もう離さない……【もう一度抱きしめて……】スピンオフ作品

星河琉嘩

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第2章

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 栞は逃げ出したかった。なぜこんなにも苦しいのかと、幸せな時間は消えてしまったことに、怯えていた。
 実父から離れることが出来たものの、中学に上がる頃にその実父が再び現れた。母と養父に心配かけたくないと、そのことは一切言わなかった。知っていたのは親友の萌だけだった。
 それでも深いところまでは話せず、悪いと思いながらも、極力距離を置いた。完全に距離を置くようになったのは、高校生になってからだった。萌を巻き込みたくなかったからだ。


「栞~…っ!」
 実父に引っ張られるようにして、実父の住むアパートに向かった。


──抵抗は、……出来なかった。


 栞の中に刻まれている記憶が、身体を凍らせる。実父の声が、栞をただの人形にしてしまう。
 怖いという思いも、とうの昔に消え去った。


──否、封印しなきゃいけなかった。


 だけど輝に会った後の栞は、助けて欲しいと、気付いて欲しいと、そう願うようになった。そう願うが、輝に知られたくもない。


──矛盾している……。



     ❏ ❏ ❏ ❏ ❏



「……っ」
 電話の向こうの声に、思わず涙が出る。栞はもう限界だった。助けて欲しいと、願った。知られたくないという思いもあるが、もう限界だったのだ。
「今、どこ?」
 輝の優しい声が、栞の思いを爆発させる。それを必死で抑えてる。
「土手…の、公園……」
 それを聞いた輝は「すぐ行く」と言って電話を切った。
 時刻は深夜0時。そんな時間にも関わらず、栞に会いに来ると言うのだ。そのことがとても嬉しく思った。


 暫くすると、後ろの方で自転車が停まるキーッという音がした。栞は振り返ることが出来ず、ただ公園にあるベンチに座って、小さくなっていた。
「先輩」
 後ろから声がかかると、ピクッと身体が反応した。ゆっくりと歩いて栞の隣に座る輝を、黙って感じ取っていた。
「大丈夫?」
 栞の方に身体を向けた輝は、優しい声で聞いた。だけど栞は、俯いたままだった。
「栞先輩」
 もう一度声をかける。それでも顔を上げられない。
「大丈夫?」
「……っ、…っ、……っ!」
 声を押し殺して泣く栞に、輝は思わず抱きしめていた。
「あ、輝くん……っ」
 びっくりした栞は、涙を止める程だった。
「泣かないで」
 耳元で聞こえてきた声に、安心する。
(このまま、輝くんと……)
 そんな思いが芽生えていた。


「大丈夫?」
 ようやく、輝は身体を離した。栞の顔を覗き込むように、様子を伺う。
「先輩。中学の時、俺、先輩が好きだって言ったよね」
「……うん」
「手紙も…、図書室に隠してたのを見つけた」
「……っ!」
 その言葉に栞は驚いた。
「見つからないと思ったのに……」
「ちゃんと、読んだよ」
「……っ!」
 息を飲む音が聞えた気がした。
「先輩の気持ち、今も俺にあると思いたいんだけど」
 それは輝の精一杯の言葉だった。


 暫くの沈黙の後、栞は顔を上げて輝を見た。輝は真剣な笑みで栞を見つめていた。
「輝くん……、あの、私……」
 そこから言葉が続かない。それを分かっているのか、輝は栞に告げる。
「俺と、付き合お。俺の彼女になって」
「でも……」
「栞さんが、好きなんだ。ずっと……」
 栞の手を握り、栞の答えを待った。栞は言葉を発することなく、ただ頷いた。
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