなぁ」
 ランドセルを背負う沙樹の後ろ姿を、湊は笑いながら見ていた。初めて沙樹と会ったのは、高幡家にやって来てすぐのことだった。輝は湊に沙樹の存在を話し、面白がってか、放課後に高幡家に遊びに来たのだ。その日から度々、高幡家にやって来たのだが、湊を見ても笑うことはない。
 だけど輝から離れることはしないから、メンバーで遊ぶ時は、沙樹もくっ付いて来ている。沙樹はその中でも崇弘には、懐いていた。
「崇弘ほ子供みたいなところ、あるからたろ」
 以前、真司は言った。だから沙樹の本当の心までは誰も知らないのだ。


「昨日、栞先輩と話せたか」
 バスの中で話す湊は、輝の顔を見ないままだった。そんな湊に、輝は微かに笑った。
「…どうなんだろ」
「なんだよ、それ」
 輝の顔を見た湊は、何かを察したのか、それ以上は言わなかった。



     ❏ ❏ ❏ ❏ ❏



 それからも栞を見かけるが、輝と栞の関係が縮まることはなかった。


「なぁ、輝」
 湊の家に向かう途中、真司が聞いてきた。
「いつも見かける、あの女、誰?」
 それは栞のことを言ってるのが分かった。中学の時の先輩とだけ話しているが、それ以上のことは話していない。
「先輩だよ」
「部活の?」
「いや。あの人は、文学部だった」
「お前、バレー部だったって言ってたよな」
「サボる為に図書室行ってたんだよ。そこで栞先輩と会ったんだよ」
 真司にこれ以上話すと、からかわれることを知っていたから、栞に惚れていたなんてことは、言わなかった。話したら色々と突っ込んで、話を聞きたがるだろう。
「ホレた女じゃねぇのか」
 こういうことの勘はいいのか、真司は言った。だが輝は、笑って誤魔化すだけだった。


「真司くん~」
 ふたりで話していると、後ろからやって来た女子。真司に抱きつくと、ニコッと笑う。
「お前な…」
 呆れた顔をしながらも、嬉しそうな顔をする。
(また違う女…)
 女子の顔を見て、ついこの前までのとは違うタイプの女の子だと思った。
(好みのタイプはねぇのか?)
 真司と付き合う女の子は、いろんなタイプがいる。そのどの子も、系統が違うから驚きだ。
「じゃあな、真司」
 そう言って、輝は自分のクラスへと戻っていく。


「ねぇ、湊っ!」
 教室に入ると、湊と零士の幼馴染みの北山優樹菜が、湊の隣で笑っていた。優樹菜は、1年の時に湊と同じクラスになり、そこで湊に惚れてから、湊の追っかけをしている。湊もまんざらではないのか、よく一緒にいる。その為か、メンバーたちと一緒にいることも多いのだ。
「優樹菜」
 ふたりに近寄ると、湊の隣の席に座る。
「次の授業、始まるぞ」
「わかってるよっ」
 輝に顔を向けた優樹菜は、ふぅ…とため息をついて「じゃ湊」と言って教室を出ていく。その優樹菜の後ろ姿を見て、輝は湊に言う。
「アイツはほんと、お前にホレてんだな」
 そんなことを言うなんて珍しいと、湊は輝を見る。輝が恋愛ごとの話には乗ってこないことを、誰よりも知っているからだ。
「……輝」
 数学の教科書を出しながら、湊は輝に言った。
「俺、アイツと付き合おうと思う」
 授業が始まる数秒前。湊の突然の告白に、輝は驚愕した。
「え…っ、み、湊?」
 なにかを言おうとしたが、「席につけ~」という数学教師の声で、それは遮られてしまった。



     ❏ ❏ ❏ ❏ ❏



 湊の言葉の所為せいで、数学の授業の内容が頭に入って来なかった。数学教師が黒板に白いチョークで何か書いているが、それすらも何かの図形のようにしか見えなかった。
 中学の時から湊のことを知っているが、誰かと付き合ってるという話は聞かない。そんな男が、付き合おうと思うと話して来たのだ。そのことに輝は驚いた。今まで誰かを好きだとか、どういう女の子が好みだとかは聞いたことがない。聞いたことがあるのは、3歳下の妹が可愛くて仕方ないということだ。だから湊の恋愛話が不思議でならなかった。


「湊!」
 授業が終わると、すぐに湊を捕まえた。
「さっきのなんだよ」
「そのままの意味だけど」
 いつも必要以上に話はしない湊。だからそれ以上、話をしてくれなかった。
「それより栞先輩のこと、どうなんだよ」
 栞の様子が気になるのか、そう言った。見かけることが増えたが、輝は何も出来ないでいたのだ。
「ホレてんじゃねぇのかよ」
 仕方ないなぁという顔を、輝に向けた。
「…だって、どうしろっていうんだよ」
 何度か電話をかけた。だけどその電話に出てくれることはなく、ただ呼び鈴が鳴ってるだけだった。
(会いに行ってもいいものか…)
 そう思う輝は、なにも行動が出来ない。
「今度見かけたら、とりあえず追いかけろよ」
 そう言って立ち上がると、湊は教室を出て行った。



     ❏ ❏ ❏ ❏ ❏



 この日もまた、ライブハウス近くで栞を見かけた。派手な服装、派手なメイクをした栞は、やはり傷だらけだった。
「先輩っ!」
 楽器ベースを湊に預けた輝は、栞を追いかけた。追いかけてくるから、栞は走って逃げる。だが栞は、足がもつれて転んでしまった。
「先輩っ!大丈夫?」
 転んだ栞に手を差し出すと、栞は困惑した顔をした。
「……して?」
 微かに出た言葉に、輝は無理に笑った。
「言っただろ。心配してたって」
「……輝くん」
「ずっと心配してただよ。何があったのか、聞かせてよ」
 その言葉に、栞は泣き出しそうになった。
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