紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

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愛するということ

15

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 ヨシキと寝てから、あたしはマキ先輩に青薔薇から抜けることを話した。大樹とのことも止めると言った。もうあたしは平気だと告げて、マキ先輩に会う事もなく過ごした。


 屋上にはも行っていない。
 学校にも行っていない。


 たまにヨシキがアパートまで来るけど、あたしはそれを無視している。
 母親は相変わらず男とヤってる。今日もまたヤっていた。
 それの横をあたしは黙って、通り過ぎる。
 それがあたしの日常。



「マキ先輩……」
 あたしはスマホの向こうに、そう声をかけた。今日もまた、マキ先輩から電話がかかってきた。心配であたしの様子を伺う。
『青薔薇抜けるんのはいいんだけどよ──……』
 電話の向こうから声がする。それが悲痛な声に聞こえる。
 たぶん、先輩は気付いている。あたしがこれから起そうとすることに。


『なぁ』
 先輩の声に涙が出そうになる。
 あたしが生きてきた15年の間。たったひとりだけだった。こんなあたしに笑いかけてくれたのは、この先輩だけだった。
『ちょっと出ておいで』
 マキ先輩がそう言う。
『あんたと話をしたい』
 マキ先輩の言葉に、あたしは「うん」と言った。



 最後に話しておくべきだと思った。この先輩には、ちゃんとあたしのことを覚えておいて欲しい。そう思った。
 だから、あたしは部屋を出た。もう二度と戻らないつもりで。



     ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



 繁華街へ向かう途中、黒龍の集団を見た。バイクや車を爆音を響かせて走っていた。
 その中の一台の車。その後部座席に大樹はいるんだろう。


 もう、大樹から連絡はない。
 ヨシキと寝た日の夜。あたしは大樹に「会うのをやめる」と連絡を入れた。それを聞いた大樹は、「そうか」とひとこと言って通話を切った。


 それ以来、大樹からは連絡はない。もしかしたら、あたしの役割と同じことをする女の子がもういるのかもしれない。


 そう思ったら胸が苦しかった。もう誰にも、あんな思いはして欲しくなかった。でもあんな思いをするのは、あたしだけなのかもしれないとも思った。


「ジュンコ」
 繁華街の一角。シャッターが閉まった店の前で、マキ先輩がこっちを見ていた。
「……お久しぶりです」
 躊躇ためらいがちにそう言うと、マキ先輩はニッコリと笑って、こっちに近付く。
「顔色、よくないな」
 あたしの頬に触れて、悲しげな表情をする。それがなんだか申し訳なく感じる。
「メシ、食った?」
 そう言うとあたしの隣に立って歩く。
「食べてない」
「なんか食いに行こうか」
「……食べれない」
 そう言うあたしを見て微かに笑う。
「なんで?」
「ん~…。なんでだろ。食べたいっていう感情がないんだ」
「そっか」
 そう言いながらも、マキ先輩はファミレスに向かっていた。そんな先輩に笑ってしまった。


「ジュンコ」
 ファミレスの奥のテーブルで、マキ先輩はあたしの名前を呼ぶ。
「あんた、後悔しないの?」
 それだけ言うと、あたしの答えは待たずに、メニューを開いていた。
 答えが欲しいわけじゃないんだって分かった。あたしに話させようとしているだけで、聞きたいわけでもない。
 そういう人なんだ。


「後悔ってなんですか」
 あたしはそう言って、水を喉に流し込む。久々に水を口に入れた気がする。
「ジュンコ」
「はい」
「あんた、これまで生きてきて良かったって思えた?」
 目を見ることなく言った。
「ん……。とりあえず、マキ先輩に会えたことは良かったかな。それと……」
 そこまで言って、口を閉ざした。言えるわけない。ヨシキのことなんか、言えるわけない。
 あたしが生きてきて、出会った男の中で一番いい男だと思った。それは言っちゃいけないような気がした。


「あんたがそれでいいならいいんだよ。でもな……」
 あたしの顔を見たマキ先輩は、悲しそうにそして寂しそうに言う。
「あたしはあんたに、生きてて欲しいと思う」
「先輩……」
「あたしはあんたが心配だった。ずっと心配で心配で仕方なかった。それくらい、大切に思ってるんだ」
 そう言ってくれる先輩の気持ちが、嬉しかった。
 だけどあたしはもう、行くべき道が決まっていた。もう後戻りは出来なかった。





「ごめんなさい。そして、ありがとうございました……」





 そう告げると立ち上がって、お金を置いた。
「ジュンコ」
「あたしにはもう必要ないから」
 それだけ言って笑った。そして先輩に背を向けて店を出た。



     ◊ ◊ ◊ ◊ ◊




 ねぇ。
 いつかあなたが、大切だって思える人が現れたら。
 その時は言ってね。



 って。











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