もう離さない……【もう一度抱きしめて……】スピンオフ作品

星河琉嘩

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第2章

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「全然、連絡取れないだもん!」
 ぷくっと膨れた萌の目には、大粒の涙が溢れていた。
「ごめん…」
 栞はそう言うのが精一杯だった。


 一番、心配かけちゃいけないと願っていた。
 一番、関ってはいけないと思っていた。


 だからこそ、大切な親友から離れることにしたのだ。
「栞……っ」
 ガバッと、栞に抱きつく萌に、驚きを隠せない。何も言わずに、連絡を経った自分に怒ってる筈なのに、こうして会えたことを喜んでくれる。そのことが嬉しくもある。
 だからといって、このまま馴れ合うつもりは、今の栞にはなかった。


「萌…。ごめん」
 栞はそう言うと、到着した電車に飛び乗った。萌がどんな顔をしているか、想像はつく。いつもどんな時でも、栞の味方をしてくれていた、大切な親友。だからこそ、巻き込みたくなかった。あの父親は萌のことを知ったら、萌のことも利用するだろう。萌は自分のことを思って、従ってしまうだろう。
(それだけは、避けたい…)
 ギュッと拳を握りしめる。自分の気持ちを曲げない為にも……。



     ❏ ❏ ❏ ❏ ❏



 予備校に着くと、知り合い同士が話しているのを見かける。だがここには栞の知り合いはいない。
「大山」
 声をかけられても、誰なのかは栞には分からない。それは別に栞にとってはどうでもいいことだった。
「これ」
 声をかけてきた人は、同じ教室で授業を受けている男子生徒だった。この男子生徒は栞が通う高校とは違う、地元でも有名な学校に通っていた。
「落とした」
 男子生徒が手渡したのは、教科書に挟んでいたメモだった。そのメモには、萌のキレイな文字で「頑張ろうね」と書かれていた。このメモは中学の時に、萌からもらったものだった。
「ありがとう…」
 栞はそう言うと、そのメモを教科書に挟んだ。

(萌……)
 本当はとても萌に会いたい。話したい。
 そう願っているが、それはしてはいけないと、心を閉ざす。


 予備校を出て、スマホを見る。そこには着信履歴が数十件と入っていた。それの殆どが実父の田津一郎。その名前を見る度に、虫唾むしずが走る。それでも栞は、その着信を無視は出来ない。
 震える手で、画面をスライドさせると、すぐに一郎の声がした。
「来い」
 それだけを言うと、一郎は電話を切った。その威圧的な声は、栞を動かす。一郎の住むアパートまで、栞を動かして行く。
 駅まで戻ると、地元とは反対側の電車に乗った。誰もいつもとは反対側にいる栞のことは、気にする筈もない。
 夕陽が駅のホームに照らし出される。自分の影が長く映されると、なんとも言えない気持ちになった。


「……けて」
 思わず声を出した。だけどその声は誰にも届かなかった。



 
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