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第2章
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「もう遅いから、送る」
そう言うと、栞の手を引いた。輝の行動を拒絶するわけでもなく、そのまま輝と一緒に立ち上がった。栞の行動を、ひとつひとつ確かめるように見た輝は、ゆっくりと停めてある自転車に向かった。その間も栞は、黙って輝についていくだけだった。
栞の手を離して、自転車のハンドルに手をかける。そして栞を見ると、ふっと笑みを浮かべた。
「栞さん」
その言葉に顔を上げると、照れくさそうにしている。
(栞さん…なんて、呼ばれたの初めて)
出会った頃から、栞先輩と呼ばれていたから、栞さんと呼ぼれることが恥ずかしくて仕方ない。先輩からさんに変わっただけなのに、恥ずかしい。
「行こ」
静かに頷くと、輝の隣を歩いていく。
栞は自分が不思議でならなかった。なぜ、輝の告白に頷いたのか、自分でも分からなかった。
中学2年の時に出会った、一学年下の男子。その男子は学校でも有名で、しかもその男子の兄は、在学中に色んな意味で有名だった。だからこそ、なぜ彼が自分のもとへとやってくるのかと、不思議に思っていた。関わるようになってから、輝の人柄や性格を知っていくうちに、気持ちが輝に向いている自分に気付いていた。だけどそれは伝えてはいけないと、そう心を閉ざしていたのだ。
輝が栞に言った告白を、栞は心の奥では嬉しく思った。それなのにその思いに、答えちゃいけないと、心を閉ざしたのだ。
先輩と後輩。その関係だけでいいと、そう閉ざしたのだ。
「栞さん」
隣を歩く年下男子が、優しい声で自分の名前を呼ぶ。
「聞いてもいい?」
ゆっくりと言葉を選びながら、輝は言う。
「学校とか…、どうしてんの?」
「……一応、行ってるよ」
「じゃなんで、あんなこと……」
昼間はちゃんと実家から、都内の高校へと通っている。帰ってくると、実父が待ち受けていて、そのまま連れ去られる。そしてあの店で働かせられる。年齢は誤魔化して、働かせられているのだ。そのことを、母親と養父には言えない。ただ夜遊びしていると、思われている。
(迷惑、かけられない……)
栞は高校を卒業したら、実家を出て行こうと考えている。
──実父には逆らえない
それはある意味、洗脳に近い。だから逃げるしか方法はない。母親と養父はとてもいい人たち。彼らには迷惑かけたくない。知られたくない。
(輝くんと付き合うことも、ほんとは……)
実父に知られれば、輝に迷惑かかることは分かりきっている。それでも栞の心は、輝と一緒にいたいと、願っていたのだ。
❏ ❏ ❏ ❏ ❏
次の日は予備校に行く。母親と養父は、栞は大学に行くと信じて疑わない。実際、行きたいと思う大学はある。それに向けて受験はしたい。それでも大学へ行くかどうかは、決めていない。
栞がそんなことを思うのは、実父の所為。それでもそれを、実父の所為とは言えない。
「栞」
母親は栞に声をかけた。朝方に帰って来てることを、母親は知っていた。だがそれを口にすることはなかった。
「行ってきます」
それだけを言って、栞は家を出た。
朝方に帰って来ているから、栞の頭は働かない。眠気を飛ばす為に、自販機で缶コーヒーを買った。まだ18歳の栞には、コーヒーは苦いと思う飲み物だった。だけどこれから予備校に行って、勉強をしなきゃいけない。目を覚ます為にも、苦いコーヒーは必要だった。
「ニガっ…」
一口飲むと、思わず顔を顰めた。
栞が選んだ予備校は、地元から離れた場所にある。地元の駅前にも同じ系列の予備校があるが、そこには同じ中学出身の同級生たちが通うだろうと、敢えて遠くの予備校にしたのだ。
(会いたくないの……)
それでもここに住んでいるから、どこかしらで会う。その度に栞は隠れたり、気付かなかったフリなどして、過ごしていた。
今日も駅に着くと、同級生たちがいる。その隣を気付かないフリして、通り過ぎる。元々、誰かと話をするようなタイプではなかったからか、気にする人は少ない。だけど栞にとっては、何か言われるのではないかと、ドキドキしてしまうのだ。
「栞!」
駅のホームに立った時、懐かしい声がした。振り返ることが怖いと、そう思う自分が嫌いだった。それでも振り返らなきゃいけないと、そう思った。
振り返ると、そこには萌がいた。
「萌……」
心配そうに顔を向けてくる、萌。そんな萌の目線に耐えられなくなり、俯いた。
「栞」
萌は栞の傍に来ると、手を握った。
「やっと会えた……」
涙を堪えているのが分かる。萌の手が、身体が震えていた。
そう言うと、栞の手を引いた。輝の行動を拒絶するわけでもなく、そのまま輝と一緒に立ち上がった。栞の行動を、ひとつひとつ確かめるように見た輝は、ゆっくりと停めてある自転車に向かった。その間も栞は、黙って輝についていくだけだった。
栞の手を離して、自転車のハンドルに手をかける。そして栞を見ると、ふっと笑みを浮かべた。
「栞さん」
その言葉に顔を上げると、照れくさそうにしている。
(栞さん…なんて、呼ばれたの初めて)
出会った頃から、栞先輩と呼ばれていたから、栞さんと呼ぼれることが恥ずかしくて仕方ない。先輩からさんに変わっただけなのに、恥ずかしい。
「行こ」
静かに頷くと、輝の隣を歩いていく。
栞は自分が不思議でならなかった。なぜ、輝の告白に頷いたのか、自分でも分からなかった。
中学2年の時に出会った、一学年下の男子。その男子は学校でも有名で、しかもその男子の兄は、在学中に色んな意味で有名だった。だからこそ、なぜ彼が自分のもとへとやってくるのかと、不思議に思っていた。関わるようになってから、輝の人柄や性格を知っていくうちに、気持ちが輝に向いている自分に気付いていた。だけどそれは伝えてはいけないと、そう心を閉ざしていたのだ。
輝が栞に言った告白を、栞は心の奥では嬉しく思った。それなのにその思いに、答えちゃいけないと、心を閉ざしたのだ。
先輩と後輩。その関係だけでいいと、そう閉ざしたのだ。
「栞さん」
隣を歩く年下男子が、優しい声で自分の名前を呼ぶ。
「聞いてもいい?」
ゆっくりと言葉を選びながら、輝は言う。
「学校とか…、どうしてんの?」
「……一応、行ってるよ」
「じゃなんで、あんなこと……」
昼間はちゃんと実家から、都内の高校へと通っている。帰ってくると、実父が待ち受けていて、そのまま連れ去られる。そしてあの店で働かせられる。年齢は誤魔化して、働かせられているのだ。そのことを、母親と養父には言えない。ただ夜遊びしていると、思われている。
(迷惑、かけられない……)
栞は高校を卒業したら、実家を出て行こうと考えている。
──実父には逆らえない
それはある意味、洗脳に近い。だから逃げるしか方法はない。母親と養父はとてもいい人たち。彼らには迷惑かけたくない。知られたくない。
(輝くんと付き合うことも、ほんとは……)
実父に知られれば、輝に迷惑かかることは分かりきっている。それでも栞の心は、輝と一緒にいたいと、願っていたのだ。
❏ ❏ ❏ ❏ ❏
次の日は予備校に行く。母親と養父は、栞は大学に行くと信じて疑わない。実際、行きたいと思う大学はある。それに向けて受験はしたい。それでも大学へ行くかどうかは、決めていない。
栞がそんなことを思うのは、実父の所為。それでもそれを、実父の所為とは言えない。
「栞」
母親は栞に声をかけた。朝方に帰って来てることを、母親は知っていた。だがそれを口にすることはなかった。
「行ってきます」
それだけを言って、栞は家を出た。
朝方に帰って来ているから、栞の頭は働かない。眠気を飛ばす為に、自販機で缶コーヒーを買った。まだ18歳の栞には、コーヒーは苦いと思う飲み物だった。だけどこれから予備校に行って、勉強をしなきゃいけない。目を覚ます為にも、苦いコーヒーは必要だった。
「ニガっ…」
一口飲むと、思わず顔を顰めた。
栞が選んだ予備校は、地元から離れた場所にある。地元の駅前にも同じ系列の予備校があるが、そこには同じ中学出身の同級生たちが通うだろうと、敢えて遠くの予備校にしたのだ。
(会いたくないの……)
それでもここに住んでいるから、どこかしらで会う。その度に栞は隠れたり、気付かなかったフリなどして、過ごしていた。
今日も駅に着くと、同級生たちがいる。その隣を気付かないフリして、通り過ぎる。元々、誰かと話をするようなタイプではなかったからか、気にする人は少ない。だけど栞にとっては、何か言われるのではないかと、ドキドキしてしまうのだ。
「栞!」
駅のホームに立った時、懐かしい声がした。振り返ることが怖いと、そう思う自分が嫌いだった。それでも振り返らなきゃいけないと、そう思った。
振り返ると、そこには萌がいた。
「萌……」
心配そうに顔を向けてくる、萌。そんな萌の目線に耐えられなくなり、俯いた。
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