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愛するということ
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ヨシキと寝てから、あたしはマキ先輩に青薔薇から抜けることを話した。大樹とのことも止めると言った。もうあたしは平気だと告げて、マキ先輩に会う事もなく過ごした。
屋上にはも行っていない。
学校にも行っていない。
たまにヨシキがアパートまで来るけど、あたしはそれを無視している。
母親は相変わらず男とヤってる。今日もまたヤっていた。
それの横をあたしは黙って、通り過ぎる。
それがあたしの日常。
「マキ先輩……」
あたしはスマホの向こうに、そう声をかけた。今日もまた、マキ先輩から電話がかかってきた。心配であたしの様子を伺う。
『青薔薇抜けるんのはいいんだけどよ──……』
電話の向こうから声がする。それが悲痛な声に聞こえる。
たぶん、先輩は気付いている。あたしがこれから起そうとすることに。
『なぁ』
先輩の声に涙が出そうになる。
あたしが生きてきた15年の間。たったひとりだけだった。こんなあたしに笑いかけてくれたのは、この先輩だけだった。
『ちょっと出ておいで』
マキ先輩がそう言う。
『あんたと話をしたい』
マキ先輩の言葉に、あたしは「うん」と言った。
最後に話しておくべきだと思った。この先輩には、ちゃんとあたしのことを覚えておいて欲しい。そう思った。
だから、あたしは部屋を出た。もう二度と戻らないつもりで。
◊ ◊ ◊ ◊ ◊
繁華街へ向かう途中、黒龍の集団を見た。バイクや車を爆音を響かせて走っていた。
その中の一台の車。その後部座席に大樹はいるんだろう。
もう、大樹から連絡はない。
ヨシキと寝た日の夜。あたしは大樹に「会うのをやめる」と連絡を入れた。それを聞いた大樹は、「そうか」とひとこと言って通話を切った。
それ以来、大樹からは連絡はない。もしかしたら、あたしの役割と同じことをする女の子がもういるのかもしれない。
そう思ったら胸が苦しかった。もう誰にも、あんな思いはして欲しくなかった。でもあんな思いをするのは、あたしだけなのかもしれないとも思った。
「ジュンコ」
繁華街の一角。シャッターが閉まった店の前で、マキ先輩がこっちを見ていた。
「……お久しぶりです」
躊躇いがちにそう言うと、マキ先輩はニッコリと笑って、こっちに近付く。
「顔色、よくないな」
あたしの頬に触れて、悲しげな表情をする。それがなんだか申し訳なく感じる。
「メシ、食った?」
そう言うとあたしの隣に立って歩く。
「食べてない」
「なんか食いに行こうか」
「……食べれない」
そう言うあたしを見て微かに笑う。
「なんで?」
「ん~…。なんでだろ。食べたいっていう感情がないんだ」
「そっか」
そう言いながらも、マキ先輩はファミレスに向かっていた。そんな先輩に笑ってしまった。
「ジュンコ」
ファミレスの奥のテーブルで、マキ先輩はあたしの名前を呼ぶ。
「あんた、後悔しないの?」
それだけ言うと、あたしの答えは待たずに、メニューを開いていた。
答えが欲しいわけじゃないんだって分かった。あたしに話させようとしているだけで、聞きたいわけでもない。
そういう人なんだ。
「後悔ってなんですか」
あたしはそう言って、水を喉に流し込む。久々に水を口に入れた気がする。
「ジュンコ」
「はい」
「あんた、これまで生きてきて良かったって思えた?」
目を見ることなく言った。
「ん……。とりあえず、マキ先輩に会えたことは良かったかな。それと……」
そこまで言って、口を閉ざした。言えるわけない。ヨシキのことなんか、言えるわけない。
あたしが生きてきて、出会った男の中で一番いい男だと思った。それは言っちゃいけないような気がした。
「あんたがそれでいいならいいんだよ。でもな……」
あたしの顔を見たマキ先輩は、悲しそうにそして寂しそうに言う。
「あたしはあんたに、生きてて欲しいと思う」
「先輩……」
「あたしはあんたが心配だった。ずっと心配で心配で仕方なかった。それくらい、大切に思ってるんだ」
そう言ってくれる先輩の気持ちが、嬉しかった。
だけどあたしはもう、行くべき道が決まっていた。もう後戻りは出来なかった。
「ごめんなさい。そして、ありがとうございました……」
そう告げると立ち上がって、お金を置いた。
「ジュンコ」
「あたしにはもう必要ないから」
それだけ言って笑った。そして先輩に背を向けて店を出た。
◊ ◊ ◊ ◊ ◊
ねぇ。
いつかあなたが、大切だって思える人が現れたら。
その時は言ってね。
愛してるって。
屋上にはも行っていない。
学校にも行っていない。
たまにヨシキがアパートまで来るけど、あたしはそれを無視している。
母親は相変わらず男とヤってる。今日もまたヤっていた。
それの横をあたしは黙って、通り過ぎる。
それがあたしの日常。
「マキ先輩……」
あたしはスマホの向こうに、そう声をかけた。今日もまた、マキ先輩から電話がかかってきた。心配であたしの様子を伺う。
『青薔薇抜けるんのはいいんだけどよ──……』
電話の向こうから声がする。それが悲痛な声に聞こえる。
たぶん、先輩は気付いている。あたしがこれから起そうとすることに。
『なぁ』
先輩の声に涙が出そうになる。
あたしが生きてきた15年の間。たったひとりだけだった。こんなあたしに笑いかけてくれたのは、この先輩だけだった。
『ちょっと出ておいで』
マキ先輩がそう言う。
『あんたと話をしたい』
マキ先輩の言葉に、あたしは「うん」と言った。
最後に話しておくべきだと思った。この先輩には、ちゃんとあたしのことを覚えておいて欲しい。そう思った。
だから、あたしは部屋を出た。もう二度と戻らないつもりで。
◊ ◊ ◊ ◊ ◊
繁華街へ向かう途中、黒龍の集団を見た。バイクや車を爆音を響かせて走っていた。
その中の一台の車。その後部座席に大樹はいるんだろう。
もう、大樹から連絡はない。
ヨシキと寝た日の夜。あたしは大樹に「会うのをやめる」と連絡を入れた。それを聞いた大樹は、「そうか」とひとこと言って通話を切った。
それ以来、大樹からは連絡はない。もしかしたら、あたしの役割と同じことをする女の子がもういるのかもしれない。
そう思ったら胸が苦しかった。もう誰にも、あんな思いはして欲しくなかった。でもあんな思いをするのは、あたしだけなのかもしれないとも思った。
「ジュンコ」
繁華街の一角。シャッターが閉まった店の前で、マキ先輩がこっちを見ていた。
「……お久しぶりです」
躊躇いがちにそう言うと、マキ先輩はニッコリと笑って、こっちに近付く。
「顔色、よくないな」
あたしの頬に触れて、悲しげな表情をする。それがなんだか申し訳なく感じる。
「メシ、食った?」
そう言うとあたしの隣に立って歩く。
「食べてない」
「なんか食いに行こうか」
「……食べれない」
そう言うあたしを見て微かに笑う。
「なんで?」
「ん~…。なんでだろ。食べたいっていう感情がないんだ」
「そっか」
そう言いながらも、マキ先輩はファミレスに向かっていた。そんな先輩に笑ってしまった。
「ジュンコ」
ファミレスの奥のテーブルで、マキ先輩はあたしの名前を呼ぶ。
「あんた、後悔しないの?」
それだけ言うと、あたしの答えは待たずに、メニューを開いていた。
答えが欲しいわけじゃないんだって分かった。あたしに話させようとしているだけで、聞きたいわけでもない。
そういう人なんだ。
「後悔ってなんですか」
あたしはそう言って、水を喉に流し込む。久々に水を口に入れた気がする。
「ジュンコ」
「はい」
「あんた、これまで生きてきて良かったって思えた?」
目を見ることなく言った。
「ん……。とりあえず、マキ先輩に会えたことは良かったかな。それと……」
そこまで言って、口を閉ざした。言えるわけない。ヨシキのことなんか、言えるわけない。
あたしが生きてきて、出会った男の中で一番いい男だと思った。それは言っちゃいけないような気がした。
「あんたがそれでいいならいいんだよ。でもな……」
あたしの顔を見たマキ先輩は、悲しそうにそして寂しそうに言う。
「あたしはあんたに、生きてて欲しいと思う」
「先輩……」
「あたしはあんたが心配だった。ずっと心配で心配で仕方なかった。それくらい、大切に思ってるんだ」
そう言ってくれる先輩の気持ちが、嬉しかった。
だけどあたしはもう、行くべき道が決まっていた。もう後戻りは出来なかった。
「ごめんなさい。そして、ありがとうございました……」
そう告げると立ち上がって、お金を置いた。
「ジュンコ」
「あたしにはもう必要ないから」
それだけ言って笑った。そして先輩に背を向けて店を出た。
◊ ◊ ◊ ◊ ◊
ねぇ。
いつかあなたが、大切だって思える人が現れたら。
その時は言ってね。
愛してるって。
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